入り口から細い通路を抜けた先。俺たちは荘厳な扉の前に立つ。
「入ったときも思ったけど……、上級ダンジョンは、こんなに立派な場所になったりもするんだなぁ」
入り口付近こそ洞窟だったが、途中から王宮の室内みたいな道が続いていた。
今足をつけている場所も、立派な赤い絨毯の上である。まるで王族にでもなった気分で、ダンジョンの床だと分かってはいるけれど、ちょっとテンションが上がる。
「実際コレ。ある程度上質な布なんだよな……」
「じゃあこの布を持って帰ったら、高く売れたりするの?」
「いや、ダンジョンを構成している物質は、ほとんどが外気に触れると消滅するんだ。
持ち帰れるのは一部のアイテムと、時々モンスターを倒したときに残る、体の一部位くらいかなぁ」
「そうなんだぁ。じゃあ、モンスターが外に出ちゃってもすぐ消えちゃう?」
「なかなかそんなイレギュラーは起こらないみたいだけど……、過去に何件かあったらしいな」
そのときの報告では、モンスターは普通に動き回っていたそうだ。
まぁ魔物自体は野良のものもいたりするから、もしも混ざってしまってもなぁなぁになるのかもしれないけど。
「何にせよ生態系は不明だな」
ダンジョン自体の解析は進んでいるみたいだが、未だに不明瞭なことも多い。
城っぽいダンジョンでも何パターンかあるらしいから、魔王城を模したものというわけでもなさそうだし。
まぁ尤も、魔王城自体は滅んでしまっているからこそ、不明瞭なままなんだろうけど。
「とりあえずだ。
こういう、室内っぽいところで戦うのは初めてだろ? 気を付けていこうぜ」
各々の返事を聞き、俺は荘厳な扉に手をかけ――――開け放つ。
そこには……、とてつもなく大きな広間が展開されていた。
階段も何もなく、奥に小さな扉があるのみ。
天井は二十メートルくらいの高さで、壁には延々絵画が飾られている。そして天井部分に一つだけ、ぽつんと縮尺の小さいシャンデリアが設置されているのが見えた。
「……時々見る、カオスで不気味な夢の中みたいだ」
ルーチェの調べによると、この先には小部屋がいくつかあるだけだという。
そんな構造の城なんてあるわけがないし、本来ならここから更に、地下へと続いているはずなのだ。
「ロビーホールだけが立派な城なんて、普通はないからな……」
まぁこれも、ダンジョン探索の醍醐味と言えばそうか。あり得ない風景に直面できる。それは確かに面白くはある。
「ただ……、面白がってもいられないよな!」
ルーチェじゃなくても分かる。
周囲というか――――すでにこの場所に。
超大量のモンスター反応アリだ!
魔力感知を発動して、二秒で検知された。それくらいに、密集している。
「……来るぞ!」
「「「……!」」」
俺の声に、三人は臨戦態勢に入る。
それと同時。
ぐにゃりと、ぐにゃりぐにゃり、ぐにゃりと。
次々に空間が歪んでいき――――大小様々、大量のモンスターが発生した。
「……う、ぉ、」
言葉を失う。
これ……は、ダメだろ。
このクエストは、Aランクだったはずだ。
正直俺も知識だけでしか知らないけれど……、これは、Aランクの範疇を超えている……。
「A+を飛び越えて……、Sランク級じゃねぇか!?」
いや大事件すぎるわ!
教本でしか見たことの無いような頂上級の魔物が、三体、四体、……それ以上。
そしてそれらを囲むようにして、もう数えるのも無駄なくらいの魔物が、ホールに所狭しとひしめき合っていた。
殺意高すぎるぞこれ! 人当たりの良いお姉さんのことだから、わざとでは無いのだろうけれども!
「これは……、い、一時撤退、を……」
「ガオッ!」
「ひぇ!?」
顔の横の空間へ。
突如として、ベルが嚙みついた。
何事かと思ったが……瞭然。それは、矢だった。
金属で出来た小さな弓矢を、ベルは口牙で咥えてキャッチしてくれいていた。放っておいたら、そのまま俺の頭蓋を貫いていただろう。
「ぷっ……! ハハッ! ゴシュジンに手ェ出しやがって……!」
殺すと、歯をガチガチ鳴らして威嚇するベル。
矢を射たであろう弓持ちのスケルトンが、こちらを見てカカカと笑う。
その事実を目の当たりにし、あとの二人も魔力を上昇させた。
「おにいちゃん……、ダンジョンって、概念的に壊れないんだよね……」
「あ、あぁ……。そのはず、ですね……」
「じゃあ、いくら暴れても問題ありませんわね……!」
「そうだねルーチェちゃん。いっぱい殺そうね……」
……おぅ。
変なところに火を着けちまったみたいです……ね?
「旦那様には、光魔法を張っておきますわ」
「お、……サ、サンキュ……」
一瞬きらりと身体が光ったかと思えば、俺の身体の周りに、三重の透明魔力が現れる。
「わたくしが死なない限り、その防壁は絶対に砕かれませんわよ。ご安心を」
「そ……、そうなのです、か?」
いつものテンション高めの声ではなく、静かに響き渡る声でルーチェは言う。
やべぇ~……。みんな魔力――――というか、殺気が高まってやがる。
もしかすると。
こいつら、あのモンスター群にも勝てちまうんだろうか……。
「ま、待て待て。相手は下手すると、一体一体がS級レベルなんだぞ!? 俺、お前らとまだ別れたくないんだけど!」
「なんだよゴシュジン。照れるぞ」
「嬉しいこと言ってくださいますのね、旦那様」
ベルは中腰体制を。
ルーチェはツインテールをふぁさりとかき上げて。
言った。
「それでもベルたちが負けることは」
「絶ッ対ッ、あり得ませんわッッ!!」
言葉を言い終わると同時。
彼女らは地を蹴って。群れへと走り去って行った。
戦いが、始まってしまう。
「……おにいちゃん」
「ん……?
ヒ、ヒナ……。大丈夫か?」
穏やかに。けれどどこか低く響く声に、俺はおそるおそる声をかける。
目の前のモンスターたちよりも、今はお前らの殺気の方が怖い。
「私……、私も……、絶対おにいちゃんの役に……」
「え? な、何?」
何だろう。ヒナの様子が、少し変だ。
いや。一緒に居るようになってそんなに経っていないので、「どこが」と言われると言葉に詰まるんだけど……。
それでも何か。
危険な――――ひどく、脆い気が、する。
「ヒナ……?」
「行ってくるね、おにいちゃん」
言葉を遮るように、いつも通りの、明るい笑顔を向ける彼女。
俺の気にしすぎ……の、はずはないけれど。
でも、俺が気にかけてどうなる問題でもない、か……。
だったら、やれることは一つだな。
「お、おう。気を付けてな!」
「うん!」
俺は。
安心して送り出す。
自分の身の安全は、自力(とルーチェの加護)でどうにかする。それくらいだ。
そうやって、一陣の風は去っていき。
――――三極の戦いが、始まった。