「というわけで駆け付けました、ドリーです~」

 クローズの看板がかかる魔法屋のドアを軽く叩くと、中から馴染みのじいさんが顔を出した。
 マジックアイテムが散りばめられた売り場を抜け、奥の対話用の部屋へと通される。
 俺用の椅子のほか、追加で椅子を更に三つ出してくれて、ロリ三人はそこにちょこんと座っていた。
 意外なことに大人しい。まぁヒナは元から落ち着いているのと、ルーチェはこういう時には大人しくできるやつだからいいとして……。

「いやに大人しいなベル?」
「うん。出来るだけ穏やかにしてるんだ」
「ん? どうしてだ?」
「……いっぱい、食えそうなモノがあるから」
「あぁそういう……」

 ドラゴンって、宝石とかも食えるって言ってたなそういえば。
 マジックアイテムには、高価な宝石を組み込んでいるものも多数ある。なので、食おうと思えば食えちゃうのか。

「誘惑が多い……。心落ち着かせてるぞ……」
「おう、了解だ。……くれぐれも食うなよ」

 弁償できないから。

「新しい嫁か? ドリー」
「違うし、そもそも俺に嫁が居たことはねぇよ……」
「ほっほ、そうじゃったかの」

 相変わらずとぼけたじいさんである。
「そんじゃァ、わしは向こうにおるでの」と言い残し、遠隔対話用の魔法石を渡してくれる。
 そこへ専用の魔法液を垂らすと――――懐かしの顔が中空に浮かび上がった。

『ッ!! ドリー……ッ!』
「お、おうレオス……。久しぶり、だな……?」

 開口一番、レオスは俺をギラリと睨みつけた。
 あれ? ……何だろう。とても殺気立っている。
 目の下にも深い隈が出来ていて、髪もボサボサ、髭もまばらに生え散らかっていた。身だしなみには気を遣うヤツなんだが、どうやらそんな余裕はなさそうだ。

 とてつもなく。
 心中穏やかではなさそうで。

『ドリーてめぇ……、どっ、どこで、何して……やがるッ?』
「え? いや、こうして街に帰って来てるけど、」
『今すぐダンジョンに戻って来い……!』
「――――は?」

 レオスは俺の言葉を待たず、怒気を強めて言った。
 目を血走らせ、歯を食いしばり、懇願するような、それでいて攻め立てるような表情で、ヤツは魔法越しの俺を睨む。

『さっさとこのダンジョンに戻ってきやがれってンだッ!! おま、お前はッ、オレのパ、パ、パーティメンバーだろうがッ……!!』
「は、はぁ……?」

 いやいや。意味が分からないんだが。
 俺を追放したのはお前だろ……?
 困惑しながらも俺がそう伝えると、歯ぎしりをしながら、そして音を詰まらせながら……、レオスは恫喝めいた口調で怒鳴り散らす。

『う、うるせぇ! 口答えしてんじゃねえぞドリーのくせに! いいからテメェは、さ、さっさと、ここに駆け付ければイイんだよッッ!
 オレのいうコトに従え! オレの命令を聞け! 良いからオレを助け――――チッ……!』

 吐き捨てるようにレオスは、最後の言葉を言い切らずに舌打ちをした。
 ……なるほど。プライドの高いヤツのことだ。
 一度追放した俺に対して、『助けて』とは言いづらいよな。

「というか、何があったんだよレオス。そっちには俺以上の魔法剣士のユミナが居る。正直そのダンジョンの敵くらいなら、彼女一人居れば十分くらいじゃないか?」
『テメェ、何だその分析は? どうしてそんなことが分かる?』
「あぁいや……、別に」

 ヒナたちの、あのダンジョンでの無双っぷりを見ていたから。なんというか、上限が分かれば、ある程度の分析が出来たというか。
 ユミナのプレートは俺よりツーランク上の(ブラック)だ。
 それがどれくらいなのかは分からないけれど……、軽く動き回ったヒナたちレベルの実力を持っているのならば、よっぽど特殊な環境に追い込まれでもしない限りは大丈夫だろうと思ったのだ。
 ともかく。

「その……、俺なんかが居ても役には立たないだろ? 力ならガディが。回復はマルティが。遠距離攻撃はジューオがいるし、剣技でも俺はユミナどころか、お前にも及ばないし」

 俺は先日、英雄視されるほどに大暴れをした。
 けれどそれは、三人娘の力を借りてのことだ。俺自身の力ではない。
 本来の俺の実力は、今述べた通り。万年Cランクで、イエロープレートの冒険者なのである。
 言ってて悲しくなってくるが、事実だから仕方がない。
 四十年近く生きてきて学んだことは――――、出来ることと出来ないことは、しっかりと線引きしなければならないということだ。
 身の程を知る、ともいう。

 俺自身は特別な人間じゃないから。
 無理なものは無理だと、割り切る力が必要なのである。

『口答えするなドリーッ!』
「……怒るなよ。というか、お前も冒険者規定を知らないワケじゃないだろ?
 安全面を考慮して、一度そのクエストを断念した者は、もう一度そのダンジョンに入るわけにはいかないんだよ」

 パーティメンバー全員が帰還して、また同じメンツで、もしくは違うメンバーを募って再挑戦ということなら可能だ。
 けれど今回の場合、レオスパーティの一人である俺は、単独でダンジョンを脱出してしまった。
 これ自体に罰則はない。が、その代わり。そのときのパーティリーダーが帰還するまでは、同じダンジョンの敷居を跨ぐわけにはいかないというルールになっているのだ。
 だから例えば、俺がレオスを助けるために、この三人娘を連れて駆け付けることは出来ない。
 あのダンジョンに行ったことになっていない三人娘を向かわせようかと一瞬考えたが、途中で俺からの魔力が途絶える可能性もあるし、あまり俺からは離れられないのでそれも不可能だ。

「というか、何があったんだよ? 怒鳴ってばっかりじゃ、何も分からん」
『…………ッ!!』
「いや、睨まれてもさ……」

 振り上げた手を降ろす場所が無いのだろう。
 まったく、こんな夜に呼び出されて、一方的に怒声を浴びせられる俺の身にもなって欲しい。三人娘が大人しく座ってくれいているのが、奇跡に近いんだから。
 ちらりと後ろを振り返ると、三人はレオスに対して色々と話しているようだった。

「ゴミみたいだねー」「ホントですわね」「きらいだぞ、アイツ」「閃光魔法で目を潰してさしあげましょうかしら」「それよりは呪いの方がいいんじゃないかな?」「この場にいたらかじり殺すんだけどな~」「そうだね~。私も斬っちゃうかなぁ」

 ……うん、怖いよ。
 日常会話っぽく話さないでほしい。怖さが増すから。
 げんなりしていると、魔法面の向こうで『代われ』と声が聞こえた。
 ユミナの顔が映し出される。
 ……どうやらユミナも、今のレオスの態度に付き合わされていたのだろう。俺と同じように、顔がげんなりとしている。

『久しぶりだなドリー』
「お、おうユミナ。無事っぽくて何よりだ」
『……ん? きみ、何かあったのか? 何だか顔つきが……』
「お、そ、そうか? 特に何事もなく平和デスヨ……?」
『そうか? なら良いが……。おっと、』
「おいおい、ふらふらじゃないか。大丈夫かよ?」

 精神的な疲れがきているのか、ユミナの声にも張りが無い。
 それでも気位の高さを示すように、ふらつきながらも、表情だけは強くもって俺に向き合った。

『すまない。私は止めたのだが、レオスが聞かなくてな。
 どうしても、きみの知恵を貸して欲しい』
「俺の知恵を……?」
『そうだ。勝手を言っているのは、重々承知している』

 頼むと、深々と頭を下げるユミナ。
 なるほど。知恵を貸す……か。
 まぁそれくらいなら認められている範疇だ。前パーティのよしみだし、力になろう。

「いいよ、頭を上げてくれ」
『……すまないな、ドリー。ありがとう』

 そしてユミナとレオスは、現状を説明し始めた。
 ところどころ感情的になるレオスを抑えながらだったので、聞いているこっちもすげえ疲れたが。

「えっと、整理すると……」

 現在レオスたちは、あのダンジョンの九階まで登っているらしい。
 見立てでは全十階層だったので、それを信じるならばゴールは目と鼻の先だ。おそらくこの扉を抜けた先に、上階へと続く階段が見えてくるはずとのことだった。
 が――――

「トラップ魔法が、大量に敷き詰められている……か」

 微弱な魔力感知でも分かるくらいに、この先の通路にはトラップが敷き詰められているらしかった。状況を詳しく聞いてみると……確かに。Aランクレベルの難易度かもしれないな。
 ただ、数は多いがトラップ一つ一つのランクは高くないみたいで。解いていく順番は複雑ではあるものの、(トラップ)解除の魔法で地道に一つずつ潰していけば、進める類の通路のようである。ただ……、

「罠解除の魔法を使えるヤツが、一人もいない、と……」
『あぁ』
『……ッ』

 神妙な面持ちのユミナに、憤りを隠せないレオス。
 他の面々は、そもそもこの空気が続いているせいか、ぐったりと生気を失くしている。
 そりゃリーダーがこんなになってたら、パーティの空気も悪くなるよな。

「んーと……、ユミナは使えない、よな。そりゃあ」
『あぁ。私はきみみたいに、器用ではないのでな』
「器用っていうか、俺のはただの、昔取った何とやらなだけだよ。大したことじゃない」

 でもまぁ、そうだよなぁ。普通の魔法剣士では、わざわざ罠解除を覚えるヤツの方が少ないか。

「う~ん……」

 しかし弱ったな。レオスのパーティには純粋な魔法使い(ソーサラー)は居ないし、罠解除の魔法じゃなくても、技術や知識で解除できる斥候(スカウト)も居ない。となると、あとは迂回するくらいしかないんだけど……。

「迂回路は見当たらないときたか」
『あぁ。ダンジョンの呼吸などが起こっても、この扉まわりだけは変動しなかったんだ』
「魔力濃度の高いところは、変動の影響を受けにくかったり、反射(レジスト)するんだよ。最終階段の目前の通路とか部屋とかは、そういうこと多いぜ」
『そうなのか? 知らなかったな』
「まぁ……、そういうのに苦しめられた時もあったからな……」

 長年やってきて蓄えた知識みたいなものだ。
 強い奴らは普通に突破できちゃうから、あんまり意味のない知識だけど。
 そんな話をしていると、憤りを隠そうともせず、荒々しい語気でレオスが割って入ってきた。

『ゴ、ゴチャゴチャ喋ってんじゃねえぞドリー! 良いから突破するアイディアをよこせ!』
『レオス、きみ――――』
『分け前だ! 分け前をくれてやるッ! このダンジョンで得た宝の、三割だ! 三十ゼイルはくだらねぇ! 一ヵ月は働かなくて良いくらいの金だ! どうだ!?』
「いやその、俺は別に金は……」
『四割か!? 他にはなんだ、何か条件があるなら言えッ!』
「オイオイ……」

 会話をしようという余裕さえ失っている。

『さぁドリー! さ、さッさと言えッッ! 打開策をオレに与え――――ぐォッ!?』

 魔法面の向こうで。
 ユミナがレオスを殴り飛ばしていた。
 勿論本気ではないのだろうが……、それでも、彼女も我慢の限界だったようだ。

『きみな……、少し黙れ』
『……ぐッッ!!』
『ドリー、すまない。うちのリーダーが、失礼をした』

 ユミナはもう一度頭を下げる。
 まったくレオス……。何やってんだよ。

「いやいいよ……。大丈夫。
 俺だってずっとそいつと一緒に居たんだ。理不尽な罵倒には慣れてるさ」

 ここまでひどくはなかったけどな。
 ……まぁ、レオスがこういう状況だというのが、最後のピースだ。
 俺はこれまでの話を総合して――――たった一つの選択肢を示すことにした。


「やれることは一つだけだよ、レオス」


 俺の言葉に、ユミナも、レオスも、他のパーティメンバーも、後ろで怒りをなんとか我慢していた三人も、驚いていた。

『ドリー……、きみ……』
「扉の先には、罠がびっしりの通路。そこはどうやら、解除していかないと通ることが出来ない。迂回路もなく、地形の変化にも巻き込まれないため、そこを通る以外の選択肢は無い。けれど今、そっちに罠解除の魔法を使えるヤツはいない。……そうだな?」

 俺は椅子に座る居住まいを正し、改めて魔法面に向き合って語り掛ける。
 俺は俺の責任で。
 声を発す。
 このパーティに関わる、最後の役目として。

『ドリー、策があるというのか?』

 うーん、策っていうか……だな。

「いやいや……。この状況で出来ることなんて、一つしかないだろうよ」
『な、何だと……? お前には分かるっていうのか!?』

 レオスの怒号に、俺は静かに首を縦に振る。
 そりゃもう。
 ……というかこんなの、分からない方がおかしいぞ。

「簡単だ。とてもな。
 お前らは今、その先に進む手段が無い。そうだろ?」
『さっきからそう言ってるだろうがッ!』
「だったら答えは簡単だ。
 ――――先に進まなければ良い」

 俺の言葉にシン……と静まり返る元パーティメンツ。
 一瞬の静寂の後、レオスが首を傾げながら息を漏らした。

『…………は?』


「言ったとおりだよレオス。
 そのダンジョンを(・・・・・・・・)これ以上攻略(・・・・・・)するのは(・・・・)諦めた(・・・)ほうが良い(・・・・・)


 不可能だ。
 進まなければ良いというより、進むことは無理だと言ったほうが良かったか。
 そう俺が考えていると、魔法面の向こうから、殴られた頬を抑えるのも忘れたレオスが、目を血走らせながら怒声を浴びせてきた。

『ふ、ふ……、ふざけるなよッ!? 言うに事欠いて、あき、諦めるだとォッ!?』

 いやだってさ……。
 そういう答えになるだろうよ、この状況では。

「…………」

 後ろからも、三人の息が漏れている。
 幻滅させちまったかもしれないけど、これが俺の生き方だ。
 生き方になった、が、正しいかもしれない。

 ――――オッサンと呼ばれる年齢まで生きて、これだけは学習できたということがある。
 それは……、『上手い転び方』だ。

 大した人生でもないし、これから先も、もしかしたら矮小なまま終わるのかもしれない。
 そんな俺がこの四十年近く生きてきて学習したことは。

 上手い転び方。
 もしくは、最低限の怪我で、物事を終わらせることだ。

 若いうちには気づけなかったが……、人生ってのは、『どうにもならないこと』ってのがある。
 どうしようもない壁にぶち当たっても、気合いと根性、もしくは愛の力でどうにかできることもある――――のかもしれない。
 けれどそれは、『まやかし』なときもある(・・・・・)
 全否定はしないけどな。根性根性うるさい幼女も、後ろにいることだし。

 まぁでも。
 ともかく。

 転びそうになったとき。
 転ばないでいる方法もあれば――――、時には上手く転んで(・・・・・・)、怪我を最小限に抑えるというのも大事だ。

 強くない者は、それなりのことをして……、どうにか生き延びなければいけないんだ。
 でも、
 生きてさえいれば、どうにでもなる。
 新しいパーティメンバーを募って、再チャレンジすることだって、可能なんだ。

 どれだけ力をつけても。
 どれだけ気持ちが強くても。
 理不尽は巻き起こる。それが、こんなオッサンが唯一知っている答えだ。

「今引き返せば……、時間が無駄になっただけで済む。まぁ他には、ここに来るまでの消費アイテムとか……かな?」

 飛翔の加護をはじめ、おそらく俺を置いていった先でも、もしかしたら高価なアイテムを使っているかもしれない。それらは無駄にはなっちまうかもしれないけど……。

「でもとにかく、今なら生きて帰れるんだぞ、レオス」
『うるッさぁぁぁいッ! き、貴様……ッ、何様のつもりだ!
 パーティメンバーでもなくなったくせに、口を出そうというのかッ!?』
「いやお前が意見を求めたんだろ……」
『や――――やかましいッ!
 そ、そんな意見ッ! 却下だ却下!』

 俺たちは進むんだと、激昂を繰り返す。
 そんな彼を見て他のメンバーは……、呆れかえっていた。
 最低限のリーダーシップは持ってる奴だと思っていたんだけどな。正直、俺もショックだ。

「レオス、悔しいのは分かるが……」
『うるさいッ……! リーダーはオレだ! 決めるのはオレだッ!』

 駄々っ子のように、レオスはその場で地団太を踏む。

「……あぁ、」

 ――――魔物除けとか、はってるだろうか。

 なんて。
 とても気持ちが冷めていって、まるで他人事のようにしか、今のアイツらを見ることが出来なかった。

 どこか地続きの世界ではないことのように。
 同じ飯を食ってきた記憶すらも薄れていくように。
 もう、違う世界の住人達。そう思えてしまう、熱の冷めを実感する。

「……いやいや」

 でも俺は、なんだかんだでコイツに世話になった。
 苦い思い出で終わってしまったが、楽しいことだっていっぱいあったはずだ。
 だから。
 だからこれが、最後の仕事だ。
 あのパーティにおける、最年長である俺の。
 最後の責務。
 役目。
 それは――――

「命の安全。その確保だ。
 レオス……、引き返してくれ」

 勝たなくて良い。
 負け(しな)なければ、何度だってやり直せる。

 次から次へと、繰り返し発生するダンジョンのように。
 俺たちだって、何度も繰り返せるんだ。それを分かって欲しい。

「そのダンジョンをクリアしなければ、誰かが死ぬってことじゃ無いんだろう、レオス?
 だったらせめて――――最後は」

 言葉を区切って、俺は彼に伝える。

 伝わるかどうかは、分からないけれど。
 安全圏だからこそ言える、ただの上から目線の意見かもしれないけれど。
 向上心の欠片もない、ただの敗北者からの言葉かもしれない……けれど!
 俺は、伝えなければならない。


「最後は、お前がそのパーティを、導いてくれ」


 どんな性格だろうと。
 リーダーだろ、お前は。

『――――ぐっ……、』
『レオス……。行こう』
『あ……、あぁ……、あ……、』

 へたりと。
 力なく座り込むレオスを、俺はどんな目で見ていたのだろう。

 俺を切り捨てた元リーダー。
 俺を引っ張ってくれた頼りになる男。
 今はもう、そのどちらの面影も、無い。

「……じゃあな、レオス」

 俺はそう、誰にも聞こえないように。
 虚空にそう呟いた。
 僅かに揺らめく魔法面は、静かに俺を照らし続けていた。





 そうして。
 レオスとの対話魔法を切った後。

「…………」

 俺が振り返ると、三人の幼女は、何とも言えない表情でこちらを見ていた。
 視線が。
 はたと、合う。
 俺の方から口を開こうと思ったのは、何でだろうか。
 ただ気づけば、思いを伝えていた。

「これが……俺だ。残念ながら、な」

 救出に向かうことは出来ない。
 立ち向かってやれる力はない。
 無難にしか物事をこなせない。
 それが、ドリー・イコンの精いっぱいだ。

「これがもしも……、もっと実績のある冒険者だったら、かっこいい感じに決まったんだろうけどな……」

 こんな万年Cランクのオッサン冒険者が言っても、説得力に欠けるよなぁ。
 実際問題として、俺がレオスよりも上のランクだったり、常にプラチナプレートだったりしたら、あそこまでの言い合いにはならなかったと思う。きっとレオスは、上級者からの言葉には耳を貸して、もう少しだけ冷静に話し合いを進めることが出来たはずだ。

「まぁ……、でもそれも。俺の実力(ぜんぶ)ってことで」

 なんだか、疲れた。
 そんな。
 力なく笑う俺へと、彼女らは小さな足取りで近づいてくる。
 そして、見上げて、言った。

「――――すごいよ、おにいちゃん!」
「……へ?」

 口火を切ったヒナに続き、ベルもルーチェも、目をきらきらさせながら続いた。

「戦わなくても生き残れる術があるんだね!」
「目から逆鱗だったぞ!」
「根性逃げ理論ですわね!」
「逆鱗じゃなくて鱗だし、根性の、逃げ……ツッコミが追い付かん!」

 ともかく。

「お前ら……、さっきので、呆れてないのか?」

 俺がそう聞くと、ヒナは「ううん」と首を横に振った。

「呆れないよおにいちゃん。
 私たちは、『戦う』ことでしか生きられないと思っていた」
「けれど旦那様は、戦わなくとも生きていける道を、心の中に持っておりましたの」
「それってスゲーなって思ったぞ!」

 そうか。
 こいつらは、魔竜、魔剣、魔法だから。
 戦いのために存在することが前提で、生きて来たんだ。
 けれど、ニンゲンはそうじゃない。
 戦わなくても生きて行けるし、戦わないで済む方法を考えることも出来る。
 それらを持ったうえで、戦うという選択肢を選ぶということは、戦うしかないという状況に置かれている奴らとは、根本的な部分で違いが出るだろう。

「――――私たちは、おにいちゃんを誇りに思うよ!」
「お前ら……」
「だから、一緒にパーティを組めて、嬉しいな!」

 三人は。
 笑みを俺に向ける。
 だから俺も……、負けじと笑った。

「そっか……! ありがとな!」

 三人の頭をそれぞれ撫でて、俺は密かに決意をした。
 この先何があっても、こいつらと一緒に生きて行こうと。
 そして、こいつらに見合うように。
 レオスに言ったような言葉に、説得力がつくように。

 カッコイイ男に、なってやると。