炎を纏った褐色の人影は。
 地を蹴り、壁を跳ね、空を舞い、着弾する。

 小さな矮躯から、大きな羽と尻尾を生やし。
 半竜半人の幼女、魔竜ベルアインは、火を吐き空を爆炎に染める。

「ハハハハァッッ! 楽しいぞ!!」

 ぎょろりとした瞳は、燃え散っていく魔物たちの影を凝視する。
 しかし、その愉しみを邪魔せんと、別の影が彼女へ迫る。

「――――ハハッ」

 快楽(たのしみ)は、また別の闘争(たのしみ)へ。
 本質的に、彼女は戦闘狂だ。
 血沸き肉躍る己が身体の戦闘本能(よっきゅう)に、彼女は抗う理由が無い。

「シャァッ!」

 迫る影――――亡霊騎士の剣を、竜化し、硬質化させた掌で受け止める。
 鈍い金属音が響いたかと思ったときには、すでにその剣は砕け散っていた。

「へっ!」

 影に怯みは無い。
 が、そんなもの。魔竜には何の関係も無い。
 敵とは、
 攻撃をしてくるのが常で。
 命を脅かしてくるのが常で。
 そんな常識で生きてきたからこそ、彼女の戦闘思考に、『間が空く』という選択肢は用意されていない。

「止まってるぞ、オマエ」

 もう片方の腕で、ぐしゃりと兜を握りつぶす。
 アクロバティックな動きに対し、地面の方がついてこなかったのか。ぼこりと踏み込んだ足先の地面が窪んだ。

「次だ次ッ!」

 笑う。
 嗤う、幼女。その、何と狂気的なことか。
 殺気を惜しげもなくさらし、瞳孔開いた眼は、迫る――――もしくは逃げる敵を、捕らえて離さない。
 魔法の発射音のような音がしたかと思うと、ベルはその地面から、文字通り射出(・・)された。

 羽による空気抵抗の何かなのか。それとも彼女自身の脚力か。
 飛び出したベルは、魔物の大群の中へと、とてつもない威力をもって着弾した。

 土埃の中。小さな矮躯が浮かび上がる。
 両手ではすでに、魔物二体を貫いていて。
 それでもまだ足りないと、体重移動もそこそこに、力づくで首を突き出した。

「がォッ!」

 小さな口を、大きく開けて。
 首をかじる。噛み砕く。食いちぎる。
 ぺっと肉を吐き捨てて、両の手の死体が消え去ると同時、再び魔物へと襲い掛かった。

 尽きることなき闘争心。
 どこまでも『動』を貫く生物。
 魔なる生物の、一種の頂点。

 竜の膂力は。彼女の笑顔は。
 今、全ての魔物を飲み込まんとしていた。








 黄金の髪は、綺麗に流れる。
 その、時間差。――――拳が爆ぜる。

「はぁぁッ!」

 気迫の籠った声と共に、号砲にも似た打撃音が響き渡る。
 大きさ五メートルを超える巨岩生物の群れへと真っ向から突っ込んでいった彼女は、その拳をもって、次々とその分厚い外壁を砕いていった。

「フンッ……!」

 腰の入った重い拳は、衝撃波を伴い炸裂する。
 ゴーレムは外皮と共に、根元から崩れ落ちる。その重心のよろめきへ、更に追撃が唸る。
 小さな手からは考えられないような膂力を持ったその拳は、眼前へと落下してきたゴーレムの(コア)へと深く突き刺さり――――周囲をもろとも吹き飛ばす。

「次ですわッ!」

 きれいなウェーブのツインテールを優雅にかきあげる、しなやかな掌は。
 しかして、次の瞬間には、破壊するための拳へと変わり果てる。
 迫り来る第二、第三のモンスターたちを素早く打ち抜き、大ゴーレムへと立ち向かっていった。

「つぁっ!」

 ルーチェの身体は大きく跳躍し、宙を舞う。
 力強きそのバネをもってして、あっという間にゴーレムと同じ目線の高さへと到達した。
 岩でできた肩へと、静かに優雅に着地する。それと同時。横薙ぎの蹴りが、あっさりと巨大な頭部を破砕……いや、切断する。
 衝撃と共に頭部は地面へと落ちるが、ゴーレムの動きは止まらない。

「あらいやだ。読み間違えましたわ」

 核は必ずしも頭部にあるわけではない。稀にではあるが、とても見つけにくいところへと、核が移動している可能性もあるのだ――――が、彼女の前ではそれも無意味なことで。

「では、削岩(クラッシュ)ですわね」

 ちょこんと彼女は、可愛らしく飛び上がり。
 頭部が無くなり、右肩から左肩部分までが平行になったその面へ。
 直角になるように、かかと落としを炸裂させた。

「ハァァッッ!!」

 ルーチェの身体が地面へと近づくたび、ゴーレムの巨体も中央から二つに割れていく。
 首下部分から股下部分まで。
 完全に真っ二つとなるのに、五秒もかからなかった。

「い~~~~きますわよぉ~ッ!」

 二つになり。更に砕きやすくなったゴーレムに対し、無数の拳打だが注がれる。
 岩は、
 岩々となり。
 粉々となり。
 散り散りとなる。

「見つけましたわよッ!」

 自身の体勢を戻す時間も煩わしいのか。
 拳を振るい切った先に見つけた(コア)目掛け……、彼女はその美しい額による頭突きを行った。

 赤い宝玉が静かに砕け散る。
 それは、魔法ルーチェリエルの、圧倒的な戦闘力を示す証となったのだった。






 刃が、飛び交う。
 中空に形成されていく幾多の魔剣は、次第に鋭い質量を帯びていき――――目標へと飛来する。
 円を描き、旋回しながら魔剣は飛ぶ。
 そしてその中央から、一層強力な膂力を帯びた存在が一人。

 魔剣を携えた黒髪の幼女――――魔剣ヴァルヒナクトは、目にもとまらぬ速力で対象へと突撃し、その体を一刀両断した。

 黒髪と眼鏡が揺れる。その奥の瞳は、次のターゲットを探しつつも、冷静に周囲の剣のコントロールも行っていた。

「――――『剣舞(ヴェルト)』」

 指揮するかのように、ヒナが剣で対象方向を指す。すると旋回していた幾多の剣群は、指示された方向へと一斉に飛来し、対象を串刺しにした。
 宙を舞っていた、大型の翼竜がばたりと地へと伏せ、霧散していく。

「まだ。足りない」

 女の影は。
 小さく呟き、両手に剣を再装填す(たずさえ)る。
 そして己が操作している剣群とは別方向。剣舞から逃れたモンスターたちへと忍び寄った。

 音も無く。
 声も無く。
 影も無く。
 慈悲も無く。

 逃げ延びた先には。
 最後の門番である死神が、凶剣を構えて待っている。

大斬(アイエン)

 すぱりと。
 まるでハサミで紙を切るかのように、とても綺麗に胴と首は切断された。
 正確無比なる双剣(シングル)動作(アクション)
 そして再び、音もなくその場から飛び去っていく。

 普段見せている穏やかな笑顔とは違う、その眼鏡の奥で、はっきりと見開かれた瞳は。
 いつまでもいつまでも、次の獲物を探し続けるのだった。


 そして――――