程なくして、俺はヒナたちの元へと駆け寄る。
 三人はすっかり元のテンションに戻りつつあり、いつものようにこちらを見上がてくれていた。

「おにいちゃん、ありがとう」
「いやいやこっちこそ。……頑張ったな、ヒナ」
「……えへへ」

 ヒナはぎこちなく笑いつつも、こちらへと歩み寄る。
 眼鏡の奥と完全に目が合った瞬間、そういえばと唐突に思い出した。

「そういえば魔力(えいよう)与えておかないとだよな……。みんな、腹減っただろ?」
「あ、そうだね。そう言えば私たちは、それが目的だったんだっけ」
「そうだったな! 思い出したらお腹減ってきたぞ!」
「優雅に舐め取らせていただきましてよ?」

 うん。……まぁルーチェのセリフはあまり意識しないようにしておこう。
 そうして。いつものように、日常会話へと戻ろうとした――――直後だった。
 ズズズ……! という、地鳴りにも似た振動が、フロア全体に響き渡る。
 空気を伝い、周囲の魔力がとてつもなく膨れ上がっていくのを感じ取った。
 三人娘も即警戒態勢にうつった。そのとき。

「ゴシュジン! なんだ、あれ!?」
「モンスターが出現しようとしている!?」

 ベルの声がした方向を見ると、ここに入った時と同じように、どんどんとモンスターが発生していた。
 しかしそれらは、全て同一個体だ。
 顕現したかと思うと、それらは硬質化した翼をばたつかせ、ダンジョンの天井へと飛翔していく。不気味な眼を光らせ、一点にどこかを見据えていた。

「アレは……、ガーゴイルか!?」

 翼を持つ石像のモンスターで、硬質化した爪と牙を持っている悪魔だ。
 俺も見るのは初めてでは無いし、体長は一体百六十センチ~二メートルほどと、大型の魔獣と比べると大きくはない。……が、

「数があまりにも多すぎる……」

 この部屋はとても広い。つまり、天上の面積もその分だけ広いということで。
 そんな天井面が完全に見えなくなるくらいまでに、びっしりと敷き詰められていた。
 そして奴らは、けたたましい鳴き声を一斉に発したかと思うと――――ダンジョンの天井をがんがんと叩き出した。

「な……!?」

 本来ならあり得ない事態が、巻き起こる。
 叩いた衝撃によるものなのか。はたまた違う要因なのかは分からないが……、ダンジョンの天井が、がらがらと崩れ去ったのだ。
 前提として、ダンジョンは砕けない。破壊されない。
 しかしこの場所は、イレギュラーだらけだ。
 過去に何度かあったという、ダンジョン内のモンスターが外に出てしまったという事件。もしかしたらその事件も、こういう風に起こったのかもしれなくて。

「…………えっと」

 赤い。
 夕日が俺たちを包む。
 そしてそれと同時。
 ばさり、ばさりと。ガーゴイルの集団は、ダンジョンの外(・・・・・・・)へと飛び去って行く。

「――――はっ、」

 久方ぶりの外気が、あまりにもな光景を目の当たりにして呆けてしまった俺の思考を、元に戻す。
 渡り鳥の群れが大移動をしているかのような光景で、それがどうやら良くないことであると、やや遅れて理解した。

「あ! まずい!」

 外の状況を把握するのが遅れたが、あの方向はオフニーグルの街方面だと思う。いや、仮にそうでなくとも、外を行く一般人に被害が出てしまう可能性もある。

「追いかけねえと! ……でも」

 どうやって!?
 あのガーゴイルたちはそこまで速度は出ていないものの、走りでは流石に追い付けない。

「つーかイレギュラー続きすぎる……」

 過去にも、ダンジョンの外にモンスターが漏れ出てしまったケースはあるらしい。
 そのときは確か、散り散りになったモンスターを掃討するため、軍が動いたとかなんとか……。
 俺にそんな働きが出来るとも思えないし――――

「旦那様! 追いかけますの!?」
「あ、あぁ。まずは追わないといけないな。だけど……」

 手段が無いんだよ手段が。
 ダンジョンはすでに、完全に消滅しかかっていて、元の草原地帯に戻りつつあった。
 あたりを見回すも、都合よく馬車などは無い。そもそもここにたどり着くまで徒歩なのだし、旅の行商人でもいない限り、人より早く走れる生物なんていないだろう。

「大丈夫だ! ベルなら追いつけるぞ!」
「いやお前だけ追い付けても……、え?」
「おにいちゃん。あのね、試してみて欲しいことがあるんだけど」
「ですわよ旦那様! さぁ! 今こそパワーアップのとき!」
「え」

 え。
 ――――え!?

 そうして。
 俺のプレートは、再びプラチナの輝きを見せることとなる。

 空気は強く、冷たく、厳しい。
 ドリー・イコンはこの日。
 英雄となった。……のかもしれない。