「…………はぁ~~~~~~ッ!」
もう何度目になるか分からない、深い深いため息を吐く。
あれからたったの十分余り。
なんというか……、オッサンって嫌なもので。
あれだけショックなことがあったのにも関わらず、どこかで冷静に事態を受け止めにかかっている自分がいる。
立ち向かおうとするのは悪いことでは無い。が、事実があまりにも強大すぎるとあっては、目を背けたくもなるってもんだ。
「ただ……、先送りするわけにもいかないんだよなぁ……」
手ごろな岩に腰掛けたまま、地面を見たり虚空を仰いだりを繰り返す。
先送りしたって目を閉じたって、この問題が解決するわけではない。どうにかこのダンジョンから脱出しなければ、どこまでいっても危険なのだ。
「……ヤベ、魔物除けの魔法筒、設置してねぇじゃん」
ごそごそと取り出そうとして……やめた。
もしもここから一人で脱出するとなった場合、十中八九、来た道を戻らなければならないのだ。
ここは六階層。
アイツらと共にここに登ってくるまで、四日もかかっている。
一人で降りるとなると……、倍以上かかってもおかしくは無いだろう。
ま、まぁ希望的観測で、四日だとしても、だ。
「魔物除けは、自前の物で二本……。つまり、四日間中二回しか休めないってことかよ……」
……いやいや。
超無理なんだが。
ただまぁ……、ここでその一本を使ってしまうことが一番愚策だろう。
そうすれば、二日間不眠不休 → 魔物除けで六時間休憩(見張り無し) → 二日間不眠不休で地上へって方法を取れる……。
「うん、無理だなコレ!?」
一日半くらいならもつけどさ! それを極限状態でずっと維持して、たった六時間の休みで回復して、もう一回続ける?
超人じゃん! 偉業だよそんなの! 偉業っつーか、もはや異常行動だよ!
四十になるCランクのオッサン魔法剣士に求めることじゃないでしょ!
「……しかも、ここに来るまでで結構魔力も消費しちまってるからなぁ。もう三分の一くらいしか残ってないぞ、魔力」
そもそも俺の魔法なんて、初級魔法の詰め合わせ程度のものだ。
そんなものココのレベルのモンスターに通じるわけがない。剣技だってそこまで強くないし。それにモンスター二、三体に囲まれれば、即袋叩きに遭ってしまうだろう。それくらい、一人で進むにはレベルの差がありすぎる。
「……積んでやがる」
状況整理を終えて、改めて絶望する。
どーすんだよ、これ。俺、ここで死ぬのか……?
冒険者という職業は、基本的には自己責任だ。
ダンジョン攻略に出かけ、途中で行方不明者が出ることもあり、組合はそこに責任をもたない。
「まぁ、だからこそ、自力で奇跡の生還を果たすヤツとかも居るんだけど……」
俺はそれをできるタイプではない。
だいたいそういうのは、体力自慢の超人戦士か、気配隠しの魔法・技術を持っている上級斥候職などだ。
魔法剣士って、魔法使いと剣士のいいとこどりを出来てれば強いケド……、俺みたいに、どっちつかずの半端者になるパターンもある。
「……って、いかんいかん! 弱気になるな、俺!」
まずは立ち上がろう。
幸いにも、足は動く。痛めつけられたわけでもないので、体力も今のところは残っている。
「……ん」
びゅうびゅうと風が吹く方向を見る。
なんとなしに、俺はそちらへと足を進めた。
アイツらが飛び立っていった場所。あの、『飛び地』のほうへと。
空は晴れたままだが、風はだいぶ強くなっていた。
広い洞窟内にも、この通路から風が吹き込んできているのが分かる。
「ううむ……」
崖から落ちないよう、下を覗き見る。
……うん。ここから下へ降りるのは、やはり無理そうだ。
俺が今から超覚醒して、飛翔の魔法を使えるようにも…………ならないみたいですね。
「はぁ……。何かいい方法は無いもんか……」
崖からちょっと離れたところへ座り込む。
するとそこには、レオスたちがここで回復薬を使っていったのだろう空き瓶などが転がっていた。
……俺は消費アイテム程度にしか思われて無かったんだなぁ。
「はぁ~……。だめだ……」
なんか、どうあってもマイナスな方向にしか思考回路が向かない。
頭では前に進まなければならないことは分かっている。諦めてはいけないとも思っている。
けれど、この状況じゃあ……。
「……え、」
びゅうびゅうと流れ込む風が、絶望的に変化する。
俺が洞窟内部の方を見ると――――そこには、三体の大型の魔物が、来た道を塞ぐようにして立っていた。
いや、立っていただけなら良かったのに。
往々にしてモンスターってのは、俺たち冒険者を、捕食しにやってくるものだ。
肥大した三体のオークたちは、獰猛な牙と脈動する筋肉を従えて、通路をのしのしと進み、こちらへにじり寄ってきていた。
「――――あ、ぁ、」
だめだ。終わった。
目の前には三体のオーク亜種。
後ろは断崖絶壁。空を飛ぶことは出来ない。
魔力は残っていない。そもそも奴らに有効な攻撃手段など、自分の剣技を合わせてもゼロだ。この状況で一人きりでは、成すすべなく肉塊に変えられてしまうだろう。
「く……っ、」
今更ながらに、『死』という概念が心を埋め尽くす。
目の前が真っ暗になりそうで、あまりの危険ごとに、先に心臓の方が音を上げそうだった。
かちかちと震える歯は、もう食いしばる気力もない。
ガランと、力の入らなくなった手から、たった一本の剣は落下する。
それが合図だと言わんばかりに、猛々しい肉体たちはこちらへと迫ってきた。
オークの持つ棍棒が、三方向から俺の頭部へとぶち当たる――――その時。
「え、」
俺の背中側。つまり、ダンジョン外の中空から。
三つの閃光が通り抜けた。
俺へと襲い掛かる三体のオーク。それらは。
一体はばらばらに切り裂かれ、一体は粉々に砕かれ、一体は燃え散らされていた。
そしてその光たちは、そのまま通過し、曲がり角の奥へと消えていった――――え、消えていった?
「…………えーっと?」
閃光の正体が不明瞭なまま、というか、何が起こったのかもいまいち飲み込めてない俺は、しばらくその場で立ちすくんでいた。
死を一度は覚悟したからか、時の進む感覚がおかしくなっているみたいで、一瞬時間の後、何やら曲がっていった先から、いやに幼い声が、三つ聞こえてくる。
「邪魔だぞオマエら! グルルッ! せっかくベルアインの見せ場だったのにッ! 噛み殺すぞ!」
「それはこちらのセリフですわっ!? せっかくわたくしの優雅魔法で優雅殺戮できると思いましたのに!」
「も~……、危なかったよ二体とも~……。危うくおにいちゃんを斬り刻んじゃうところだったんだからぁ……」
黒い魔力と共に消滅していくオーク。その肉体の後ろから、三つの小さな影がこちらへやってくる。
ちいさい。
小さい――――人の影だ。
小柄な女性というよりも、もっと未熟な少女寄りで。
少女というよりも、あどけない童女寄りで。
童女というよりも……、
幼い。
幼女で。
全員、百三十~百三十センチ半ばくらいの身長だった。
「えっ……とぉぉ……???」
一人は。
黒いショートの髪で、眼鏡をかけている穏やかな幼女。
可愛らしくも落ち着いた顔立ちをしている。今は困ったような、怒っているような、とにかく二人に注意を施しているのか、困り眉を顔に張り付けていた。
一人は。
力強く跳ねた赤い髪に、二本の角が生えている褐色の幼女。
主張の激しいぎょろりとした瞳はとても勝ち気で。可愛らしい顔に不満の形相を張り付け、隣の幼女と言い合いをしていた。
一人は。
とても優雅な風貌で、ウェーブのかかった金髪ツインテールの幼女。
どことなく高貴そうな顔つきをしているものの、赤い角の生えた幼女と言い合っている姿は、なんだか野蛮にも見えてくる。
「……お、ぅ、」
そんな。
かしましい三人の幼女は。
あれだ。
全裸だ!
とっっっっっっても奇跡的に、局部はオークの消滅魔力によって隠されている。
「オ……、オークさん、グッジョブッッッ!!!!」
『ええんやで……』と謎のサムズアップをするオークさんたちの思念体(?)が一瞬見えた……ような気がしたのもつかの間、幼女たちは裸足でぺたぺたとこちらへ近づいてくる。
そして俺を見上げ、元気のいい声で一斉に言い放ったのだった。
「「「あのとき助けてもらった 『●◇※×▲』 です!!! 恩を返しに来ました!!!」」」
俺の胸元以下の幼女が。
何やらかしましく喋っている。
え、なに、ナニ? 何だって?
同時に大きな声を出したので、重なって肝心な部分が聞こえなかった。
……突然のこと過ぎて理解が出来なかったのもあるだろうけど。
「これからよろしくね、おにいちゃん」
「よろしくたのむぞ、ゴシュジン!」
「よろしくお願いしますわ我が夫」
何にせよ……、
「あたまが……、おいつか、な、い……」
こうして俺は。
昔助けたらしいナニカたちと、出会うことになった。
結局情報が多すぎて整理できず、気絶してしまったのだが。
俺が起き上がったのは一時間ほど後のこと。
三人(?)の幼女に抱きつかれている状況から、スタート――――再スタートをするのだった。