「ドリー、お前とはここでお別れだ」
良く晴れたとある日。
まぁダンジョンの中で空は見えないから、晴れていた日と言っておく。
そんな道中。
広く高い、神秘的な岩で覆われた明るい空間に、彼の言葉は綺麗に響いていた。
「……え?」
一瞬何を言われたのかが分からなかった俺は、「ドリーさん何か言われてますよ?」と一瞬後ろを振り返り、そういえば今はパーティの殿は俺が務めているんだったと思い返す。そして「あ、ドリーは俺だわ」と脳が追い付いて……、もう一度口を開く。
「……え?」
「だぁかぁらぁ、お前とはここでお別れだって言ってんだよッ!」
ややイライラしながらも、口角をにやつかせながら、パーティリーダーであるレオスは言う。
冷静になった頭に『追放』という文字が覆いかぶさってくる。
こういうショックを受けたときって、ガツンとくるんじゃなく、布がまとわりついてくるみたいな感覚なんだな――――なんて、どこか他人事みたいに考えてしまった。
「……ん? えっ……と。どうしてだって、理由を聞いても良いか?」
「お前はもう用済みだからだよ。はい、ご苦労さん」
とん。と、軽く肩を叩かれ、パーティ一団と距離を取らされる。
他のメンツの顔を見るに……、どうやら新しく入った一人を除き、全員がこうすることを承知していたようだった。
冷たい視線と空気が、俺の身体にまとわりつく。
「レ、レオス……?」
まだ若いが、生まれ持ったカリスマ性と(やや生意気な感じだが)整った顔立ちで、人の上に立つのに長けている奴だ。
良好な関係を気づけていたと思っていたのは、俺だけだったのか……?
俺がうろたえていると、レオスは「はぁ~」と、わざとらしく深いため息を吐いて口を開いた。
「分かりやすく説明してやるとだなぁドリー。まずお前は、魔法剣士だろ?」
「そ、そうだな……」
「うちのメンバーに、魔法剣士は二人も必要ないんだよ。わかるか?」
彼の言葉に、残りのメンバーも微笑を浮かべる。
魔法剣士って……、新しく入ったユミナのことか。
ここには彼女は居ない。どうやら通路の向こう側にいるようだった。
「うちの大事な戦力に、こんな話聞かせられねぇからなァ」
「大事な戦力って……。俺は?」
「お前はいらねぇんだよ。魔法剣士で被ってんだろうが。分かれよ」
邪険な目つきに俺はひるんでしまう。
何の説明にもなっていなかったが、俺は出来るだけ動揺を隠すようにしながら口を開く。
「ま、まぁ確かに……。彼女も俺も、魔法剣士だよな……。けどそれが、」
「そう! あのユミナ・クライズムが、オレのパーティに入ってくれたんだ! だったらお前も、それがどういうことか分かるだろう!?」
俺の小さくなっていく声とは裏腹に、レオスは興奮して声を上げる。
それに呼応するように、他のメンバーも高揚していた。
「…………」
まぁ、みんなのテンションが上がるのも無理はない。
魔法剣士のユミナといえば、この辺りではかなり有名な人物である。
ソロの冒険者なのにも関わらず、ランクはAにリーチをかけているほど。うちのパーティランクはBにギリギリ届かないCなので、入ってくれたのは奇跡的とも言えた。
今年二十歳という将来性に、容姿端麗で隙の無い外見。すらりとした手足から舞うような斬撃を繰り出し、優雅に魔法も使いこなす、まさしく戦場の華だ。
金に靡く綺麗なポニーテイル。銀の軽鎧も格好良く決まっており、まるでどこかの国に使える女騎士みたいである。
片や俺は、今年四十を迎える、やや太り気味のオッサン冒険者。魔法剣士という職業についてはいるが、やることはサポート的なことが多い。攻撃魔法の威力も、ユミナと比べると下だ。
鎧を着ていた時期もあったけれど、動きにくくてすぐやめた。今は使い古した、昔ながらの冒険者服(少しの防御加護あり)をカンタンに纏っている。
確かにまぁ、同じ魔法剣士職でも、天と地ほどの差かもしれないけどさ……。
「というわけでお前はいらねえんだよ」
「いや、そんな……」
「まぁ馬鹿なお前も、薄々は気づいていただろ? このタイミングで新しい魔法剣士が加入するってことは、つまりどういうことなのかってことによォ!」
ひゃはははははと、甲高くゲスな笑いをするレオス。
「くっ……!」
マジかレオス……。
俺は……、俺は……!
『新しい魔法剣士を入れてやったから、お互いに切磋琢磨して頑張れよ、ドリー☆』
『レ、レオス! やっぱりお前、根っこの部分はめっちゃ良いヤツだったんだな!』
『はっはっは! じゃあオレ、バーにエッチなお姉さん口説きに行ってくるから!』
『待ぁ~てよ~ぉ、俺も行く~』
『あはははは☆』
『ウフフフフ♪』
「……みたいなことだと思っていたのにッ!」
「……あぁ?」
脳内のお花畑をぶんぶんと打ち払い、俺はレオスに向き直る。
「いやでも、……ココ、ダンジョンの中腹だぞ?」
俺のことが不要になったというのは――――まぁ、分かった。
悔しいが、新しく入ったユミナと比べると、確かに実力不足だと思う。
年季の入ったオッサンよりも、若くてバリバリ動ける美人を選ぶのは、仕方がないことだろう。けれど……。
「流石に……さぁ。このクエスト終わるまでは、パーティってことでどうだ?
あ、パーティの一員って扱いじゃなくても良い! それでも、今までみたいにサポートはするからさ!」
自分でも情けないことを言っているのは分かるが、やはりすぐに受け入れられるものではない。
それとも、このダンジョンへ潜る直前まで、俺の信頼度はかなりギリギリのラインにあって。今この瞬間にそれがゼロになったとでもいうのだろうか。
もしそうなのだとしたら……、こちらもかなり折れないといけないかもしれない。
「じゃ、じゃあ報酬も、さ……。俺の分はいらないよ。うちは金銭的にも、決して余裕のあるパーティじゃないから――――あ、いや、なかった、からな……。はは……」
図々しくもパーティの一員でいようとした最後の気持ちに、踏ん切りをつける。
……どう転んでもここからの俺の立場は、最高でも『協力者』とか『同行者』にしかなれない。
けど……、俺の方は嫌われてるだなんて思ってなかったんだ。気持ちの整理をつけるくらいの時間は……、欲しい。
「だ、だいたい、五人になるより六人のままの方が楽だろう……? なんでわざわざ人数を減らすような真似を、」
「アァもうめんどくせぇなァッ!
こっちに来て自分の目で確かめてみろや、ドリーッ!」
グイっと胸倉を掴まれ、俺は半ば強引にダンジョンの先へと進ませられる。「ユミナ、もうちょっとそこで待っててくれー。コイツと話を着けてくるからー」と、他のメンツの声が後ろから聞こえた。
……あくまでも、彼女には汚い部分を見せないってことか。
「レオ、ス……!」
「オラこっちだよ」
広い天井を進み、大岩をどけたその先には――――
「これは……」
良く晴れた空と、地上まで転がり落ちるくらいの崖。そして四十メートルくらい離れた場所に、上階へと昇る階段と、そして続きの道だと思しき通路が見えた。
「……『飛び地』、だな……」
発生したダンジョンに稀に存在する、『飛び地』現象。
魔法の力で宙に浮いているときもあれば、この階層からは渡ることが出来ないため、一度下の階層へと戻り、回り道をしなければたどり着けないような、そんな場所が時折現れる。
分かりやすく言えば、「U」の字の右端と左端だ。右から左へと渡るには、一度階下へ戻ってから、再び違うルートを通りなおさなければならない。
これがダンジョン内にあると、厄介だと言われる地形ベストファイブくらいに入る現象である。
「……チッ! これ見せてもまだ分かんねぇのかよ。クソみてぇなオッサンだな」
ごうごうと吹きすさぶ崖側から再び離れ、洞窟側へ。
わざとらしくため息を吐きながら、ドリーは言葉を続けた。
「こーいうトキの進み方は、テメェでも知ってんだろ?」
「そ……、そうだな。来た道戻って登り直し、だよな……。
ぱっと見た感じ、一階か二階まで戻ることになりそうだったか……」
塔が二つあると考えてくれれば分かりやすい。
塔の六階から、お隣の塔の六階へ行きたい――――みたいな状況だ。
間に橋渡しみたいな道があれば良かったんだが……、それはどうやら一階か二階くらいまではなさそうだった。ということは……。向こう岸へ渡るには、ほぼスタート地点からやり直す必要があるだろう。
「けどよぉ、それを解決するアイテムがあるじゃねえかよォ?」
「え……? あぁ、そういえば!」
上級冒険者が大枚はたいて買えるくらいのマジックアイテム。
様々な加護を付与するアイテムの中でも、超とびっきりの、レア中のレア物だ。
ごそごそと得意げに、レオスは冒険者バッグからソレを取り出し、オーブの輝きを見せつけてきた。
「『飛翔の加護』……ッ!
そういえば、みんなで金出し合って、結成直後に買ったよなぁ!」
「コイツを使えば……、向こう岸に飛べるってワケだよッ!」
レアアイテムの輝きに、パーティメンツも色めきの声を上げる。「ついに使うんだなぁ……!」なんて、実感を声に出すヤツもいるくらいだ。
にやにやと笑うレオスたちを見て、俺は質問をする。
「レ……、レオス、いいか?」
「あ? なんだよ?」
「それって、人数分しか……つまり、結成メンバーの五人分無いのか? だから俺の分をユミナに渡して、俺をここに置いていくっていう――――」
「いいや? 何があるかわからねぇからな。
めっちゃ辛抱しまくって、予備で七つも買っただろう?」
「そ、そうだったよなぁ!? 良かった、思い違いじゃ無かった! なら、」
「でもよぉ……」
レオスは俺の言葉にどんどん被せながら、己の言葉を紡いでいく。
それが。
どれだけゲスなことなのか、分かっているのかいないのか。
悪魔のような言葉を、吐き捨てるように口にした。
「勿体ねぇだろ?」
「…………、」
…………は?
俺は、レオスから出た言葉に、耳を疑った。
いや……、なんならさっきから疑いまくりだ。言ってることがよく分からない。
けれどこのメンツの中で、思考に追い付けていないのは俺だけみたいで。
「……えっと、」
…………、
……、
あぁ。
あぁ、くそ。分かっちまった。
理解できるだけの情報が、整頓が、津波のように押し寄せてきやがる。
俺の気づきと同タイミングで、レオスは俺を見下しながらも説明をしてきた。
気づきと、事実が。
俺の心を突き刺していく。
「この『飛翔の加護』は、超貴重品! 俺ら、ギリギリのCランク冒険者パーティにとって、喉から手が出る程になぁ!
そんなパーティの共有財産を、お荷物に使ってやることなんて出来ねぇんだよォッ!」
アッハッハッハッハッハッハッッッ! と、レオスだけではない、他のメンツも笑う。
笑い声は。
吹きすさぶ風と共に、空へと舞っていく。
俺の胸はここの洞窟と同じように、ぽっかりと大きな空洞が空いてしまったようだった。
「…………、」
ここに来るまで、運の良いことに、パーティの共有アイテムを使用するタイミングは無かった。
たぶんレオスは、『飛翔の加護』を使うタイミングがあることを予想していたんじゃない。
ただ単純に、共有財産が減るタイミングがココだったというだけのこと。
他の、もっと軽い共有物を使うタイミングが来た時点で、俺をこのパーティから外す算段を立てていたんだ。その――――、俺を、便利に使った後に。
「ってワケで……、お前はあっちだ」
「おっ……、」
とん。と、軽く距離を取らされる動作を、もう一度。
この一本道の先には、事情を知らない新入りが待っていて。
俺はソイツと入れ替わって、この場所を去るのか――――
「ぐっ……!」
よろよろとおぼつかない足取りで、彼女の居た地点へとたどり着く。
あたまが。せいりできない。
おれの……、かちって……、おれは……、
「……ん? おいドリー。きみ、だいじょう――――」
「おれは……、おれ、は……」
信じていた仲間たちに裏切られた。
このダンジョンに入って何よりも強いダメージを受けた俺は、自暴自棄のような虚ろな目をし、彼らの元を去ることになったのだった。