ひとまずとして。
 俺は魔物除けの魔法筒を所定の場所へと設置して、一息つくことにした。
 貴重な二本のうちの一本だったが……、仕方がないというかなんというか。
 今の状況を把握するには、落ち着いてこのロリ達から話を聞く必要がある。
 それに。仮に先ほどの閃光(に見えたなにか)の正体がこいつらだったとすると、ここからダンジョンを下っていくのに不足しないだけの能力があると思ったのもある。
 もしもこいつらが俺に協力してくれるというのであれば、一本をここで使うのも問題ではないだろう。

「……えーっと、それで」

 場所はそのまま、断崖絶壁エリア。
 太陽はまだ高く、明るい日差しが入ってくる。よってここならば、明かりのために火を起こさなくても問題ない。

「まぁもともとこのダンジョンは、岩や壁が淡めに光ってるからあんまり必要ないんだけどな」
「そうなんだぁ」
「まぁ薄暗い場所とかもあったりするから、用心するにこしたことはないけど」

 俺がそう言うと、金髪ツインテールの幼女は「あら」と口を開いた。

「そんなもの。明かりの問題なら、わたくしが居るから大丈夫ですのに」
「え、そうなのか?」
「えぇ。勿論ですわよ?」

 ドレスの幼女は、きょとんとした顔をして。さも当たり前であるかのように言い切った。
 俺からすれば、年端も行かない子供が魔法を使える(?)ということがビックリなんだけどな……。まぁ世界には、十歳から冒険者やるようなヤツも居るとは聞くから、そういう類なのかな?

「……ってそうだよ。そもそも俺は、お前らのことが何にも分かってないんだよ」

 だから教えてくれないかと続けた。
 第一声のときは、ごちゃごちゃ言っていたから全然分からなかったし。
 すると眼鏡の子が「はい」と可愛らしく手を挙げ提案する。

「それじゃあ、順番に自己紹介するね、おにいちゃん」
「そうだな、そうしてくれ」
「うん。私は――――」
「いいなソレ! じゃあベルアインからな!」
「えぇ~、私が提案したのに」
「そうですわよ! まずはこのわたくしから、」
「何でも良いから進めてくれ。あと喧嘩するな……」

 げんなりと俺が返すと、三人はその場でじゃんけんをし……、最初に自己紹介するのは頭に角の生えた元気な子となった。

「よし! それじゃあよく聞けよゴシュジン!」

 はつらつとした瞳と声をした彼女は、すっくと勢いよく立ち上がり、腰に手を当て言葉を発した。

「十年前に助けてもらった、魔竜(・・)のベルアインだぞ! ゴシュジンの牙となるべく、ヒトの姿になって駆け付けた!
 何でもするから、エンリョ? なくどんどんメイレイしてくれ!」

 俺は「は……?」と口を開けたままになる。
 今この子供……、何て言った?

「ま……、まりゅう? りゅうって……、ばさばさ飛んでる、ドラゴン……?」
「そうだ! ベルアインは、ドラゴンの血筋的に見て、一番最強らしいぞ! だから強いんだ! とっても強いぞ!」

 気持ちのいい笑顔を見せて言い放つ幼女に、俺は混乱の色を隠せない。
 やべぇ……、言っている内容がぜんぜんわからん。
 あ、分かったのは、『ベルアイン』が種族ではなく名前ってことのようで。つまり『ベルアイン』は、自身の一人称っぽい。
 名前を一人称にする子って、確かにいるけど……。厳つすぎねぇか。

「と、というか……、昔、助けた? 俺が? ま、魔竜……を?」

 ぜんっぜん覚えが無い。
 そも、人助け(人じゃないけど)とかする性格でも無いぞ俺。

「なに言ってんだゴシュジン。卵状態だったベルアインを、助けてくれたじゃないか!」
「た、卵状態……?」
「ベルアインがこの世界に『発生』したそのときにな? 目の前に何匹かのモンスターたちと……、そしてゴシュジンが居たんだ!」
「俺、が……?」

 十年前って言ってたか。
 あの頃は確か、まだレオスがパーティを結成してなかった時だから……、フリーで色々なパーティにお邪魔してた時期だったか。
 お邪魔するパーティごとに全然違う場所に行くものだから、あんまりはっきりとは覚えてないんだよな……。

「あぁでも……、卵……、卵、か……」

 なんかあった気がするな。
 モンスターから攻撃を受けるさい、大きめの石ころみたいなものを蹴ったことがあった。石ころかと思ってたんだけど、卵だったのかアレ。
 ……見方によれば、確かに俺が卵を守っているような構図に、見えなくもない、の……か?

「い、いやいや……」

 それで恩返しに来るとか、ある?

「めっちゃ偶然の産物なんだが……」
「それでも良いぞ! そのときのおかげで、ベルアインは無事孵化できたんだからな!」

 立派に育ったぞと言って、こちらへとダイブしてきた。
 う……動きが素早くて避けれねぇ!
 思いのほか強い衝撃を受けて転んでしまったが、感触としてはとてもぷにぷにした幼女のものだから不思議だ。あと温かいし、良い匂いがする。ちょっと野生味あるけど。

「ぷあ……っ! や、やめなさい!
 と……、とりあえず、お前は魔竜……、なんだ、な?」
「そうだぞ。変身するか!?」
「やめてくれ。たぶんだけど、巨大だろ?」
「ん~……分かんないけど、この通路の高さよりは大きいかな」
「じゃあダメだ。変身禁止」

 フロアに比べてやや天井は低くなっているとはいえ、五メートルは高さがある。それよりでかいって、それは竜云々を別にしても巨大生物なのには間違いない。

「あぁでもサイズは調整できるぞ! ほら!」

 言うと角の少女――――ベルアインは、ポン! と、その場で姿を小さな竜に変えた。
 そこには、俺の足元くらいまでのサイズの赤い竜がちょこんと座っていた。羽を小さく動かしながら、「くるる……」と喉を可愛らしく鳴らしている。

「……つーかマジで竜なのか。すげぇ」

 これはもう信じるしかない。
 変化の魔法とかの可能性もあるにはあるが、先ほどの話とか戦闘能力もあるし……、そして何より、他の二人が驚いていないのが証拠になるとも思った。

 おそらくこの二人も、超常的な何かなのだろう。
 そして二人がそれに対して何も言及しないということは……、きっと変化する(こういうこと)は、普通(・・)なのだ。

 だからきっとこの子は、俺が昔助けた魔竜(の卵)であると、そう確信した。

「そ……、それじゃあよろしくな、ベルアイン。……しかし長いな、ベルアインは」
「そうか? それじゃあ何か、名前つけてくれゴシュジン!」
「え? 名前……?
 う~ん、でもその名前も、きっと両親(?)がつけてくれたんだろう?」
「両親っていうか世界かなぁ……?」
「うん? よ、よくわからんが、その名前は大事にしよう。
 だから……、じゃあ略称で、『ベル』ってのはどうだ?」

 頭文字だけなら女の子っぽいだろう。
 手のひらサイズの赤い竜にそう告げると、途端に瞳をキラキラさせる。

「いいなそれ! 今日からベルアインの名前はベルだ! ベルの名前はベルだな! あははッ!」

 わーいと元気に喜ぶベル。
 そのタイミングで再びぽんっと元の身体に戻った。

「ぶっ! ベ、ベル、服! 服!」
「あ。服まで戻すの忘れてたぞ。まぁいいか!」
「良くない! というか隠せ! 隠してくれ!」
「え~……、この方がすーすーしてキモチイイのに……」
「その気持ちよくなり方はちょっと良くないぞ!?」

 いいからさっさと服! と俺が叫ぶと、は~いと先ほどと同じ服を生成した。露出度が百パーセントから八十パーセントくらいになってくれて、ほっとする。もうちょっと上げて欲しかったけれど。

 しかし……、なるほど。人ならざる者だから、服の生成も自由自在ということか。
 ……いや、冷静に考えると全然理屈が分からないが、もう今更な気もするから先に進ませよう。

「そ……、それじゃあ次は……」
「はい。私だよ、おにいちゃん」

 静かに微笑んで立つ眼鏡の子。
 穏やかな外見や物腰からも、おそらくそこまで大変な自己紹介にはならないだろう。

「そ、そうか。
 えーっと……、それで君は?」

 一人目がまさかのドラゴンだったが、この子はまともな子であるといいなぁ……。
 あぁいや、けれど。この子もおそらく超戦闘力を持つ者なのだ。ということはヒナと同じくドラゴンとか……? もしくはケルベロスとか、はたまたフェニックス……? 何にせよ、教本の中でしか見たことないような生物な気がするぞ。
 俺の考えもそのままに、青いカラーリングの眼鏡っ子幼女はすくっと上品に立ち上がり、ぺこりと一礼して口を開いた。

「私は魔剣(・・)のヴァルヒナクトって言います。おにいちゃんと接しやすいように、ニンゲンの姿になれるようになったんだよ!
 おにいちゃんのお役に立てるよう、精一杯頑張るからよろしくね!」
「生物ですらなかった!?」

 ドラゴンはまだ生命体だから分かるけど……、物体じゃん! 血が通ってないじゃん!

「確かに血は通ってないけど……、魔剣だから生き血をすすったりはできるよ!」
「怖いわ!」

 天真爛漫、満面の笑みでいうコトではないよね!?
 えぇ……、魔剣ってみんな(?)こうなの……?

「あ、でもねおにいちゃん。今はこうしてニンゲン状態になれるから、身体は温かいんだよ」

 ほらと言って、俺の手を自身の首筋へと誘う。
 白い素肌に振れた手のひらから、暖かな温もりが伝わってきた。

「ほ、ほんとだ……。って、いやいや! 何を触らせてるんだよ!」
「あっ、ごめんなさい! そうだった。ニンゲンって、あまり簡単にスキンシップを取らないんだったね……。ビッチでごめんなさい」
「いやそこまでは言ってねぇよ!?」

 大人しそうな見た目だが、使ってくる単語がやたらと強力だった。
 何だか妙な背徳感があるな……。

「そ……、それできみは、どうして俺のところに?」
「うん。私もおにいちゃんに助けてもらったことがあるの!」

 魔剣を助けた記憶(そもそもおかしな言葉だが)……。ヒナのときと同じく、全然覚えが無い。

「私あの時、溶岩に落ちちゃうかと思ってたの……。けど、おにいちゃんの逞しい腕で、まるでお姫様みたいに支えてもらったんだよ!」

 剣……。剣を……、なんか、した記憶……。

「あぁ、そういえば薄らぼんやり……」

 溶岩地帯のクエストに赴いた際、なんだか細長い岩が溶岩の中へと転がっているのを発見した。
 たまたま魔力察知を発動していた俺は、その岩の中に何やら奇妙な魔力体があることを検知。転がっていった先の溶岩と『何か』が起こっても仕方がないので、一応安全のために、その転がる細長い岩を止めたのだ。
 ……勿論、何の労力もかかっていない。けれど。
 その岩の中に彼女(まけん)が入っていて、俺に恩義を感じている……と。

「ま、まぁ……。助かったっていうのなら、良かった……の、かな?」

 身に覚えのないことが人助けになっているという事例は、人間生きていればあるんだろうけれども。
 感謝された側がここまで腑に落ちないのも珍しいのではなかろうか。

「とにかく、今度は私が助ける番だよ! よろしくねおにいちゃん!」

 そう言って彼女――――魔剣ヴァルヒナクトは、ぺこりと丁寧に頭を下げた。
 ちょっと育ちの良さそうな村娘みたいで可愛らしい。……その、魔剣ってことを除けば、だが。

「私のことも略しちゃっていいよ。長いもんね」
「そうか? ならヴァルヒナクトだから……、ヒナ、とか?」
「うん。ありがとうおにいちゃん。
 改めて、ヒナだよ。よろしくね!」

 メガネの奥の大きな瞳がにこりと笑う。
 魔剣って基本的には『闇』とか『黒』っていうイメージだけれど、この子は真逆の『太陽』って感じだ。笑顔がとてもまぶしい。

「と、とりあえずベルもヒナも、自己紹介ありがとうな。
 それじゃあ最後だ。……きみ、は?」

 俺は最後の一人。
 やたら上品な立ち振る舞いを見せる、金髪お嬢様幼女に声をかけた。
 もしかして彼女、普通にどこかのお嬢様なのだろうか。だとしたら、むしろ真っ当な人間種である可能性が高い。

「きみは、俺に助けられた……、『(なに)』なんだ……!?」

 俺の希望を込めた質問に対し、金ロリは自信満々に頷き――――
 そしてやっぱりまともではない答えを返した。


「わたくしは貴方に助けられた……魔法(・・)ですわ!」


「ついに物理でもなくなりやがった!?」
「オーッホッホッホッホッ!」
「そしてベタな高笑いきた!」

 い、いやいやちょっと待てぇ!?
 魔法って……、魔法ってお前!
 なんか……概念じゃん! 『魔法』を『助ける』っていう言葉の組み合わせ、こんだけ生きて来たけど初めてだぞ。

「光魔法のルーチェリエル。ここに推参致しましたわよっ!」
「マ……、マジで魔法の名前だな……」

 ルーチェリエルという魔法は、光魔法の中でも最上級の代物だ。使用できる者は相当な熟練者で、かつ、神聖なる存在への信仰心が必要だと聞いたことがある。俺なんかではとても扱えるレベルではない。
 これ……、種族的には、光魔法属とか、ルーチェリエル種とかになるのだろうか……。

「い、一応聞くんだけど……、さぁ。
 どういったアレで、君は俺に助けれたって思ってるの?」

 三回目ともなるとややげんなりしてきた。
 おかしい……。どうして感謝の意を伝えられるだけでこんなにも体力を消耗しているのだろう……。

「あれはダンジョン内でのことでした。わたくしはあの時、わたくしのご主人様に(はな)たれ、無事その役目を終えようとしていたのです……」
「えっと……、魔法が発動したってことだよね……?」
「モンスターらしきものにぶち当たり、わたくしのカラダはどんどん熱を帯びてイキました! ぐつぐつと火照るカラダは、まるで天にも昇るよう! 目(?)の前がぱちぱちと光り、痛みのような快感のような、宙に浮く感覚に包まれていったのですわ!」
「なんかエッチな言い回しはやめろ!?」
「ほぇ……? そうですの?」
「そうですのッ!
 ……こほん。そ、それで? それのどこで俺に出会うんだよ」

 魔法側の感覚のハナシは置いておき、工程だけ見たら普通の魔法発動だ。
 術者が光魔法を放ち、それが対象に当たり消滅(しゅうりょう)した。何も問題はない動作、及び現象だろう。

「そしてその後わたくしは、消滅したくないあまり、根性で生き残ったのですわ! おーっほっほっほっほ!」
「いや根性って!?」

 出来るもんなの!?
 ……な、なんかこの子もぶっ飛んでる。想像以上にぶっ飛んでたわ。
 さっきの衣服・露出度問題のときには、けっこうまともに可愛かったというクッションを置いたせいか、このぶっ飛び方が露見したせいで、得体のしれないギャップが生じてしまっている。

「そしてその後、流れに流れて……、わたくしはとある街にたどり着きましたの。
 もう魔法を維持する根性は残っていない……。そんな折、わたくしは一筋の光に出会いました! そう、我が夫である、貴方様ですわ!」
「や、やっぱり身に覚えがない……!」
「弱っていく我が体の光に対し、貴方様はその野太い腕で、そよそよと風を送ってくださいましたの。その風に一縷の魔力が灯っていて――――わたくしは失いかけていた根性を取り戻したのですわ!」
「結果根性だったぁぁぁぁ!?」

 しかもそれ、たぶん虫とか得体の知れないものを追い払おうとしただけだよ!
 なんかぼんやり光ってるのが近づいて来たから、「しっしっ」ってしただけだよ!

「あのときの魔風(まふう)、身体に響きましたわよ、我が夫……♪」
「いやたぶん魔力の残り香だったんだろうけど……!」

 腑に落ちない……! コレは腑に落ちないよ……!
 で、でもまぁ……、結果的に『何か』に対して助けになっていたようなので。とりあえずは良しとしておく……かぁ?

「あそこで自我を手放していたらヤバかったですわ……。もしかしたら謎の悪魔種にでもなっていたかも」
「それは大変だったね。悪魔はルールが厳しいらしいから」
「だなァ。ゲロカスみたいなヤツらしかいないから、そういう風にならなくて良かったなァ」
「まぁ……世界発生系生物あるあるですわよね」
「「あるある~」」
「あるあるなんだ……」

 なんつーか、世界観が違いすぎた。
 何一つ共感が出来ないまま話が進んでいく。

「えっと……、それじゃあキミのことも、略称で良いのかな?」
「えぇどうぞご自由に。貴方様から呼ばれる名でしたら、どんな野蛮で下品なものでも受け入れましょう」
「普通に『ルーチェ』とかだよ!
 なんだ!? 俺のことをどんな人間だと思ってんだよ!?」
「あら、生物のオスなんて、皆さま下品で粗野なことをお考えになっているのではありませんの?」
「おにいちゃんは違うみたいだね。すごいね!」
「変な好感度の上がり方だなオイ……」

 どんだけ危険生物なんだよ、人間のオス。

「ただまぁ……なんだ」

 コホンと一息入れて。
 どこか嬉しそうに笑っている三人を見る。
 偶然とはいえ――――、どうやら俺は、何かの役に立ってたっぽいな?
 やや(というかだいぶ)腑に落ちない面もあるにはあるが……、そこは個人差というコトにしておこう。

「あらためて。最初に魔竜だ魔剣だって聞いたときには驚いたけど、何のことは無い。良い子たちじゃないか」

 ちょっと変わってるけど。
 まっすぐで輝いていて、何だかはつらつだ。俺も元気をもらえる気がする。

「俺をここから助けてくれるっていうのであれば、お願いしたい。正直参ってたところなんだ」

 頭を掻きながら、俺は軽く頭を下げる。
 そんな俺を幼女三人は笑って迎え入れて、口を開いた。

「うん。任せておにいちゃん!」
「ヒナがいれば負けないぞ!」
「わたくしが幸せにして差し上げますわ!」

 こうしてここに。奇妙な四人組パーティが結成された。

 しかしながら……。
 俺はあの時の光を思い出す。
 襲い来るオークらに向かう、三者三様の攻撃光。
 本来ならば何人かがかりで立ち向かい、ようやく一体倒せるレベルのモンスターを、瞬く間に撃退してしまった。

 よく分からないけれど。こいつらって。
 ものすごい力を持っているんじゃないか……?