「やってまいりましたわ! わたくしの番ですわねッ!」
「はい、ルーチェ様の番ですね……」
良く晴れた空の下。
俺とルーチェは現在、街の外。郊外の丘へと向かっていた。
あぁチクショウ! わかっていたさ! 三人娘だってなァ! 何かが起こるターンは、まだ終了してないってなァ!
「今日は何が起こるのやら……」
「あら旦那様ったら、心外ですわねぇ。わたくしが何か問題を起こすように見えまして?」
「外見だけなら見えないんだけどね……」
そして、それはヒナも一緒だったんだけどな。
迂闊だった……。
一番ニンゲンの常識を理解しているであろうヒナですら、俺がロリコン認定を受けるという羽目になったのだ。いやこの間は、最後の最後に気を抜いた俺も悪いんだけども。
ベルのときもそうだったけれど……、ルーチェを連れまわして、俺が無事に済むわけはない。
「というわけで、今日は慎重に行くぞ。ロリコン、良くない、絶対」
「ロリコンは良くないものなんですの?」
「絶対的に悪いというわけではないんだが……、世間的にはあまりよくないとされている……」
この説明も二度目である。
一部の王族とかなら、一桁年齢を嫁に貰っても許されるとかあるんだろうけど……。
何の立場でも無い、甲斐性なしのオッサンがハマって許される沼ではないのだ。
「しかしヒナもそうだったけどさルーチェ」
「なんですの?」
「二人ともニンゲン生活圏の外側から来てるのに、どこか育ちが良さそうだよな? どうしてだ?」
ベルは野性味あふれるドラゴンだから良いとして……。ヒナとルーチェは、性格だけ見たら割と丁寧な気がする。
俺の疑問に対して、ルーチェは「そうですわね……」と答える。
「ヒナの場合は、想像に難しくないですわよ?
彼女――――魔剣ヴァルヒナクトは……、魔界に伝わる由緒正しき魔剣の一つですから」
「ま、魔界だって……? そんなの、神話学くらいでしか聞いたことないぞ?」
しかも遥か昔の、神代の単語だ。
あるのかどうかすらも怪しい異界。そんなものが、本当に在るってことなのか?
「魔界も異界も冥界も天界も、全ては『ソコ』にありますわ。ただ、こちら側の世界と繋がっていないだけ……。
まぁ旦那様は、正確に知らない方が良いかもしれませんわね。変なコトに巻き込まれそうですし」
「絶賛変な奴らには囲まれている最中だがそれはさておき……。そっかぁ、そんな『良いところの出(?)』なんだな、ヒナは」
「ですわねぇ。
天界で鍛造された至高の剣――――の、対極として生み出されたのが、魔剣・ヴァルヒナクトだと。そうわたくしの知識にはありますわ」
言って、さらりとツインテールをかき上げるルーチェ。
そういう知識を有しているということは、こいつもこいつで、『魔法』の何かと繋がっているってことか。
「成程なぁ……」
「魔族の上位種は、こちらの王族や貴族たちと同じような階級の扱いを受けていますの。程度の違いはあれ、そういう育ちをしてきた者たちと共に在った魔剣ですから……」
「ちょっと良いところのお嬢さんっぽくなると」
「そんなところですわ」
ふむ、思いもよらぬところからヒナの情報を知ってしまった。
そんなすごい魔剣だったとは。というかそんな超常的なものが存在していたとは……いやはや。世界って広いぜ。
「で、ルーチェは?」
「わたくしですの?」
「そ。ルーチェもなんかその……、高貴な魔法、とかなのか?」
いやまぁ、自分で言ってて意味わからんが。
魔法に高貴も何も無いだろうよ。
それとも、王族が放った魔法だと高貴さを纏っている――――とか、そういうのあるのだろうか。
俺の質問に、ルーチェは「そうですわねぇ」と応える。
「わたくしはただの上位魔法ですわよ」
「ただの上位魔法」
すげぇワードが飛び出したもんだ。
しかし上位魔法かぁ。
そもそもの話。上位魔法を撃てる奴なんて、こんな片田舎の地域だと一人も居ないんじゃないか?
「そうなんですの?」
「そうだと思うなぁ……。
上位魔法・ルーチェリエルなんて、ゴールドプレートの冒険者くらいしか使えないだろうし」
このナグウェア地方は、世界的に見たらまだ平和な方だ。
ダンジョンランクも高いのが発生しにくいため、強い冒険者もあまり集まってこない。
もしかしたらルーチェは、もっと遠い場所。というか、もっと激戦区で放たれた魔法なのかもしれない。
「なるほど。そうかもしれませんわねぇ」
「風に乗ってたどり着いた魔力の残滓ってことなら、それもあり得るかもな」
まぁ出現場所はどこでもいいんだけど。
それりも気になっているのは、ルーチェの『お嬢様属性』の方である。
俺の疑問に対して、ルーチェは「なるほどですわね!」と、元気に笑った。
「わたくしを放った方が、王族だった――――気がしますのよ!」
「放った方……? あぁつまり、術者自身ってことか」
「そうですわ。まぁ、おそらくですけれど」
上位魔法・ルーチェリエルを放った奴が、高貴な人物である、と。
「なるほど? じゃあルーチェは、その術者本人の、ニュアンスめいたものが入っているからお嬢様っぽくなっているってことか」
「いえ違いますわ」
「違うんかい!」
じゃあ今のくだり何だったんだよ!
王族とか高貴とか、関係ないじゃん!
「わたくしは……その術者の方の生活がとても気に入っておりましたの。憧れを抱いておりますのよ。だからそうなりたいがために、全力で真似ているのですわ!」
「な……、なるほど?」
そういうことか。
どおりで、『お嬢様』と『根性』が結びつかないワケだ。
「ちなみにその術者さんは、日ごろから根性根性言ってるわけでは……、」
「ありませんわよ。当たり前でしょう旦那様。育ちの良い魔法使いが、根性で全てを解決するわけはありませんわ?」
「理不尽だろこの答え」
じゃあお前の根性論は、いったいどこから来てるんだよ。
「そんなもの決まってますわよ」
「うん?」
俺が首を傾げると、彼女は口元をにこりとたわませ、これまでにない緩やかな笑顔で答えた。
「わたくしが会った貴方様が、根性を出していたから」
「は?」
「まだ、人格すらも出来上がってないときに、わたくしは見てしまったんですの。貴方様――――ドリー・イコン様の、根性で頑張る雄姿を」
「うお……。
そ、そう……だった、のか……」
俺が誰かに影響を与えてたってことか……。
人ひとりの人生(魔法だけど)を左右するような影響を、俺が。
「な、なんだか照れくさい……なぁオイ」
「もっと自信をもってくださいませ旦那様! わたくし、あの姿に感動して根性が好きになったのですから!」
「は、はっはっは! そうかそうか! 俺、自身持っちゃっていいのかァ!」
「そうですわよ! お~っほっほっほッ!」
傍から見るとめっちゃ騒がしい二人だっただろうな。
うん、反省だ。
「ちなみに、俺のどんな『根性』シーンを見たんだ?」
まぁ俺も? 頑張っちゃうときはあるからなぁ。
追放されてしまったレオスパーティに在籍していたときも、そこそこみんなのために奔走していた気はする。
めっちゃ良い汗かいていた日々も、あるにはあるのだ。
「いや、でも……、あれ?」
たしか。前に聞いたルーチェの話だと、彼女を助けた(誤認)のは、街中での俺だったっぽいんだよなぁ。
街中で根性出すこととか、あるかぁ?
俺がそんなふうに疑問を浮かべていると、ルーチェは顎に手を当てたまま優雅に答えた。
「えぇ。素敵な雄姿でしたわよ! あの……、回復アイテムを値切る姿は!」
「値切りのときの姿を見られてたの!?」
「懐かしいですわね! 丁度このあたりの店でしたわ!」
「いやいや、どんなシーンから影響受けてんだお前!」
「あのときの『あと1シーシ! いや、100ラミナで良いから! 頼む!』と店主に食い下がっていたあの雄姿……、思い出されますわね……」
「いやいやそれ雄姿って言わないから! 俺にとっては忘れたい過去だし!」
よくもまぁそんなところをリスペクトしやがったな。
きらりと光る凛々しい目は、まったく迷いが無さすぎた。
そんな目で見られると、否定的な雰囲気に持っていきづらいじゃねぇかよッ!
「はぁ……。『魔法』に影響与えるとか……。人生何が起こるか分かんねぇもんだな」
ため息をつきつつ、俺は再び空を見上げる。
うん、よく晴れてやがる。それなのに俺の顔は曇っていくのは何でだろうね……。
「まぁいい。切り替えていこう。切り替えが大事」
「お、根性のお話ですわね?」
「違う! ……とは言い切れないのがまたなんとも」
こいつらと過ごしてみて分かったのが。
理不尽とか超展開が起こったとしても、気持ちを切り替えなければやっていけないということだ。
そのためにも、今日の『目標』を思い出さないとな。
「目標……。クエストですわね!」
「だな」
俺が追放されたダンジョンから帰ってきて、丸四日が経過した。
絶対四日間の密度ではないとは思うが、それはさておき。
資金的には問題はない。しかしながら……、どうも三人娘の魔力が、やや足りなくなってきたみたいだった。
先日ヒナから教えてもらった『剣での確認』も試してみたから、間違いはないと思われる。
「ただ、あのときみたいに、底を尽いてるってわけではないんだよな?」
「えぇ。元気満々ですわよ!
ただそうですわねぇ……。ニンゲンでいうところの、昨日何も食べてないくらいの感覚にはなってきているかと」
「なるほどな。
まぁタイミング良かったよ。お前らのプレート、受け取った後だったからさ」
「ですわね」
ルーチェの服の内側には。
燦然と輝く――――プラチナプレートが下げられている。
ベルもヒナも当たり前のように最高ランクだった。……いやいや、怖いよお前ら。
受け取った直後に、受付の人が「ちょっと問題になりそうですから」と、すぐに俺たちをギルドの奥に連れて行ってくれたのがとてもありがたかった。
まぁあのままだったら、絶対変な輩に目をつけられるだろうからな。
その姿が幼女であれば尚更。
「きらきらしていて綺麗ですわよね」
「プラチナプレートを持った感想がそれかい」
世界に十人くらいしか居ないプラチナプレート。それが一気に三人も増えてしまった……。
「ギルドの人が図らってくれなかったら、今頃どうなってたんだろうな……」
そう思うと九死に一生だった気がしないでもない。
ともかく。
「そろそろ戦闘区域に入るぞ」
「そのようですわね?」
心地よい風を切り、彼女と共に草原を歩く。
実は、こうしてルーチェだけ町の外――――つまりはクエストに赴いているのには、もう一つわけがあるのだ。
先ほどの理由である、魔力補給とはまた違った理由。
それは……、ルーチェの興味を知るためである。
あれから、ヒナ・ベル・ルーチェの三人とは四六時中一緒にいたわけで。
彼女らの好きな物とか、興味を示すものがぼんやりだが分かってきた。
ヒナはどうやら本や活字が好きみたいだ。
魔剣の状態では読めなかったからということらしい。
ベルは飯。
色々な食べ物に興味を示していた。
そしてルーチェは――――
「武器……とは、意外だったなぁ」
「お~っほっほっほっ! 色々と持ってきましたわよ!」
安いものだがとにかく大量だ。
大きいものはハンマーから、小さい物は投げナイフまで。
とりあえず二人で持ち運べるくらいの量を持ってきて、低級ランクのクエストに乗り込んでみた。
これも、実は受付のお姉さんの計らいだ。
目を丸くしつつも、何とか俺たちを低級クエストに通してくれた。
……普通だったらギルド長とかに連絡して、もっと上の方に報告とかされた挙句、大事に発展しそうだ。お姉さん、お心遣いマジ感謝。
「それで旦那様。この丘って、どういった場所なんですの?」
「そうだな……。低級だけど一般人が倒せないくらいのモンスターが、とにかく次々と湧いてくることで有名な場所なんだよ。クエストギルドの紹介欄から、この依頼項目が消えたことは無いくらいには、日夜モンスターが蔓延っている丘だな」
「あぁ、そういうのが溜まりやすい場所ってことですのね」
「分かるのか?」
「どこにでもそういった場所はあると、わたくしの知識にはありましてよ」
「なるほど……。
それも魔法と繋がってるから分かるのか?」
「根性……と言いたいところですけれど、まぁそうなんでしょうねぇ」
ぶっちゃけわたくしも分かっておりませんわと、ルーチェは可愛らしくつぶやいた。
「なんだそりゃ」
「まぁともかく。冒険者にとっては良い環境であることには間違いありませんわよね。
そこまで大きなリスクも無く、戦闘経験が詰める。わたくしたちのように、こうして実験も行える。良い場所ですわ」
頷いて。
彼女は一つ目の武器を取る。
ずしりとした木の棒の先に、これまた木を切りだした槌部分がついている。
パワータイプの戦士が持つ武器。
ウッドハンマーだ。
「一応大丈夫だと思うけど、気をつけてな~」
「お任せあれ! ですわっ! お~っほっほっほっほッ!」
(ルーチェの力が)危険なので、距離を取って見守る俺。
彼女の高笑いが目印となったのか。がさりと草陰からモンスターが飛び出した。
「それじゃあ……、いきますわよッ!」
ルーチェは自分の身長ほどもあるハンマーを手に持ち、湧いて出たスライムへと攻撃を仕掛けた。
お嬢様ドレスにハンマーというミスマッチさが、ルーチェに何故だか異様にマッチしている。おそらく根性キャラであるという性質のせいだ。むしろお嬢様ドレスのほうが間違っている気がしてならない。
「はぁああっ!」
俺のそんな(失礼な)考えを他所に。
勢いよく振り下ろされたハンマーは、思いっきりスライムへとぶち当たる……!
――――かと思われたが、その手前の地面を大きく抉り取る結果となった。
「お……、」
スライムは「…………」という息が漏れたかと錯覚するように沈黙。ルーチェも「?」と不思議そうな顔をしている。
「外しましたわね……。ん? あ、あれ? ハンマー、抜けない、ですわ?」
「お、おいルーチェ……」
大丈夫かと声をかけようかと思った矢先だった。
引き抜こうと力を入れた瞬間、ハンマーの柄は粉々に砕け散った。
「ですわ!?」
突き刺さったままのヘッド部分を見て驚愕するルーチェ。その隙を――――スライムは逃さなかった。
軟体型モンスターは小さな体でルーチェへと体当たりを仕掛けていった。
「ふん、そんな攻撃――――んぇ!?」
「ル、ルーチェ!?」
がくりと、膝が抜けるようにして倒れこむルーチェ。
そしてぬとぬとした液体状になったスライムは、彼女の身体にべっとりと、どこかいやらしくまとわりついていた。
「い、いやぁぁぁッ!? わたくしの、カラダがぁ……!」
「お、おいルーチェ、大丈夫か!?」
遠くに離れていたのがまずかったか。
駆け付けながらもルーチェの状態を見るが……、おう、これは酷い……。
「んぁっ……、そ、そこ……、だめ、ぇ……。入って、きちゃ……、ダメです……わぁ……?」
「口かな!? 口の中の話だよね!? そりゃあ大変だねルーチェ!!!!!!」
窒息しちゃうもんね! うん、そりゃあそんなトコロに入ったら大変だね! ばっちいしね!
走りながら俺は剣を抜く。
……ちょっととある事情で走りにくい気がするが、そんな場合ではないですね。はい。
「おへぇ……、しゅ、しゅごいの、きちゃいましゅ……わぁ……」
「そ、そう! しゅごい攻撃だったね! こいつは大変だ! うん!」
なんか幼女がしてちゃいけない表情を見せているが、それだけスライムの攻撃の威力が高かったということだろう! そうだ! そうに違いない!
今日の俺のモノローグ、エクスクラメーションマーク多いね! でも仕方ないよね! 色々と自分の言葉を肯定していかなきゃいけないからね!!!!!!
「うぉぉ! このわるいスライムめぇぇぇッ!」
テンションに任せて振りかぶり――――えいっとスライムの核を、軽く剣で潰す。
するとルーチェを覆っていた半透明の液体は、静かに消滅していいった。……あ、剣に一応魔力が入った。
「へっ、へっ……。だん、にゃ、しゃまぁ……」
「うおっ!? お、お前、なんつー姿を……!」
スライムから解放されたルーチェは、洞窟内のときのように全裸に近い半裸だった。
大事なところがかろうじて隠れているだけで、ここがこれまでと同じように街中であったならば、俺は確実に取り押さえられていただろう。そんな顔と服装である。
「もしかして……、魔力が切れたのか!?」
「みたい……、で、すわ、ぁ、ぁ……」
くてっと目を回しながら、その場に昏倒する半裸お嬢様幼女。
もしかして……、さっきハンマーの柄を握りつぶしたときに、全部の力使っちまったのか!?
「さ、さっきのスライム分の魔力を……!」
慌てて俺が剣を差し出すと、横たわったまま彼女は、舌先で先っぽをちろちろと舐めはじめた。
「んちゅ……、ぷぁ……。旦那しゃまの……、おいしい、ですわね……」
「誤解を招くような行為をさせているところ非常に申し訳ないんだが、誤解を招くような言い方は止せ……!」
人がいなくて良かったよ!
そして今回の俺、一番疲れている。いやまぁ、街中で日常会話をしていることで全力疾走イベントが発生するほうが、本来ならおかしいんだよな……。
「あへぇ……、だ、旦那しゃまぁ~……」
こうして俺は今日も疲れ果て、げんなりした顔で空を見上げるのだった。
今日はロリコン認定されなかっただけマシ――――なワケねえだろ!
……あ、結局三人分の魔力は回収できなかったので。
次回、ダンジョン編です。