あのあと。
夕暮れと共に、俺たちは人々のざわめきに囲まれる。
「悪魔か!?」「反逆者だったのか!?」「いや、救ってくれたんだろ!?」「あれ冒険者のドリーだよな?」「まわりの幼女かわいくない?」「踏んで欲しい」「罵倒してほしい」「貢ぎたい」「匂いを嗅ぎたい」「孫の嫁にきてくれんかのう……」「あいつダンジョンで死んだとか言われてなかったっけ?」「いやレオス裏切って、一人だけ帰って来たんだろ?」「幼女の小さなおててはぁはぁ」「膝裏がえっちだよね」「軍の見解では、幼女は非常にえっちなのだと」「あぁ。幼女が三人そろってえっちなのは間違いない」「つまり幼女に囲まれてるドリーもえっちだということ?」「一縷の隙も無い完璧な理論ですね」「とりあえず通報しておこうぜ」「大丈夫だ通報しておいたぜ」
そんな調子で、ざわざわと言葉は踊っていく。
中には、魔法を操り、剣を振るい、竜を駆るその姿はが、まるで伝説にある竜騎士のようだったと言い出す奴も現れる始末で。
「いやそんなんじゃ無いから。なんだかんだ、高いところって怖いから」
「楽しそうだったぞゴシュジン」
「アレはハイになってただけというか何と言うか」
思い出しただけで胃のあたりがひゅっとなる。
概念的に落ちることは無かったとはいえ、万が一を考えると恐ろしい。
「――――で、何があったんですかね? ドリー・イコンさん」
「それは……、こっちが、聞きた……ぐぅ…………」
激闘を終えた後、ギルドへと報告に向かう。しかしながらその途中、俺は完全にダウンしてしまい、丸一日寝込んでしまった。
目覚めたのは次の日の夕方で。そこから夜に至るまでのこの六時間、ずっと喋りっぱなしだ。イレギュラーな事態を伝えていると、たちまちギルド側の顔色が変わっていき、糾弾は謝罪と補填に変わっていった。
「本当に申し訳ない。こちら側の調査が、あまりにも不完全でした……!」
「い、いやいや! 顔を上げて……!」
今回の騒動を紐解いてみれば。
結局落ち度は、ギルド側にあったようだった。
上級ダンジョンが発生したはいいものの、ランクが不確定なままに依頼書を登録。
本来ならば……数日前にギルドにてベルが倒してしまった、あのルーダス一味がこのダンジョンに挑む手はずとなっていたらしい。
……やっぱ落ち度は俺たち側にもあるじゃねーか!
まあただ、ベルに鎧を砕かれて瞬殺(殺してはいないが)されてしまったルーダスらが、あのダンジョンに足を踏み入れたとして、生きて帰ってこれたとも思えないので、そこは運が良かったとも言えるんだけど。
「とにかく…………………………あまりにもきつかった」
「ゴシュジンしなしなだな」
「フニャフニャですわね」
「かたくしてあげたいね」
「……言い方考えようね」
ともかく。
神経参ってるのです。
だから……、
「だからこんな封書に、目を通せる自信が無い……!」
部屋に帰ってみると、一通の手紙が届いていた。
それも表には、『出来るだけ早く見るように』という旨が書かれており、どうやら相当緊急のもののようである。
「仕方ないな……」
封を開けて見てみると、それは魔法屋からの呼び出しだった。
「魔法屋から……? 珍しいな。何だろ」
クエストに出る前、飛翔の加護含む、様々な高額アイテムを購入した。まさかその代金が足りなかったとかの督促だろうか。正直これ以上お金は払えないですよ、はい。
おそるおそる中を見てみるとそれは、遠隔対話魔法の連絡が入っているという知らせだった。
「おにいちゃん、遠隔対話魔法ってなあに?」
「あぁうん。離れたところにいても、特定の魔法波に乗せて、対象と話をすることができるんだ」
「魔法波?」
「俺も詳しい原理は分かってないんだけどな。とにかく……、街の魔法屋同士で話せたり、個人が持ってる魔法石に波を飛ばしたりと、色々方法はあるんだ。
まぁそのためには、別途、上級者用の高いアイテムを消費しなくちゃいけないんだけど――――」
説明しながらも書面を読み進めてみる。すると対話者は、誰あろう、元パーティリーダーのレオスだった。
「ん……? あ、やべ、マジか」
そういえばと思いたち、古い方の冒険者バッグの中を漁る。そこには、長年使っていなかった遠隔対話用の魔法石に、レオスからの呼び出し記録が残っていた。
「この間のダンジョンに行くときに、丸っと違うバッグに変更したからな……。前の荷物に置き去りにしちまってたかぁ」
しかも使う癖がついてなかったから、遠隔(略)石のことなんてすっかり忘れてた。
飛翔の加護とかと同じで高価だから、『使用する』という選択肢が頭から抜けていたのである。
「高級アイテムは持ってないと思ってたからなぁ。だからこそ、魔法屋で色々買い込んだんだけど」
……宝の持ち腐れとはまさにこのことだ。
まぁどのみち、アイツらの居るダンジョンとは離れているからな。魔法波が偶然キャッチ出来ただけで、取ってても対話は出来なかったと思うけど。
「なぁゴシュジン。
ゴシュジンの石の方に対話の意志を飛ばしても、意味ないんじゃないのか?」
「あぁいや……。同じダンジョン内くらいなら、相当階が離れたりしない限りは話せたりするんだよ」
あれから十日あまりが過ぎたくらいか。
レオスはまだ、俺が同じダンジョン内にいると思っていたのかもしれない。
けれど繋がらないものだから、街の魔法屋の方にかけて、呼び出しをしている……と。そんなところかな。
「魔法屋は、めちゃくちゃ強力な魔法石が設置されてあってさ。
ナグウェア地方全域で、遠隔対話が出来るんだ」
その分めちゃくちゃ石を消費するけどな。
一分対話するのに、通常の五倍くらいの量使うんじゃ無かったっけ。
「しかし……、そんなにまでして、俺に何の用だ?」
悲しいかな。俺の力なんて、もう必要ないと思うんだけど。
「というか、まだあのダンジョンにいるってことか?
あと三日か四日くらいで最奥だと思ったんだけどな」
まぁあくまで俺の目算だから、確かなことは言えないが。
しかし仮にそうなってくると、え~……、のべ十一日も同じダンジョンに居ることになる。そうなってくると精神的にきつそうだな……。
「仕方ない。面倒だけど行ってくるか」
「義理堅いですわねぇ旦那様は。自身もお疲れでしょうに」
「まぁ……そうも言ってられないしな」
ルーチェの言葉に、「それに」と付け足して俺は返す。
「別にレオスが心配なわけじゃないさ。ここの魔法屋には世話になってるからな。行ってやらないとさ。この案件でずっと起こしとくわけにもいかないだろ」
違う街には昼夜問わずやってる魔法屋もあるらしいけど。
うちの街の魔法屋は、夜はぐっすり眠るじいさんだ。この時間まで起こしておくのは、あまりに酷すぎる。
「てなわけで、ちょっと行って――――え、着いてくるの?」
「こんな夜更けに、旦那様を一人で向かわせられませんわよ」
「レオスって、前に酷いこと言っておにいちゃんを追い出した人でしょ?」
「何か言われたら、ベルが言い返してやるぞ。場合によっては殺す。遠隔でもどうにかして殺す」
「……大丈夫だよ」
あとベル、むやみやたらと殺そうとしない。
お前闇抱きしてねぇだろうな?
「ただまぁ、そうだな。
俺とパーティ組んでるんだもんな、お前らは」
心配してくれるのは素直に嬉しい。
それじゃあ、護衛に着いてきてもらおうかな。
「よし行くか。終わったら軽くじいさんに紹介するよ」
言って俺は三人を連れ、もう一度外に出た。
街の灯りはまだ点いているとはいえ、どことなく夜が深いのが気になった。