「ついたねおにいちゃん」
「だな。ここが今回の、クエスト場所だ」
街で受付してから二時間。
俺たちはハマンマ洞窟へと到着した。
「あのバシャっていうの、遅かったな。
ベルならもうちょっと速く着けたぞ」
「あぁ……、お前らはもっと速く移動できそうだよな……」
俺がついていけないからなぁ。どうしても従来通りの、馬車や徒歩での移動となってしまう。
「抱えてもらうわけにもいかないしなぁ」
まぁ俺一人くらいなら抱えられるんだろうけれども。
体格差がありすぎるから、たぶん抱えられてる俺の方が耐えられない。
「ならゴシュジン、ベルの背中に乗るといいぞ!」
「お前の背中に……?」
「あぁなるほどですわね。
あなたの背中なら、全員乗ることが出来ますわ」
それはつまり……、ドラゴン形態ってことか?
「ベルはそこそこ大きな魔竜だからな! 三人分くらいなら乗せられるぞ!」
「そのサイズはそこそことは言わないのでは……」
以前言っていたのは、五メートルほどダンジョンの通路より、余裕で大きいのだったか。
それはもう、巨大生物の域なんだよな……。
背中に乗って移動しているというよりは、巣に連れて行かれる哀れな人間って絵面になりそうだ。あぁでも、サイズは調整きくんだっけ?
「ま、まぁともかく……。移動手段はまた今度考えよう」
何にせよ……、ダンジョンだ。
やや賑やかな空気になってしまったけれど、今から挑むのはAランクのダンジョン。モンスターとはやり合える戦力を有してはいる――――かもしれないが、それ以外の部分で何が起こるか分からない。
「トラップとか、どういう類のものがあるか分からないからなぁ」
俺がそうつぶやくと、ヒナが「はい」と手を挙げて質問してきた。
「おにいちゃん。どうして自然発生なはずのダンジョンに、そんな人為的な仕掛けが生まれるの?」
「あぁそうか。そこの説明が必要かもな」
俺は一呼吸おいて説明を開始する。
「俺らが潜ってるダンジョンってのは、半分自然発生、半分人為的なものだからだ」
「そうなの……? じゃあ誰かが発生させてるってこと?」
「まぁ誰かというより、すでに滅んでしまっている魔王の魔力――――の残り香だな」
「残り香」
そう。
三百年前に倒された魔王だったが、死に際、世界中に魔力を振りまいて逝ったらしい。
世界中に散った魔力は、当時の魔王城や、魔王に付き従っていた数多のモンスターを再現する、半人工的な建造物となり土地に顕現した。
「ニンゲンはそれを『ダンジョン』って呼称してるんだ。
まぁ……ありがたいことに。それを使って商売させてもらってるのが、冒険者なんだけど」
「なるほどぉ。ニンゲンのダンジョン文化って、そうやって生まれたんだぁ」
「魔王なー……。ハナシには聞いたことあったけど、アイツ死んじゃってたんだなぁ」
「意思を持った魔法とか、よく分からない話ですわね」
「非常識なお話もあったもんだねぇ」
非常識代表たちが何か言っている。
まぁともかく。
「この間俺を連れ出してくれたダンジョンを例に挙げると……。
中で発生していたモンスターたちは、魔王の息のかかっていたモンスターたちの再現体。途中にあったトラップなんかも、当時の魔王城及び、魔王の思考回路の一端を切り取って疑似再現されたであろう物体。……って感じらしい」
仕掛け弓矢なんかがそれの最たるもので。
あんなもの、自然物ではあり得ない。が、しっかりと弓矢として設置されている。
「たしか本来の魔王城に設置されてた弓矢は、炎属性纏ってたり、毒が塗られてたり、透明状態だったりとか、更に悪質なものだったとも聞く。上級ダンジョンには、そういったものも発生しているらしいから、今から潜る場所にもあるかもしれないな」
「注意しないとだね!」
「うん。警戒してくれると助かる」
若干話が逸れたけど。
そんなワケでダンジョン内には、そういった半人為的なものが設置されては作動・消失・また再生……と、そんなサイクルが巡っている。
ダンジョンに『呼吸』なんて現象があるのもそのせいだ。
「まぁ大抵のトラップが、高濃度の魔力を帯びているからさ。魔力感知が使えれば、そこに罠があるってことには気づけるんだ」
中には巧妙に隠されているものもあるし、高ランクのトラップなどは、俺なんかでは到底解除できないけども。
「だからこそ、上級ダンジョンに入るときは、相応のアイテムが必要になってくるわけだな」
「個人では賄いきれない事態も多いから、ということですわね?」
「その通りだ」
「だからゴシュジンは、いっぱい高いアイテム買ってたんだな!」
「その通りだ!」
……うん。何で上級者向けのアイテムって、あんなに高いんだろうね。
正直今回のクエストの準備だけで、これまでため込んだ金の三分の二が消し飛びました。
「万が一ってこともあるし、命には代えられないから仕方ないけどな……」
「そうなんだねえ」
「何が起こるか分からないしさ。
今は俺だけじゃなくて、ヒナたちも守らないといけないからな」
こいつらも万能に見えて、出来ないことはあるだろう。
それに状況判断が出来ないときは、俺がアイテムを使って乗り切る場面も出てくるかもしれないし。
そうなったときのため、備えは必要なのだ。
「守ってもらう……。うん、そうだね」
「どうかしたか?」
俺の言葉にヒナは、「ううん」と首を振る。
その後「ありがとうおにいちゃん」と頷いた。
心配し過ぎかな? むしろ、心配しすぎたからこその、動揺だったのかもしれない。
もうちょっと信頼しているよな言葉をかければよかったかなぁ。う~ん……、年頃の娘さんは難しいですなぁ。
「ねぇねぇそれでおにいちゃん」
くいくいと袖を引っ張るヒナに、俺は首を向ける。
「ん? 何だ?」
「クエストって、どうやれば終わりなの?」
「………………オゥ」
そういえばそうでした。
実は我ら。
まだ一度も綺麗に、ダンジョンのクエストを終えたこと、無かったんでしたね。
今回のダンジョン内はあまり外と変わらず、特に防寒や防暑も必要ないくらいだった。
中は明るく、王様たちが住む城のようになっているため、ところどころに大きな燭台が取り付けられている。そのため、こちらで灯りを点ける必要はなさそうだった。
「これ、お城ってやつだよねおにいちゃん?」
「だな……。まぁ、ダンジョンにはこういった場所を模してくる側面もあるんだよ」
元・魔王城の一部というわけでもないらしい。過去には、街中を模したフィールドもあったしくらいだ。
つくづくダンジョンってやつは、不思議な場所だと思う。
「見かけによらず、異常に寒かったり暑かったりすることもあるんだが、この場所は大丈夫そうだな」
「大丈夫だよおにいちゃん! 私たちは概念だから、気候の変化にはほとんど左右されないよ!」
「それもそれでスゲー話だな……」
羨ましいよりも先に、とんでもねぇなという感情が先に来る。
つくづくと言うなら、この三人娘も不思議な奴らである。
「残り魔力もあまりなさそうだし。そういうところに気を張らなくて良いのは、ありがたいことだな」
本来、気温調整にどれくらいの魔力エネルギーを消費するのかは分からないが。無駄な労力はいつだって避けたい。
「ただ……、それ差し引いても。もうそこまで魔力が残ってないっぽいんだよなぁ」
ここまで移動する間にも、残量は減ってきているワケで。
すでに残量は、十パーセント代に入っていた。
俺がそう心配していると、ルーチェが「大丈夫ですわ」と口を開く。
「このフロアから漂ってきているモンスターの香りから見るに……。わたくしたちが全力を出さずとも、楽に討伐できるレベルのモンスターしか生息していないようでしてよ」
「え、ルーチェお前、そういうの分かるのか?」
「まぁ。匂いというか肌感覚というか。お肌の調子で何となくはですけれど」
「さすがは魔法そのものだねルーチェちゃん」
「ふふん。もっと褒めてよろしくてよ? ……まぁ一番敏感なところを外気に触れさせれば、更に制度は上げられるのですが、胸をさらけ出すのはよろしくないんでしたわよね?」
「あぁはい……。ぜひやめてくださいお嬢サマ」
そしてそこが一番敏感なトコロなのね、とは、まぁ流石に言わなかったけれども。
しかしルーチェの魔力感知があれば、俺の感知は必要なさそうだな。
モンスターだけでなく、トラップの位置や種類まで、的確に指摘してくれる。
「しかし……」
……普通(前例がないから普通もクソもないが)「『魔法』に意思が宿った!」って聞いたら、じゃあ職業は魔法使いかな? って思うじゃん。
でもこいつがやってること、斥候と格闘家なんだよな……。いやすっげえありがたいよ!? すげえありがたいんだけど……、何だか腑に落ちない。
「ちなみに前回の失敗を活かして、もう武器は使わないことにしましたわ!」
「致命的に合ってなかったしなァ……」
結局大量に借りて行った武器は、ほとんど振るうことなく返却してしまった。
ルーチェ曰く、「物理の距離感が測れませんわ!」とのことで。あまりにも武器センスがゼロだった。
まぁ……、己の拳で殴るという最大級の武器を有しているので、問題ないとは思うけれども。
「さてそれでいて旦那様。少し気になることがございますわ」
「ん? 何だルーチェ?」
「このダンジョン……。確か旦那様が受付で聞いた情報だと、地下三階程度だという話でしたけれど。どうやら、この先に広間がいくつかあるだけで、下には何もなさそうですのよ」
「うお、マジか……」
というかそんなことまで分かるのか。
敏感な部分をさらけ出してなくとも、十分すぎる成果である。
「ゴシュジン、どういうことだ? イライでは確か、全三階層だってハナシだっただろ?」
疑問と共に見上げてくるベルに、俺は「あぁそれはな」と返し、そのまま説明する。
「依頼内容の差異は、残念ながらゼロではないんだよ。
ダンジョンはあくまで『外』から観測されるもので、調査隊も中までは入らないからな」
外側からの魔力感知、気配察知、構造把握などにより情報を得ているのだと聞く。
まぁ、全十階層が全五十階層だった……とかのレベルでのズレは無いだろうけど、二、三階層のズレならよく聞く話だ。……が。
「ふぅん? なら、あんまり問題ないのか?」
「いや……。説明しといてなんだけど、考えてみればそうとも言い切れないかもな……」
横合いからのベルの言葉に、俺はやや神妙に返す。
階層の増減がある、とかならば。大まかな構造把握にズレはない。想定している種類のダンジョンだから、多少苦労が増えるくらいで済むだろう。
けれど今回は、階下に続くタイプではなく、一階層だけが広く取られているタイプであるとルーチェは言った。その言葉を信じるならば、ダンジョンのタイプ自体が違うということになる。
「そうなると……、何が問題なのおにいちゃん?」
「そうだな。ダンジョンごとに、特に大きな差異はないんだけど……。外からの情報と中からの情報が『大きく』違うってことが、懸念材料かな……」
階層があるタイプと、大部屋一つタイプでは、気を付けなければならないことがけっこう違ってくる。
攻略に必要なアイテムも、使い方を考えなければならないし。
そして何より、ダンジョンタイプの違いによる一番の恐ろしいところは……。
「イレギュラーが起きやすいってことだな」
「イレギュラー?」
「うん。幸い、うちにはルーチェが居るから今は問題なさそうだけど」
例えば。予想してなかった場所にトラップがあったりとか、変なところに通路があって、そこにモンスターが潜んでいたりとか。そういう事例だ。
今の段階では何も言えないが、とにかくイレギュラーが起こりやすい。
そして一つのイレギュラーは、連鎖的に起こっていったりもするし。
なので低級冒険者のうちに中と外の情報が違うということが起こった場合は、即撤退した方が良いという教えがあるくらいだ。
なるほど……。だから俺のパーティに依頼したのか受付のお姉さん。
このイレギュラーさは、秘密裏に処理しなければまずい危険度だ。
「まぁ、広間がいくつかあるタイプなら。むしろド直球に強いモンスターがいる……くらいのイレギュラーだろうから。変な罠とかは気にしないで良いとは思うけどな」
ルーチェは肌感覚で、ここのモンスターくらいなら問題ないと言った。
つまり、イレギュラーで更に強いのが出てきたとしても、三人の力を合わせれば倒せるはずだ。
「なるほどね……。じゃあそれらを倒して、一番奥にある宝箱を取ればクエストクリアなんだね!」
「そういうことだな」
クエストクリアの条件。
それは、ダンジョンを発生・形成させている大元のアイテムを取得すること。
分かりやすく宝箱と説明しているが、部屋自体に設置されているものもあれば、隠されているときもある。
まぁ、クリア目的となるアイテムを取ることによって、ダンジョンは沈静化され、出入口に戻ることが出来るって寸法だ。
「ただココは……、洞窟自体がダンジョン化している場所だからなぁ。帰りも歩いて戻らないといけないかも」
そうなったときには、どのみちダンジョン自体の魔力は切れてるはずだから、モンスターは発生しないと思うけど。
「よし! 難しいハナシは終わったな! よくわからないけどぶっ飛ばしに行くぞ!」
「良く分からなかったのかよ……」
「わたくしは理解しておりますわ! 自在に姿を変え、外からの情報をくらませる……。同じ魔法として、ダンジョンには敬意を表しますわよ!」
「理解の仕方が特殊なんだよな……」
げんなりしていると、ヒナが慌てて「わ、私はしっかり理解したからね、おにいちゃん!」と元気づけてきた。
うう……。しっかり者が一人でもいて、良かったよ……。