ベルちゃんは。
 強襲からおにいちゃんを助けた。

 ルーチェちゃんは。
 おにいちゃんと二人でクエストに行った。

 私は、
 おにいちゃんに隠し事をしちゃった。
 魔力(えいよう)が切れそうだったのに。
 無理して動こうとして、見抜かれちゃった。

 ダメな子だ。
 悪い魔剣だ。
 こんなことでは、また封印され(すてられ)ちゃう。
 こんなことでは、また撃ち負け(おられ)ちゃう。

 あの日から、ずっとずっと、ぬぐえない(つみ)

『――――危険な剣でございますからな、魔王』

 大丈夫だから。

『そのようだな。ではこの(つるぎ)は、再び封印を施しておく』

 おにいちゃん(このひと)は私を嫌いにならないから。

『かしこまりました』
『魔王様! 勇者の軍勢が、すぐそこまで――――』

 でも……、もし役に立たないと思われたら?

『うむ。では、こちらを抜剣する。我に続け』

 持ち主に役に立たないと思われたら……、違う武器に代えられちゃうでしょ?

 なら。
 なら。
 だったら。

 私は。
 私、魔剣ヴァルヒナクトは。
 絶対に……、いつまでも。役に立たないといけないんだ。

「私は……」

 私を拾ってくれた、救ってくれた貴方の。
 ――――いちばんになるから。






 戦いは収束を向かえそうだった。
 あんなにも居たモンスターは大きく数を減らし、フロアの壁が見えるくらいになってきている。

「数えようと思えば数えられるくらいには減ったな……」

 我が目を疑う光景だった。
 一体一体がA級~S級のモンスター。今まで俺が居たCランク相当のパーティであれば、Bランクのモンスター一体を倒すのにパーティ総出だ。それよりもはるかに高いレベルの魔物を……、一撃、一噛み、一斬で、屠っている。

「分かってはいたけれど……、」

 人ならざる、力だ。
 圧倒的なまでの戦力が、そこに渦を巻いていた。

「しかもまだ、俺からの魔力(えいよう)を回収してない状態だからな……」

 いやはや恐れ入る。
 魔力万全のこいつらの力って、どのくらいヤバいんだろうな。

「って、そうしてる間に……」
「最後の……一体ですわッ!」

 元気に叫ぶルーチェの声と共に、一撃が放たれる。
 それにより。フロアに残った最後のモンスターである巨大ゴーレムが、今、消滅した。
 巨躯は魔力に代わり、俺の剣へと静かに吸収されていく。なんだか感覚的に、ちょっと剣が重い気がする。魔力をいっぱい吸っているせいだろうか。

「一応魔力感知……」

 最後の検知を試みて……、少なくともこのフロアに、俺たち以外の魔力は無いことを確認し終えた。

「うん……。殲滅成功だ!
 ……いやぁ、信じられねぇ! すごいぞお前ら!」

 普通の冒険者が見たら二秒で退散する――――もしくは、逃げる間もなく全滅するレベルのモンスターたちを、完全殲滅せしめていた。

「しかし俺、ホントにいらない子だったな……」

 まぁ楽出来て良いんだけど。
 というかこいつらが凄すぎるだけな気もする。いやでも、俺が居たところで役に立たないのは事実だしな……。
 ……いやだめだ。あまりの事実に、混乱してるな俺も。

「と、とにかくお疲れ様みんな!
 魔力もたんまり溜まったし、とりあえず補給しよう」

 俺はぶんぶんと剣を掲げ、笑顔の二人を迎えることにした。――――ん? 二人?
 はたと違和感を覚え、もう一人の影を探す。

 ベルは居る。
 ルーチェは居る。
 視界に……、いるべきもう一人が映らない。

「……ヒナ?」

 あ……れ?
 このフロアはだだっ広いだけで、遮蔽物などはほとんどない。ところどころに石柱が立ってはいるものの、ちょっと覗き込めば人ひとりくらいは容易に発見できる。

 それが。
 いない。
 というよりも……、俺の視界に映ってないだけなのか――――

「ゴシュジン、上ッ!」
「え……」
「くっ……!」

 順番としては。
 ベルの声が聞こえて、俺の呼吸と共に、ルーチェが何かを受け止めた声と音がした。
 場所は……、俺の顔の、十センチ手前。

「は……!?」

 それは――――黒い剣だった。
 ルーチェはそれを何とか受け止め、はじき返し、反動で俺の足元に勢いよく倒れこむ。

「ルーチェ!」
「だい、じょうぶですわ……。転んだだけです旦那様」

 言いながら彼女は立ち上がり、臨戦態勢(かまえ)をとる。
 見据えるは眼前。青黒い魔力を帯びた、一振りの(つるぎ)だった。

「え……? なん、だ、アレ……」

 荒々しい。
 毒々しい。
 禍々しくて――――神々しい。

 それは所謂(いわゆる)、一つの魔剣の完成形。
 神から成る時代と人が造る時代の間に生まれた、転機となる一振りだと、唐突に理解できた。

「ヒ、ナ……?」

 その名を、魔剣ヴァルヒナクト。
 脳内へと次々に、彼女の情報(おもい)が流れ込んでくる。

「――――ッ!?」

 ゆるやかに二度寝へと落ちていくときのような。
 ぴりぴりとした、意識を一瞬一瞬刈り取ってくるような感覚に襲われる。

 おにいちゃんの役に立ちたい。
 私が一番役に立ちたい。
 おにいちゃんは私を戦闘に連れて行ってくれない。
 私は剣なのに。
 魔剣なのに。
 強いのに。
 役に立つのに。
 使ってよ。
 振るってよ。
 私を便利に使いつぶして。
 それでも、いつまでもいつまでも使い続けてよ。
 おにいちゃん。
 おにいちゃん。おにいちゃん。おにいちゃん。
 私が。絶対。

 あなたの。
 あなたの刃に、なるから。

「なっ……!? ヒ……、ナっ……?」

 頭を抑え、何とか意識を保つ。
 なんだこれ……?
 これは……、アイツの想いなのか……? 魔剣(どうぐ)としての、きもち、なのか?
 でも、どうして、今……! というか、この現象はいったい……?

「うく……」
「旦那様!」

 よろめきをルーチェが支えてくれる。けれどその隙を狙ったのか、鋭き魔剣(ヴァルヒナクト)は飛来し、俺の眼前へと迫ってきた。

「ッ!!」

 刃が鼻先に届く――――よりも先に。

「ゴシュジンに近づくなッッ!」

 ベルの大ぶりな蹴りにより、魔剣は再び壁際へと離される。

(こわ)すッ!」

 ルーチェと違い、ベルはかなり血気盛んだ。
 こちらに留まることはせず、蹴り飛ばした魔剣の方へと跳躍する。
 そして……、魔剣と魔竜は激突した。

「がるる……!」

 らせん状に回転しながら、爪と剣はぶつかり合う。
 ベルの目……。アレは、本気であの剣を破壊しようとしている目だ。

「待て、ベル……、ベル……!」
「旦那様、落ち着いてくださいませ!
 大丈夫ですわ。おそらくあの二体、早々に決着はつきません」
「けど……!」
「今の状況……、把握しましてよ。説明をいたしますわ」
「え……、マジかルーチェ!?」
「えぇ。同じような存在ですので。何となくは、ですが」

 ルーチェは戦いが行われている方を見つつ、説明を開始した。

「おそらく現在ヒナが陥っている状態は……、『(ダーク・)抱き(トランス)』だと思われますわ」
「ダーク、トランス……?」

 聞いたこと無い単語だ。
 高等な魔法用語なのだろうか。

「いえ。これはどちらかと言えば……、三人娘(わたくしたち)用の単語ですわね」

 今ネーミングしましたしとルーチェはこぼし、続ける。

「今の彼女は……、『悪』の部分が色濃く出ている状態ですの。
 我ら三体は、通常の生物ではありません。なので、人格が破綻す(ブレ)ることもあれば、闇堕ちす(グレ)ることだってある」
「そんな……。ヒナ……。ベル……」

 中空を飛び続け、衝撃波を出す魔剣(ヒナ)。それをなんとか掻い潜り、鋭い爪を振るう魔竜(ベル)
 あの状態を……、止める術はないのかよ。

「まぁざっくり言えば、拗ねているだけですわ」
「す、拗ねている?」
「簡単に言えば、ですけれどね。勿論、拗ねているというにはあまりにも可愛げがなさすぎますわよねぇ」

 ふぅと呆れるルーチェを掴み、俺は激しく質問をした。

「つまり、どうすれば良いんだ!? ヒナは、元に戻るのか!? なぁ!?」
「だ、大丈夫ですわ! 今は負の感情が強すぎて、あっち(やみ)側に傾いているだけですから!」
「そうなのか!? じゃあ、はやく元に戻す方法を教えてくれ!!」
「落ち着いてくださいまし――――旦那様!」

 ていっと足払いをされる。
 俺はその場に尻もちをつかされそうになり……、その直前で体制を元に戻してもらった。
 また直立に戻った俺は、「すまない」と頭を下げる。

「それだけ想っているということですわよね。大丈夫ですわ」

 仕切り直し、ルーチェはその、元に戻す方法を口にした。
 それはとても単純至極。
 分かりやすい方法である。

あの魔剣(ヴァルヒナクト)を……、倒せばいいだけですわ!」
「あぁくそ……。そうかよっ!」

 なるほどなるほど。
 誰が聞いても間違えようがない方法だ。

 理屈は単純で。
 成すことは、とても簡単にはいきそうもなかった。