「うぉ、ぉぉぉ、ぉぉぉぉ……ッッ!! は、はやい……! こわい……!!」
『大丈夫だぞゴシュジン! 振り落とされることは、絶対無いからな!』
「そうだとしても、こわ、い……!!」
あれから三分後。
現在俺は、夕暮れの空を舞っている。
舞っているというか――――超速飛行をしている。
「空気は痛くないけど、た、ただただ怖いぞこれ! お前いつもこんな風景を見てるのかよ!」
『慣れれば楽しいぞゴシュジン! あはは!』
『ヒナたちもついてるからね!』
『根性ですわ!』
「……ッ!!」
俺の今の状況を説明すると。
ドリー・イコンは今。
魔剣・ヴァルヒナクト、
魔竜・ベルアイン、
魔法・ルーチェリエルを、装備していたのであった。
以下、回想。
アンド、超絶テキトーな説明だ。
『ベルたちを……、装備する? 乗るだけじゃなくて?』
『そうだ! ガイネンとして、一体化しよう、ゴシュジン!』
『???』
『さっそく入ってみますわよ! ――――えい!』
言うとルーチェは、黄色い光の玉となり、俺の身体の中に入ってきた。
『おわぁ!? な、なんか……、ルーチェを俺の中に感じる……!?』
傍から聞くとヤバイやつの発言みたいだがともかく。
なんか、俺の中にもう一概念入っている感じがして……、とてもその、異物感がすごい。
『いいなあルーチェちゃん!
おにいちゃん私も! 私も握って握って!』
ぽん! と可愛らしい音とは裏腹に、邪悪なオーラを纏った魔剣に変身するヒナ。
言われるがままに俺もそれを持つと、ただ持っただけではなく、この魔剣が俺の一部であるかのような概念が入り込んできた。
『な、なんだ、この感覚?』
『ゴシュジンはベルたちと繋がったって言っただろ? だから、こうやってベルたちを、支配下に置くことが出来るんだ!』
『支配下?』
『簡単に言えば、レーゾクだ。あれ? ドレイだっけ?』
『所有者でしてよベル』
『そうだよおにいちゃん! 別名せいどれ――――』
『ヒナさんそれ以上はいけない!』
以上。説明パート終わりだ。
「…………あれ!? 全然説明されてなくない!?」
俺が幼女に危険な単語を言わせないだけで終わってしまった。
その後も、竜に姿を変えたベルにまたがって、飛翔しただけだしな……。
「えー……、つまりまとめると。
今お前らは、俺の装備や能力、はたまた『概念として一体化』しているため、俺の意のままに動く……ってことでいいのかな?」
『おおまかにそんな感じだよ!』
『だいたい合ってますわ!』
『難しいことはよくわかんないぞ!』
「不安しか生まれなっったですね!!」
ただ、とにかくだ。
今は未知の力でも何でも良いから、使っていけるものは使って行こう。
ぶっちゃけ手段を選んでいる時間はないわけだし。
それに――――
「それに、お前らの事。信用してるからな」
『おにいちゃん?』
「何が何だかよくわかんないけど――――お前らが、俺の力になってくれるはずだから。
……だから、お前らの力を信じてる!」
凍てつく空気は。
決意に後押しをしてくれる。
「改めて三人とも、よろしく頼む。
あの街を守るため、力を貸してくれ」
『うん!』『おう!』『ええ!』
三者三様の返事を胸に、
魔竜を駆り、魔剣を携え、魔法を纏う。
俺は。
今から見るこれからの光景を、一生忘れることは無いだろう。
人生のターニングポイント。
もしくは、折り返し地点からのやり直し。
ドリー・イコンという人間が、この先どうなっていくかを決定づける、激戦が幕を開けた。
街に災いが降り注ごうとしていた。
鮮やかな夕暮れが迫る街の午後。
山間の向こうから、大量の石像モンスターが飛来する。
それを、街の人々は、どんな目で見ていたのだろうか。
当惑。竦み。怯え。――――恐怖。
混乱は狂騒を呼び、混濁の渦を巻き起こす。
けたたましく鳴くガーゴイルの声が、追いかける俺の耳にも届いた。
――――だから。
「『ルーチェリエル』ッ!」
左手に魔力を収束させ、一気に放出させる。
すると目の前の空間は、神聖なる光と共に、瞬間昼間かと見紛う明るさに見舞われた。
厳密に言えばルーチェリエルは最上位の防御魔法だ。今放ったこの魔法は、ルーチェの魔力を使って、魔力の塊を飛ばしただけに過ぎない。……のだが、それでこの威力は凄まじすぎる。
『イイ感じでしてよ、旦那様♪』
「お、おう! ……強い魔法使うのって、こんな感じなんだな」
器用貧乏タイプで生きてきたから、色んな種類の魔法を使えはすれど、大きな一撃を放ったことは無かった。
なんつーかこう……、毛穴が開いていくというか、血管が広がるというか……。
『デトックス効果というヤツですわね?』
「絶対違うと思う!」
最上位の光魔法を放つ健康法が、あってたまるか。
「とにかく……。よし、次に行くぞ!」
はじけ飛んで行くガーゴイルらの残滓を目で追いつつも、次の集団へと目をやりベルを駆る。
街の混乱は加速する。が、中には俺の姿を発見した奴らもちらほらいるようだ。
「なんだアレ!?」「人……、冒険者か?」「軍の人なんじゃないの!?」「いや、軍の人間はまだ出動していないだろう?」「アレもモンスターたちの親玉か?」「速くてよく見えないな」「ドラゴンじゃないのかあれ!?」「魔法打ってたぞ! 大丈夫なのか!?」
「……なんか、余計に混乱させている気がするが」
まぁ今は仕方ない。
説明や事態の理解は、この件が収束した後、存分に行おう。
「行くぞ! ……ベルアイン!」
『おう!』
駆る魔竜へと指示を送る。
ガーゴイルの集団の真ん中へと突っ込んで行ったかと思うと、ベルはその大きな口からたちどころに炎を吐き出し、凶悪な石像たちを燃やし尽くした。
『いくぞォォォ!!』
咆哮と共にがぱりと口を空ける。
一つ。また一つと、石像は粉々に噛み砕かれていき、ぱらぱらとその残滓は中空を舞った。
『大勝利だ、ゴシュジン!』
「よくやったぞ!」
首を曲げてこちらを振り向くベルに、俺は親指を立てて答える。
くるると心地よく喉を鳴らし、魔竜は次のターゲットへと視線を移した。
『ゴシュジン! アレ!』
「うお、まずい!」
現在ガーゴイルたちは、街の上空を漂っている状態だ。
だからまだ街の人たちに害は出ていないのだが……、ここだけは話は別だ。
周囲を見渡すための鐘付き塔だけは、他と比べて背が高い。
ギリギリまで見張っていたであろう軍の男性が一人残っていて、今にも石像の集団に襲われそうになっていた。
「――――間に合え!」
ベルに指示して空を駆ける。
しかしそれでも間に合わない。狂爪は、今にも彼の身体を引き裂こうとしていた。
魔法をぶっ放すと、鐘付き塔ごと吹き飛ばしてしまうからアウトだ。それに男性が無事だったとしても、残骸が街へと降り注いでしまうだろう。
『旦那様! 狙ってくださいまし!』
「狙う――――そうか!」
『コントロールはお任せを!』
今の俺と、そしてルーチェなら出来るはずだ。
意識を魔法に移し、大魔法『ルーチェリエル』を起動する。
先程の、広範囲殲滅の魔法ではなく、一点狙い。
超高威力の魔法を、細く、細く、練り上げるイメージ。
熱。波。うねり。そして、ルーチェのコントロールを信じる。
「『発射!」ですわ!』
一線。もしくは、一閃。
細い糸のように空を切る大魔法は、うねりを上げて鐘付き塔へと発射される。
街並みの屋根の旗を避け、塔の格子を避け、軍の男――――の、わずか数ミリ横を避け、その先にあるガーゴイルの腕を細く穿つ光の閃。
神聖なる魔法に触れたが最後。
その体を悶えさせながら、ガーゴイルは中空で灰と化して消えていった。
そして第二波を食い止めるため、ベルの炎をまき散らす。
鐘付き塔は無事守りきれたみたいだった。
「早く下に!」
「あ……、ありがとう! アンタ、冒険者か!?」
「おう。後でいっぱい報酬くれ! 無事でいろよ~!」
安心させるための軽口を叩きつつ、俺は引き続きオフニーグルの街を旋回する。
日は沈む。
夜になると夜目が効かないこちらが不利だ。なので、そろそろ決着をつけなければならない。
「――――ヒナ、いけるか?」
『うん。任せて、おにいちゃん』
いっぱい。
役に立つからね。と。
可愛らしくも頼もしい声が聞こえて。
魔剣の嘶きが。
聞こえる。