そんなワケで。俺とヒナは、この六階層をうろうろ徘徊し、栄養源を刈ることにした。
少しでも倒しやすくするのなら階層を一つ下げるべきなのだろうが……、それだと二、三時間で戻ってこれないかもしれないし、もしもダンジョンの『呼吸』により、地形が変わってしまったら厄介だ。
「おにいちゃん。ダンジョンの『呼吸』ってなぁに?」
「ああうん。発生したダンジョンの多くは、一定の周期で地形をぐにゃぐにゃ変えるんだよ。俺たち冒険者はその現象を、『呼吸』とか『息吹』って呼んでるんだ」
どうしてそういうことが起こるのかは不明だが……、まあ大元を辿ればダンジョンとは、魔王とかいう超存在の、魔力の残滓が関わっているものである。人間に解明できないようなことが起こったとしても不思議ではない。
「そのときに……その動きに飲み込まれちゃったりはしないの?」
「そういうのは大丈夫だなぁ。あくまでも下り坂が上り坂になったりとか、壁に穴が開いて、違うところに壁が出来たりするくらいだし。あぁでも、その隙間に挟まれたりしたら、ちょっと危険かもしれないな」
あと稀にだが地面に穴が開いて下に落ちたりもする。
上に向って進むタイプの時には厄介だが、下に向って進んでいくダンジョンであればラッキーだ。
「まぁそのときに、モンスターの巣窟に落とされたら大変みたいだけどな……」
稀にそういう、不幸が続くこともあるとか。
うーん、考えるだけで恐ろしい。
「そうなんだぁ……。ねぇところでおにいちゃん」
「ん? なんだ?」
「モンスターの巣窟って……、今みたいな状況だったりする?」
「――――え、」
ヒナの言葉で、意識を岩々の影へと向ける。するとそこには……、
「オッ……オーガの群れじゃねぇかあああああッ!」
崖へと続くあの通路で、俺を襲ってきたオーガと同種のサイズ……いや、それ以上の大きさの奴らが、次々とフロアに出現してきていた。
「五……、八……、いや、もう二体追加……? ま、まじか、よ……」
大きなフロアだと思ってはいたが、まさかこんなサイズのオーガが巣食っている場所だとは思わなかった。
レオスたちと進んでいたときには、運が良かったってことか……。
「ラッキーだねおにいちゃん!」
「はぁ……!? 何がだよ!?」
こいつらがどれだけ強いのかは分からないが、流石にこの状況は、歴戦のパーティでも舌を巻く事態だ。
この状況を抜けられるパーティなんて……、Aランクでもごく限られた集団くらいなんじゃないのか?
「ひぇぇ……」
一匹一匹が、通常のオークよりも大きなサイズ。
中流冒険者パーティであれば、一匹でも倒せれば御の字くらいの強さだろう。それが、十体。もしかしたらまだ出てくるかもしれない。
息は猛る。
獲物を見つけたオークたちは、こちらへと飛び掛かるタイミングを伺っていて。
その爆発は、もう、すぐそこまできている――――
「だいじょうぶだよ、おにいちゃん」
身体が竦んでいる俺に対し、ヒナはにこりと笑って言う。
「私、回復魔法とかは使えないけど――――」
かわいらしい口調と共に、手を中空に掲げ。
彼女は。
ナニカを現出させた。
「――――戦うことは、得意だから」
ソレは。
一本の、黒い剣だった。
禍々しいのに、とてもきれいなデザインの剣。
刃こぼれは無く、細いのにどこか強靭さを感じさせる。
小さな体に不釣り合いな/とても似合っている、一本の剣を携えて。
彼女は小さく言葉をこぼした。
「いってくるね」
眼鏡と切っ先がきらりと光ったかと思うと――――彼女の姿は、そこから消えていた。
「……は!?」
目の前に居たオークの首が、綺麗に切断されていた。
一撃で絶命に至ったのか、黒い霧となって消滅していく巨躯の影。ソレを俺は、夢でも見ているかのような心地で見届けていた。
二体。三体、四体と、大きな身体は消滅していく。
彼女がひとたび地面を蹴ると、恐るべき速さで剣が振るわれる。
「やぁぁっ!」
「グォォ……ッ!」
可愛らしい掛け声に不釣り合いな斬撃結果。
それがたちどころに続き――――残るは三体だけとなっていた。
俺が呆気に取られているのもつかの間。空間を自由自在に飛び回る遠くのヒナから、こちらへと声が投げられる。
「おにいちゃん! 剣を掲げて!」
「……あっ、そ、そうだった! ほいっ!」
言われるがまま。俺は腰元の剣を素早く抜き、中空へと掲げる。
消滅していくオーガたちの黒い霧。その中から僅かに光る、魔法体のようなものが剣へと吸い込まれていくのが分かる。
吸いだしているとか、抽出しているって言ったほうが正しいかもしれない。そんな現象。
「おお……、こうなるのか……」
戦闘になる前に行っていた、ヒナとの会話を思い出す。
丁寧な歩幅で俺の横を歩きながら、彼女は魔力回収の方法を教えてくれたのだ。
「今おにいちゃんと私は、一種の契約状態みたいになってるの。だからたぶん、私の『魔剣』としての特性を、おにいちゃんの剣にも与えられると思う」
「魔剣としての特性……?」
そういえば言ってたな。
なんか、生き血をすするとかなんとか。
「うん。生き血をすするのは得意だよ!」
「あらやだこの子、満面の笑みだわ……」
今のを誉め言葉と受け取ったか。恐ろしい認識のがズレである。
まぁともかく。
「私の特性で、おにいちゃんの剣を魔剣状態にできると思うの。
生き血をすするレベルまでは残念ながら出来ないんだけど、消滅していくモンスターたちの生命力や魔力を吸うことはできると思う」
生き血をすすれないことは残念でも何でもないが――――なるほど。
俺の剣に魔力や生命力という栄養を、回収・貯蓄ができるようになるっていうことだな。
「うん。あとはそうして回収した生命力を、あの二体に与えれば大丈夫だと思う!」
「……なるほどな。
えっと……、倒すのは誰でも良いってことか」
「うん。無理におにいちゃんが倒さなくても、その場に漂ってる消滅煙を吸うことはできると思うよ」
「そうなのか。とりあえずモンスターに遭ったら、やってみるか」
まぁ本当はその後、どこかでお試しをやってみたかったんだけれども。結局ぶっつけ本番になってしまった。
けれど――――なるほど。これが魔力の回収か。
別に俺側に何かがあるわけではないけれど。これまではモンスターの消滅は見送るだけだったから、倒した後に何かをするというのは不思議だ。
時折消滅しなかった牙のカケラとかが残るから、それの回収くらいしかしないからなぁ普通は。
「おにいちゃん。残りの三体も倒しちゃうから、回収お願いね!」
「お、おう! 任せろ!」
フロア内に斬撃が飛び交う。
まだまだ、状況的には余裕そうだ。俺のことを(仮にではあるけれど)主と定めていたけれど、これじゃあどちらが主か分からないな。
そういえば呼称の件も、ルーチェのインパクトもあってスルーしていたけれど……、ベルも俺のことを最初から『ゴシュジン』と言っていたな。
この子らの中ではすでに、俺が上に居るというのが当然という認識になっているのだろうか。そのあたりは、後から確認しておかないといけないなぁ。
「……なんて考えている間に、オーク討伐が終わってた」
合計十一体の巨大オークがいたのだが、討伐数はヒナ十一体、俺ゼロ体という結果である。
「えー……」
いやほら……、適材適所だから! どのみち加勢とか、俺の実力では無理だったから!
俺がうーむと腕組みをしていると、ヒナは静かにこちらへ近づいてきて言った。
「わあおにいちゃん。いっぱい貯めてくれたんだね。すごいね!」
「ん……? い、いやいや……。ただ剣を掲げて突っ立ってただけだぞ、俺」
「そうなの? でも、こんなにいっぱい溜まってるよ。
あの瘴気の中からこれだけ魔力を吸えるのは、けっこうすごいことだと思うよ」
「へぇ……? そう、なの?」
「うん。たぶんおにいちゃん魔法剣士だから、魔法を感じ取るのが上手なんだと思う」
「そんなもんかぁ……?」
よく分からないところで褒められてしまった。
「おにいちゃん! かがんで! かがんで!」
そのまま「うーむ」状態だった俺に、ヒナはそう催促してきた。
またぞろ奇襲か何かかと警戒したが、どうやらそうではないらしい。
「ん……? こうか?」
「うん! ありがとう!」
膝を折り曲げ、ヒナの胸元あたりまで顔を降ろす。
すると俺の頭に、小さな掌がふわりと触れた。
「えへへ。えらいえらい。よくできました♪」
「お……、お、おう……」
その行為に、頭からつま先まで衝撃が迸る!
これは……。
これはなんか……、すげえ恥ずかしい……!
幼女に頭撫でられて褒められるって、かなりむずがゆいというか。
いやでも、母性……? なんか、温かみを感じるというか、これまでの疲れが一気に吹き飛ぶというか……!?
「ニンゲンって、頑張ってる人はこうして褒めてあげるんだよね? おにいちゃん、がんばったね♪」
なでなでなでなで。
にこにこにこにこ。
……うん。俺、一生このフロアに住むね♪
「って、ハッ!? 俺は何を!」
「わぁびっくりしたぁ」
「あぶねぇ……。ここを一生の住居とするところだったぜ……。
幼女に頭を撫でられ続ける生活の恐ろしさが、身に染みて分かりました……」
今日一日が怒涛すぎたからな……。
あまりにも幻惑的すぎた。気を引き締めなおさなければいけない。
「と、とりあえず……。これでどれくらいの回復量なんだろうなぁ?」
仕切り直しつつ、俺は剣を見せて質問する。
何の変哲もない剣だが、ヒナと『繋がっている』ことで、コレにも魔剣特性が宿っているとのことである。
……そこらで投げ売りされてるような剣なんだけどな。
剣をじいっと覗き込み、ヒナは「そうだね……」と言葉を落とした。
やや険しい表情になっているのは、判別が難しいからかな?
「たぶんこれで、ほぼ二体分の魔力量はあると思う。
想定してたよりもいっぱい回収してくれたおかげだね」
「そ、そうか! なら、さっさと二人の元に戻るとするか」
立ち上がり、俺とヒナはこのフロアを後にした。
その後の道中、少数だけモンスターと遭遇。ヒナはやや険しい顔をみせつつも、基本的には瞬殺だった。
「これで魔力は、完全に二人分を上回ったと思うよ!」
「そ、そうか! 良かった良かった」
剣で魔力を回収するという行為に、だんだん俺も慣れてきたところだ。
そして――――
「元気満タンだぞ、ゴシュジン!」
「おーっほっほっほ! 根性がみなぎってきましたわよ!」
うるさいの二人、無事復活だ。
まぁ……、元気になって何よりだ。復活するまでにも色々――――ほんとうに色々あったんだけど!
「なんだゴシュジン? 顔をしかめて?」
「どうしたのおにいちゃん。なでなでが足りなかったかな?」
「顔が青い……いえ、赤いような? 気がしますわよ?」
「い、良いからちょっと向こうで休んでてくれ! 気持ちを落ち着けるから!」
色々。
の、内訳。
それはなんとも、俺には刺激が強すぎる内容だったのであります。