とりあえず。起き上がり。
 警備隊に通報されるんじゃないかと身を隠そうとしたが、ここは市街ではなくダンジョン内であったことを思い出し、ほっと一息つく。

「いや、けれど……」

 幼女は全裸だ。
 そして俺は四十歳になるオッサンだ。
 この二つが合わさって良い場所など、たとえダンジョン内でもあってはならないと思いますっ!

「おはよう! 服を着よう!!」

 起きて状況を確認するよりも先に、俺は冒険者袋をあさり手ごろなものを探していた。

「うぉぉ……、何もッ……、何もねぇッ……!
 考えてみれば四十歳のオッサン冒険者の持ち物に、幼女の服が入っているわけがねぇな……」

 行動する前に気づきたかった事実である。
 相当動転してるな、俺も。
 がさごそと荷物を漁っている俺の背中越しに、落ち着いた幼女の声が飛んでくる。

「ねぇおにいちゃん……。やっぱり服って、着たほうがいいの……?」
「当たり前だろ!?」

 俺が振り返らずに言うと、落ち着いた声の主は「ほらー!」と残りの二人に注意しているようだった。

「やっぱり服着てるのが普通だったじゃん~!」
「ハァ? でも着てない方が動きやすいって言ったら、テメェも納得してただろ!」
「そうですわ! それにわたくしの身体はげーじゅつひんのように美しいのですから、一糸まとわなくても問題ないという意見にも賛同していましたでしょう!?」
「そっ、それは……! 二体の圧力に負けちゃっただけだもんっ! 私はちゃんと、服を着るのが常識だって知ってたもん!」

 ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃんと、洞窟内に声が響き渡る。
 ここが風の通り道で良かった……。閉じられた洞窟内だったら、周囲の魔物を呼び寄せるなんてもんじゃない姦しさである。

「つっても……、さっきみたいな状況に、またなりかねないけどな……」

 何にせよここから移動しなければならない。そしてそのためには!

「……服をどうにかしないといけねぇんだよぉぉぉッ!」

 俺が必死に打開策を考えていると、後ろから再び落ち着いた声が聞こえてくる。

「おっ、おにいちゃんごめんね! 私たち、服を着ることができるの!」
「え……、は?」

 服を着ることが出来るのというパワーワードに首をかしげながらも、俺は単純に「そうなの?」と字面だけ理解する。
 ぐるりと振り向くとそこには、ぷにぷにとした肌が露わなままの眼鏡の子が、やや驚いた表情のまま立っていた。

「着てねぇじゃん!」
「ち、ちが……! 着れるよって言ったの! まだ着てなかったのに……」
「なっ……、じゃ、じゃあ何でも良いから! 服を着てくれぇッ!!」

 混乱しっぱなしの脳で何とか言葉を紡ぎ出し、再びその場にうずくまる。
 じゃぁみんな、向こうで……という声と足音が三人分耳に入ってくる。どうやら曲がり角の方に行った……のか?

「はっ! モンスターに襲われたら……、いやでも、さっき瞬殺してたしな……。でもあの光があいつ等だって確証も――――」
「おにいちゃん」
「は、はぃぃいッ!!」

 何一つまとまりきらない脳みそのまま、三度目の声掛けが行われる。
 ……この子も決して悪気はないんだろうが、この状況で純朴そうな声に声をかけられると、それはそれで心臓に悪いな。

「先に私だけ着て来たよ……。あとの二体は、ちょっと手間取ってるみたい」
「そ……、そうか」

 わかったと振り向くと、そこには――――天使のような幼女がいた。

「ど……、どうかな、おにいちゃん……?」

 やや照れくさそうに動いて見せる眼鏡の娘は、青を基調としたパンツルックタイプの冒険者装備っぽいものを纏っていた。
 手先足先にはそれぞれ、グローブとブーツをつけており、上品さの中にも動きやすさのある感じにまとまっている。首元だけが大きく空いているのも、涼やかでいいんじゃないだろうか。
 ほど良く入っているラインや刺し色も、彼女のイメージにとても合っている。

「お、おぉ……。
 か……、かわいい……、な。かわいい……ぞ」
「ほんとっ! えへっ、やったぁ!」

 両手をぎゅっと握り、やや顔を赤らめ笑う彼女。
 よ……、幼女ってかわええ……。頭を撫でたくなる衝動に駆られる。……ってハッ、いかんいかん!
 かわいさの誘惑に自ら待ったをかけ、仕切り直しとばかりに俺は口を開く。

「つ……次だな! 着たかー?」
「準備、できましてよ」

 声の方を見るとそこには、上品な黄色で覆われたお嬢様ドレスを着たツインテ幼女が立っていた。
 上から下まで余すところなく気品に溢れ、それでいて無駄に豪勢な飾りはほとんどついていないという、嫌味の無いデザインでもある。
 軽そうだから動きやすくもあるだろう。やや広がったフレアスカートも、よく見ると足の曲がりを邪魔しないような丈になっている。下にタイツも履いているから、露出対策も万全だ。
 金の髪はツインテールにまとめられており、上品な前髪の分け目から、綺麗なおでこを覗かせていた。

「おぉ……。すげぇ貴族の娘っぽい……」
「当然ですわ! お~っほっほっほっほ!」
「うぉ、ベタな高笑いも相まって、マジで領地貴族の娘っぽいな……」

 そして誘拐とかされそうだな……。とまでは、流石に言わないでおいた。
 しかしながら、肌の露出も前腕部分だけだ。こちらもとても健全な仕上がりです!

「いや……うん! カワイイ! カワイイし……なんというか、きれいだなぁ」
「ホホーッ! もっと褒めてよろしくてよ我が夫!」
「う……、うん。その笑い方は、山賊とか変な部族っぽいから、やめとこうか……」

 まぁなんにせよ。
 やればできる! やればできるじゃないか、お前たち!
 少なくともこれで、他の冒険者パーティと遭遇したときも、即制裁を受けなくて済むだろう。

 ドリーは
 『三人の全裸の幼女を連れている不審者』
 から
 『三人の幼女を連れている不審者』
 にジョブチェンジすることにせいこうした!

「……うん、前向きにね! こんな俺達でも、前には進めるんだという事実に、今は喜びを感じていこう!」
「おにいちゃん、誰に言ってるの~?」
「おそらく精霊か妖精と交易中なのですわ。流石我が夫!」

 うるさいよ。
 よ……、よし、それじゃあ最後の一人だ!

「…………着てやったぞ、ゴシュジン。
 んぐぐ~~! コレ、わずらわしい……」

 最後。角の生えた褐色幼女は。
 下半身は丈の短いホットパンツでしっかり(?)隠しているが、上半身はチューブトップで胸を覆っただけという、(世間様に対しての)ストロングスタイルだった。上下とも白のせいか、健康的な浅黒い肌が目立つ目立つ。
 三人の中でダントツの露出度を誇るくせに、それでも身体に布をつけるのが煩わしいのか、胸元やパンツの中を落ち着かなさそうにのぞき込んでいた。

 か、隠れていれば、大丈夫……だとは思うのだが。
 でも他二人の露出部分が首回り・前腕だけなのに対し、コイツだけ首回り・胸まわり・肩・脇・胸からへそ下まで全部・二の腕前腕・太腿ふくらはぎと、肌色を放り出しすぎなんだが……。褐色だからこそすげぇ目立つというか何と言うか。

「…………、」
「……これでいいのか? 行くぞゴシュジン!」
「…………おう」

 ワ、ワイルドだぁ……。
 まぁ……、コイツくらいに元気なら、別にいいか、な……?
 俺は思考を早々に放棄し、これからのことを話し合うことにした。

 驚くことに我々四人。
 俺がこれだけ疲れたにもかかわらず、まだ名前も知らない段階である。