「まぁ結局のところさ。こういう選択肢になるわけですよ」
「ん? 何がだゴシュジン?」
「いやこっちの話だ」
ギルドで起こした騒動の後。
一度宿へと戻った俺は、三人娘に軽く説明をした後、一人ずつと街を見て回るという計画を立てた。
それは何故かというと。
人間の営みを知ってもらう――――とかよりも、遥かに前の段階。
そもそもの話。こいつら一人一人を知らなければ、どんなことを教えて良いのかも分からないのである。
そのことに気づいた俺、大天才ドリー・イコンは……控えめに言って、天才だと思う。
いやマジでマジで。そこに気づくとは天才じゃない? 俺、ヤバくない?
「ゴシュジンはヤバいぞ。研ぎたての棍棒の臭いがする」
「え!? ソレは本格的にヤバくない!?」
「うん。ヤバい。はまりそうなほどイイ匂い」
「誉め言葉だったことに衝撃を受ける俺」
ううむ価値観。
あと研ぎたての棍棒の臭いってどんな匂いだ。少なくとも人間が発して良い匂いでないのは間違いない。
「まぁ自分を持ち上げるのはさておきだ……。とりあえず今日の夕方くらいまでは、ベルと街をぶらつこうと思う」
これもじゃんけんによる決定だ。一番手はベルになったらしい。平和的な解決方法で非常に素晴らしいと思う次第です。
「知っているぞゴシュジン! これは、デートっていうヤツだ!」
「あはは。そうだなぁ。デートみたいだな」
頭を軽く撫でてやると、ごろごろと喉を鳴らし嬉しそうにしていた。
周囲の人も「あら娘さんかしら」「仲の良い親子ねぇ」みたいな視線を向けてくれている。
そう……。堂々としていれば、誤解は受けないのですよ! ここで「デ、デートぉ!?」みたいなリアクションをするから、誤解を受けロリコンとして報告される……などというベタな展開になってしまうのだ。
「平常心だ」
いや。というよりも。
平常心を保とうと身構えるのではなく、仲の良いヤツと普通に遊びに行く……みたいな感覚でいれば大丈夫。
俺も楽しいしベルも楽しい。それで済むはずである。
「デート! デート! ゴシュジンとデート!」
「ははは。ベルは元気だなぁ」
てくてくと元気に歩く彼女の後を、のんびりとした足取りで俺もついていく。
夕方。活気のある街並みを二人で賑やかに歩くのはとても楽しい。
「デート! デート! 楽しいデート!」
「うんうん」
歌うように元気な言葉を発するベル。
こうしていると無邪気な子供だなぁ。
「楽しいデート! 愉快なデート!」
「うんうん」
「デートの後にはランチ! ランチの後にはコウビ!」
「うんッ!?」
「楽しいコウビ! 愉快なコウビ!」
「ベルストップ!」
ベルの身体を抑え込もうとするももう遅かった。
周りの笑顔を向けてくれている人たちの目が、一気に不審者を見る目へと変化していく。
「……誤解ですヨ?」
「ん? ゴシュジン、この後コウビしないのか?」
「しません!」
「でもオスとメスがデートするのは、コウビをするためなんだろ? だからゴシュジンもベルをデートに誘ったんじゃないのか?」
「ちげーよ!! ……はっ!?」
周りの笑顔を向けてくれていた人たち! 違いますから! 俺はそういう男ではありませんから!
「でもこういう時にどんな言い訳をしても無駄だということは知っている。……なので!」
「お?」
「逃げの一手です!」
俺はベルの身体を抱え上げ、その場から一気に逃げ出した。
通報される前にコトを起こす。それがこういう事案のときに助かる、唯一の方法なのだ!
「ゴシュジン、いきなり小走りしてどうした? コウビの前の軽い運動?」
「全……、力……、だ……よ……ッ! はぁ、はぁ……、」
走り去ってエリアを変えて。
ベンチに項垂れ一息つく。
お前……。カンベンしてくれよ……。
「そ、そういう言葉をみだりに使うんじゃない……」
「なんでだ?」
「何でって……、それは……、えー……」
卑猥だから。とか、そういった説明も難しいな……。
本来子作りとは、生物にとっては普通の行為だ。幼女と行うのがヤバいというだけで。
しかしそうか……。ベルは野生生物だから、子供を作るっていう概念は知ってるんだよな、後の二人と違って。
「何でダメなんだ?」
「何で……。え? 何で……?」
言葉に詰まり、口元に手を当てて考え込む。
「うーん……? あれぇ?
そういえば、『エロいことを表立って言ったらダメ』ってコトに、ちゃんとした理由なんて考えたこと無かったなぁ」
ここに来て新たな発見をしてしまった。
……いや、ちゃんと頭良いヤツなら説明できるんだろうけど。正直身体も疲弊していて、真っ当に考えることが出来ない。
「でもまぁ……。一つだけ分かっていることがある。
いいかベル。この世界ではな、お前みたいな子と交尾をする、もしくはしたい大人を、『ロリコン』というんだ」
「ロリコン」
「そうだ。そしてロリコンは――――まぁ俺は別に居てもいいとは思うんだが、世間一般ではあまり褒められたことではないんだ」
「そうなのか。ロリコンは大変だ」
「そう。ロリコンは大変なんだ。日夜色々なものと戦い、そして己の欲望に打ち克つ猛者たちなんだぞ」
説いていてだんだん意味わからなくなってきたが。
まぁいい。続けよう。
「俺がベルと交尾をしていると周囲に勘違いされたら、俺は国の偉い人、もしくはヤバい人に連れて行かれるんだ。そうなるとベルたちとは離れ離れになっちまう」
「そんな奴ら殺して奪い返す――――あ、」
「そうだ。ニンゲンはむやみやたらと殺しちゃダメだって言ったろ?」
「む~……、そ、そうかぁ……」
倫理性を解いたり、一般常識の必要性をうまく伝えることは出来ないけれど……。これなら事の重大性が、少しは伝わってくれるだろうか。
「ゴシュジンと一緒にいられなくなるのは……、嫌だ」
「そっか。うん、俺もだよ。
だからベル、そういうコトを表で言うのは無しにしてくれ」
「そっか~……。難しいぞ」
まぁ追々なと俺は言って、ベンチから立ち上がる。
「いきなりは無理だろうから、徐々に慣れていってくれ。誰だって最初は分かんないことだらけだ」
俺がそう言うとベルは、「そっか」とキバを見せて笑った。
健康的な肌の色も相まって――――それはまるで、太陽のような笑顔だった。
「…………、」
「ん? どうしたゴシュジン?」
「い、いや……、大丈夫だ」
いけねぇいけねぇ……。
俺も日夜大変な猛者たちに、目覚めそうになっちまったぜ。
これは油断できませんな……。
そういえばではあるけども。
「ベルは……というか、お前ら三人って、まだ魔力って足りてるのか?」
ふと気になって、俺はベルに尋ねてみた。
あのクエスト中。
どれくらい魔力無しで活動していたかは覚えていないが、あの栄養補給からだいぶ時間が経っている。
「正直忘れてたのが申し訳ないくらいなんだけどさ……」
これまで自分の生活に、「幼女たちの世話をする」という項目が無かったので、ついぞ失念していた。
「飯自体は普通の女の子くらい食べてたけど。それでも代用できるものなのか?」
「あぁ、昨日と今日の朝食った肉か! 美味しかったな!」
ニコっと牙を見せてベルは笑い、そして元気よく言った。
「意味ないな!」
「駄目じゃん!」
「でもまったく意味が無いわけじゃないぞ! 足りなくなると呼吸すらできなくなるからな!」
「怖い! じゃあ意味はありそうだ!」
良かった。
ってことは、日々の食事も必要ってことだな。
「まぁ食費が増えるくらい良いんだけどさ。俺も食う方だし」
俺のは完全に趣味だけど。
そのせいで太ってきているのは、うん、後々どうにかしよう(未来の自分に丸投げ)。
「十五年くらいCランク。かつ、結婚とかもしてないから、貯えだけは無駄にあるんだよな……」
普通はより稼げるようになるため、Bランクへと活動範囲を上げたりする。
けどそうすると、必要なアイテムも高価になっていったりもする。レオスらと揉めた原因の、『飛翔の加護』とかもそうだ。上級ランクのダンジョンでは、あれらを駆使し続けなければならない場所もざらにあるらしい。
「ふーん……? よくわかんないけど、大金を賭けて、より多くの大金を得るってことで良いのか?」
「そんな感じだ。
なんだベル、こういうのはちゃんと理解できるんじゃないか」
「金銭……というか、金属の知識なら少しはあるぞ! 金塊を食う竜種もいるからな!」
「そういや竜ってそういうのもエサにするんだったな……」
「ベルもアレ、本能的に食いたくなる。けど、嚙み砕いても味がしないから、食った後に後悔する……」
「そもそも、噛み砕けるという事実に驚く俺」
ううむ価値観。本日二回目。
でもベルの主食が金塊じゃなくて良かった。流石に買ってやれない。つーかどこに売ってるんだ、金塊。
「あぁでも」
目に入った服屋に飾ってある、白いワンピースタイプの女児服を指す。
「こういうのなら買ってやれるぞ。
そんなに値段も高くないし、どうだ?」
真っ白で清楚なワンピース。
ひざ下と肩口にやや薄めの透けデザインが入っており、オッサンの俺から見てもお洒落だしカワイイと思う。
それをベルはきょとんとした目で見つめていた。
「ゴシュジンは、こういうのが好きなのか?」
「いやぁ別に。好きってわけじゃないけどさ」
今よりは露出も格段に減るしから、見ていて安心っていうのはあるかな?
「布の面積は多い方がいいのかァ……。ニンゲンは大変だなァ」
「一概にそうではないんだけどさ。ただお前はけっこう目立つから、おとなしめの格好をしても良いのかなーって思っただけだ」
悪目立ち、良くない。
超常的な存在なのは別に構わないけれど、不要なトラブルまで呼び寄せることはないからな。
「今の格好も嫌いじゃないんだけど……、その、若干目のやり場に困るというか……」
「そうか? ダメなところは隠してるぞ?」
「隠してるというか隠れてるというか、隠れているだけというか……」
ううむ、人の営みを理解していない子に、着エロの概念を伝えるのは些か難しいものがあるな……。それはもしかしたら通常の幼女でも一緒かもしれないけど。
時には裸んぼうよりも、際どく見え隠れしているほうが煽情的に感じるときもあるのだ。特にこいつら三人娘のように、『よく分かっていない無防備さ』というものはエロスに直結する! 無知シチュというのはどんな年齢の人物にも適応される最大のエロス嗜好であり、我々を一段上の領域へと駆け上らせてくれるのである。
「ゴシュジン……?」
「違います。犯罪者ではないです」
……ダメですよドリー。己の意志を強く持って。
俺はロリコンでは無かったはずだ。その沼は深くて、何が沈んでいるのか分からないフィールド。安易に立ち寄ってはならぬし、視線を送る事すら危険なのです。
「そ、それは置いておき……。とりあえずベルは、もうちょっとだけ静かな服を着てくれるとうれしいかな?」
「そっか! 分かったぞ!」
言うや否やベルは、その場で自分の服をぺたりと触り――――服を作り替えた。
「……ッ!」
「どうだ!?」
そこには既製品と近いようなデザインの、白いワンピースを纏ったベルが立っていた。
褐色肌と対となっていて、なんというか、健康的な田舎のお嬢さんみたいな仕上がりだ。
「ってお前、馬鹿……!」
きょろきょろとあたりを見回すが……、ふぅ、セーフだ。幸い今の現象は、街の人には見られていなかったようである。
「ま、まぁ最悪、魔法の力とかで説明できるから良いケド……」
服を変化させる魔法なんて聞いたことはないが、身体変化の延長だと言えばどうにか説明がつくだろうか。……と、とにかく。
「ベル、人前で着替えちゃだめだ」
「そうなのか? 便利だぞ?」
「便利でもダメです」
魔法がバレるとかではなく、その……、光り輝いていたときに、一瞬だけ全裸に近い状態になってたんだよ!
「はぁ……。ま、まぁでも、そういう格好も十分似合ってるぞベル」
「そうか?」
「うん。カワイイカワイイ」
角に触れないようにしながら俺は彼女の頭を撫でる。するとベルは「んぁ……っ!」と、やや煽情的な吐息を漏らした。
「なっ、なんだ、ベル!? ど、どうした!?」
気を付けて! そういうのホント、気を付けて!?
ベルの調子をなだめつつおそるおそる尋ねると、「あはっ」と笑って質問に答えた。
「この間ヒナから聞いたんだ! 『ゴシュジンが好きだな』~って想えば、変わったことが起きるって!」
「か、変わったこと……?」
「そうだぞ。今頭を撫でられたことで、ベルは『ゴシュジンが好きだ』って一瞬想ったんだ。だからソレが起こったんだと思う」
「す、好きって……。な、なんだか恥ずかしいなぁ」
自分でもわかるくらいにちょっとヤバめな笑顔になってしまう。
いかんいかん。これじゃあ幼女にニタニタしているオッサンだ。……けど、好意を真正面からぶつけられるのは、ちょっと嬉しいよなぁ。
「ちなみにどういう変化なんだ?」
「ん~と……、なんて言ってたっけな……」
どうやら伝えられた単語があるらしい。
ベルは思い出しながらも、俺への想い(?)らしき力を溜めるように目を瞑った。
「うにゅぬ~……、ゴシュジン、スキ……、ゴシュジン、スキ……」
「な、なんか改めて見ると、ちょっとアレな絵面だな……」
露出度こそ減ったものの、可愛らしい幼女が、目を瞑って眼前の男に思いを馳せているという……。見ようによっては俺が特殊なコトをさせているようにも見える。
「やや危険かもな。おいベル、そろそろ一旦――――」
懸念した俺がそう声をかけた瞬間だった。
どうやら上手くいったのか、ベルの元気で大きな声が、ここら一帯に響き渡る。
「おぉ~! ホントウだ! 出て来たぞ、インモン!」
イン……、モン……。
お前……、なんて単語を、大声で……。
「ちょ、ちょっとベル……」
「ほら見てくれゴシュジン!」
「ぶっ!!!」
あまりの光景に噴出してしまう。
ベルは右手でスカートをまくり、左手でパンツ(残念ながら下半身の服という意味ではない!)をずり下げ、露出した下腹部をまじまじと眺めていた。
「ギッ……!」
「ぎっ……?」
ギリギリすぎるわッ……!
もしも成人なる体毛が備わっていたら、絶対にアウトな位置まで白い布はめくられている。
「セ、セーフ!? セーフだよなっ!?」
「何がだゴシュジン?」
「り……、倫理が……?」
ロリで良かったァ!(?) ギリギリで、アウトな箇所は見えていない!
ワンピースタイプの服装に着替えさせたのが仇となるとは。コイツの思考回路、危険すぎる! 色々な意味で!
しかもお前、どっからそんな単語を……!
「ヒナがやってみせてくれたときにな、ルーチェがその単語を教えてくれたんだぞ! 良い奴らだ!」
「ルーチェェェ……!」
アイツなんて単語教えこんでんの!?
魔法そのものだから、その単語知ってるのか? そうであるなら、余計な知識を与えるのはマジでやめてほしい……。
俺が頭を抱えていると、周囲からの視線が集まっていた。
「淫紋って言ってた……?」
「え、あの男、あんな幼女に変な契約紋つけてんの?」
「マジだとしたらやばくない? 衛兵呼ぶ?」
「違うんです!?」
ヤバイ。このままだと変な誤解を受けてしまう。
流石にこの状況で冷静になれるほど、俺は大物ではない。
「ベ、ベル! 何にせよ……、確認が終わったのであれば、さっさと装備を元に戻してくれ!」
「ん? でもアツいのはもっと下の部分だぞ?」
「おわーッ!! それ以上降ろすな、降ろすな!!」
「お?」
「せっかくセーフ(?)だったものをわざわざアウトに――――するなッ!」
力強く叫び、力いっぱいパンツを元に戻す。
……逆に食い込みすぎた気がするが、致し方なしだろう。
「ふぎゅにゅ!? な、なんか、股がこすれて……、もっとアツい、ぞ……?」
「いっ、いいから履く! しまう! 健全に過ごす! わかったな!?」
「うん~……? よくわかんないけど、ゴシュジンとの繋がりが確認できたから、いいかァ……」
その言い回しもちょっと怖いなァ!
とりあえず大事になる前に、この場を退散しないと……!
「ゴシュジン!」
「な、なんだよ?」
「良かったぞ! ベルはちゃんと、ゴシュジンのじゅーじゅんなペットみたいだから!」
「……………………」
ベルさん。
それ、アウトのやつです。
「あ、衛兵さん、こっちです」
「怪しい男が……、幼女を……」
「淫紋がどうとか……、ペットとか……」
「性奴隷……、国外に……、売り払う……」
「そこまで言ってねぇよなァ!?」
俺は無実だ! けどこの内容じゃ、誤解しちゃうよね! 分かる!
「ってことで逃げるぞベル!」
「お? ゴシュジン元気出たか! 元気ビンビンだ!」
「お前はとにかく黙ってくれ!」
身に覚えのない余罪と謎の冤罪がどんどん増えていく。
俺はこの日、たぶん人生で一番なんじゃないかと思う走りを見せたのだった。
昨日は大変な目に遭いはしたのだけれども。
今回は大丈夫な気がする。何故なら――――
「本日のお相手は、割と常識的なヒナちゃんだからです」
「どうしたの急に、おにいちゃん」
「いや、自分自身に安心感を与えているんだ……。
そう。なんたって俺は、ロリコンではないのだから」
「そうなんだ……? よく分からないけど、大変なんだねぇ」
そう。世界はいつだって大変なのだ。
風当たりが強いんです。オッサンには。
「ほら俺、こんな外見だろ? だから性犯罪系で疑われたら、弁明できる自信がなくてな」
冴えない、四十歳手前のオッサンである。
例えば王都のほうの騎士サマとかは、四十歳でも若々しく、そして凛々しい顔立ちをしているからして。仮に性犯罪を疑われたとしても、きっとみんな弁明のチャンスをくれるし、発言を信用してくれる――――いわゆる『しっかり者の空気』みたいなものを持っているのだ。
こちらはなんというか……、『女に困ってそう』感があるというか。
非モテだから、このさい幼女でも……という思考で犯行に及んだと言われても、否定できない面構えをしているのです。
「そんなことないけどなぁ? おにいちゃん、オークみたいでかっこいいよ?」
「世間一般ではオークはかっこよくないんですがヒナさん!?」
「そうなの!? でもベルちゃんとルーチェちゃんと、『おにいちゃんの好きなところ選手権大会』を開催したときには、全員がまず『顔』って答えたんだけど……」
「まずその謎の大会の開催を辞めてもらっていいですかね……」
なんだその誰も幸せになれない大会……。
あ、こいつらは幸せになるのか。変な大会だなまったく。
「他にはねぇ……、腕毛が乱雑に生えてるところ、お腹の毛が濃いところ、研ぎたての棍棒みたいな体臭、立ち上がる時の『あ゛~』っていう声、とかがありました!」
「マニアック!」
好きなところなんだ!
そしてまた出て来たよ棍棒みたいな体臭!
「結局みんな『わかる~』ってなって、大会は無事終了したよ」
「分かるんだ……」
そして俺だけが分からないのか。
不思議すぎる価値観だった。
「それでおにいちゃん、今日はどこにおでかけするのかな?」
「あぁうん。
今日はちょっと用事があるんだ。それについてきてくれ」
「はーい。
えへへ、おにいちゃんとお出かけ、楽しいな~♪」
石畳の上を、とん、とん、とリズムよくスキップし、ぱぁっとまぶしい笑顔を向けてくれるヒナ。
眼鏡の奥の瞳は、綺麗にきらきらと輝いている。
「ヒナの笑顔は天使みたいだなぁ」
こちらもつられて笑顔になってしまう。
俺が「カワイイカワイイ」と頭を撫でると、ヒナは一転「えぇっ!」と涙目になっていた。
「天使だなんて酷いよおにいちゃん! 最大級の侮辱だよぉ!」
「えっ、そ、そうなのか!?」
「私はこれでもS級魔剣なんだから、天使みたいなのと一緒にしてほしくないよぉ」
「そうかぁ……。な、なんだかすまん……?」
天使って普通は誉め言葉なはずなのだが。
ううむ価値観な事案、三回目である。未だに測れない。
「それじゃあ何に例えれば誉め言葉になるんだ?」
「そうだねぇ……。うーん」
小さく腕組みをして、ヒナは「それじゃあ」と口を開く。
「邪神みたいな頬笑みだね! ……とか?」
「邪神が誉め言葉になっちゃうかぁ……」
結局理解は出来なかった。
まぁ、理解しようと努める姿勢こそが、コミュニケーションの第一歩なのです。
顎に手を当て考える俺を見上げ、ヒナは笑いかける。
「それで? 今日はどこに行くのおにいちゃん?」
「あぁ。今日は、ヒナたちの冒険者証明書を受け取りに行くんだ」
「証明書? この間もらった物とは違うんだね」
「この間のは書類だけ。本命は証書についてくる、冒険者プレートだ」
コレなと首から自分のプレートを見せると、ヒナは「あぁ」と納得した。
「ソレをつければ、私たちも本格的に冒険者になれるんだね!」
「だな。今はこのプレートで、ほとんどのクエストの受付が出来るようになってる」
冒険者プレートは強さのランクを測るだけではなく、持ち主の名前(もしくは冒険者ネーム)も刻まれている。だからこいつがあれば、証明書を持ち歩かなくても、どこのギルドでもクエストを受けることが出来るのだ。
「とは言いつつも……、冒険者になりたての頃は、これをよく忘れてたんだよなぁ。
受付に行ったときに慌てることもざらでさ。クエスト受けられなかったりもしたもんだ」
懐かしい話だ。
幼女の世話とかもそうだが、自分の生活に新しく何かの要素がプラスされると、どうしても馴染むまでに時間がかかる。オッサンになればなおさら。
「じゃあ私たちも忘れないようにしないとだね」
「そうだな。まぁヒナは大丈夫だと思うけど、ベルあたりが壊さないか心配だな……」
あと金属だから、最悪アイツは食えるんだよな。
そう思うとカードタイプの方が良かったのではないかと思う。金属になってから、再発行には時間と金がかかるようになったらしいし。
そんなことを話して歩くうちに、市街地エリアまでやってきた。
「だいぶ人も増えてきたね~」
「この辺りは中央街だからな。小さい街とはいえ、人口はそこそこ居るし」
喧騒をかき分けながらも、俺たちは引き続き話しをしていく。
「にこにこ」
ヒナは穏やかだ。
この間のベルのときみたいに、『問題ワード』を連呼するような素振りが無い。
声も全然大きくないし。いやぁ、大人しいということが、こんなにもありがたいことだとは。
「それでおにいちゃん。他には何か、冒険者にとって気を付けたほうが良いことってあるの?」
「ん? いや、今のところ特には思いつかないかなぁ……」
あ、でももう一個あったな。俺のポカ。
「なぁになぁに?」
「いやぁ、恥ずかしい話なんだけどな。
駆け出しの頃、まさかの『武器を忘れる』っていう失敗をやらかしたんだよ」
「あらら。それは大変だね! じゃあそのときは、素手で切断しないといけなかったんだぁ」
「いや素手を剣代わりにはできないなぁ……」
発想が自由すぎるんだが?
穏やかな外見でも、中身はしっかりパワープレイな子だった。
「……まぁだから、そのときはどうにか魔法だけで戦ったよ。
当時一緒に組んでたやつらも、全員駆け出しでさ。いざ街から離れたってタイミングで……全員一斉に気がついたんだ」
パーティリーダーの「ドリー……、剣……」という、単語だけの言葉で、みんなの背中が凍り付いたのを覚えている。
しかもそのとき忘れ物をしたのは俺だけじゃなく、弓使いのやつは弓本体を忘れていた。
アレはいたたまれなかった……。
「浮足立ってたのか油断してたのか。
何にせよあの失敗のおかげで、今はけっこう慎重になったよ」
と言っても、人並みになっただけだけどな。
「剣を腰に下げるのも、最初は違和感あったなぁ。
左腰あたりが妙に重くてさ。長時間歩くのにもコツがいるんだよ」
って、剣本人に言っても仕方ないかもしれないけど。
ヒナは「そうなんだね」と笑う。うーん、可愛い。
「私がその剣だったら、小さくなるか軽くなるかして、歩きやすくしてあげれるんだけどなぁ」
「魔剣って便利だな……」
ヒナだけなのかもしれんが。
そんな伸縮自在な剣があるとか、初めて聞いたわ。
「けどまぁ剣を持ち歩くのもさ。慣れれば楽になったよ。色々便利に使えるし」
「便利に?」
ヒナの質問に俺は「そうだぞー」と答える。
「疲れた時には杖代わりにできるし、高いところの物を取るときにも使えるし、暑い日に抱いて寝ると鞘が冷えてて気持ちいいんだよ――――」
って、しまった。
本来の使い方ではないような、下手をすると『剣』という概念を愚弄しているような使い方を、誰あろう魔剣本人に言ってしまうとは……!
ヒナもしかして、怒って……る?
俺がおそるおそる彼女の方を見ると、ヒナは俯いていて。
そして小さく身を震わせたと思うと……、口をわずかに開いた。
「……い」
「い?」
「いいなぁぁぁぁ~~~~!」
「はい?」
「いろいろ便利に使ってもらえるなんて羨ましいよ~! おにいちゃんのその使い方は、つまり剣そのものを信用してないと出来ない使い方だよね!」
「ん……? そ、そうなるの、か、な?」
「そうだよ! だって、ちょっとでも悪さするような剣だと思ってたら、抱いて寝るなんてできないでしょ?」
「お、おう……」
俺としては『悪さをする剣』という概念があることをそもそも知らなかったのだが……。
まぁそうね……。『剣サイドからは何もされない』という前提の使い方ではありますね……。
感極まっているのか、ヒナの声はやや大きくなっていく。落ち着いて見えてもまだ子供だな……。
でもまぁ、そろそろ静かにさせないとな。流石に過行く人がチラチラと気にし始めている。
「ヒナ、喜んでるところ悪いんだがそろそろ……、」
「私もおにいちゃんに抱かれて眠ってみたいよ~!」
「ぶっ!? お、おいヒナ!?」
彼女の声に、周囲の人々がぎょっとして俺たちを見ていた。
ま、まずい……!
「ヒナさんや、ちょっと静かに……」
「おにいちゃん! これはとっても重要なことなんだよ!」
「は、はぁ……?」
「だって今の剣はとっても大事にしてるじゃない! ヒナはまだ一回も使われたことないのに!」
「い、言い方……!」
剣を子って言うな。
周囲の人にも衝撃が走っている。
もしかして俺……、ロリに二股かけてると思われてる……?
ヒナを黙らせようとするが、言葉のエスカレートは止まらない。……いや、本人的にはそこまでエスカレートさせてるわけではないのだろうけれど。
「私だっておにいちゃんに尽くせるもん! おにいちゃんは今の剣と私、どっちの具合がいいの?」
「具合とか言うな! 俺が悪人みたいに思われるだろうが!」
悪人くらいならまだマシだがな。
このままだと、幼女に手を出してる鬼畜にしか見えない。
どうにか頑張って言葉を選んで、ヒナを説得するしかないかな……。
「い、いやいやヒナ……。俺だってお前を……、えっと(振るうとかだとやばいから)、え、『選んで』みたいけど……さ」
いかん。これじゃあどのみち二股感が出てしまった。
いやでも、ヒナが魔剣だってバレるよりは良いかもしれないな……。
「……おにいちゃんの剣、ちょっと小ぶりだもんね。
ふぅん。ちっちゃい剣が好きなんだ」
「そっ、そういう言い方をするな……!」
俺たちの会話を見ていた人々がざわつきを見せる。
「……あの子よりももっと小さい子が好きなの?」
「……それってもうロリっていうよりペドじゃない?」
「……ひくわぁ~」
「違うんです!?」
俺が頭を抱えていると、ヒナは更なる追い打ちを浴びせてきた。
「ヒナだって頑張れば、ちゃんと(鞘に)入るもん!」
「お前……ッ!?」
ざわつきは止まらない。
「コイツ……、あの子にそんないかがわしいことを……!」
「すでに手遅れだったのね……」
「毒牙にかかって、可哀そうな子……」
「違う、ん、です……」
もう何言っても追撃だよ。
ただの日常会話をしていただけなのに、どうしてこうなりやがった。
「ヒ、ヒナ、落ち着け……。お前は今冷静さを欠いている……。今の発言がどれだけアレなことになっているか、お前ならきっと考えられるはずだ……」
「でも前の剣には、色んな鞘与えて連れまわしたり、壊れるくらい握りしめたり、裸のまま激しく振り回したりしてあげてるんでしょ!?」
「全部事実だけどもコノヤロウ!」
わざと!? ねぇわざと言ってるのこの子!?
ざわめきが以下略!
「暴力……?」
「性的虐待……?」
「国家警備隊……?」
「ちょっと…………、まって………………」
頭が痛くなってきた……。
俺が気力なくがくりと項垂れていると、それらを想像して自分に置き換えたのか……ヒナは頬を両手で抑え、恍惚とした表情で口を開いた。
「いいなぁぁぁぁ~! 私もおにいちゃんに、便利に使われたいよぉ~!」
ヒナさんのオンステージ。これにて閉幕です。
ついでに……、俺の人生もな!
「ごめんねおにいちゃん。まさかあんなことになっちゃうなんて」
「……ぜぇ、……ぜぇ、き、気を付けてね……」
どうにか警備隊の人たちから身を隠した後。俺は路地裏にて一息ついていた。
二日連続で息も絶え絶えだ。なんだよこの街、いつの間にAランクダンジョンになりやがったんだ。
「ヒナくらいの年齢の子に、えっちなことをしたらダメって知識はあるんだけど、私の言い回し一つで誤解を受けちゃうんだね。勉強になったよ」
「おぉ……、分かってくれるならそれで良いんだ」
俺の全力疾走も浮かばれるというものだ。
しかしそうか……。ヒナは他二人と比べて、物分かりが良い方なんだな。
あぁいや。他二人がわがままとか、そういうことではなくて。
元から備わってる知識や倫理の根底が、人間寄りだ。
ロリに手を出すのがいけないことという常識的な部分の根幹を、説明しないでも話が前に進んでくれる。
「ベルのときにも思ったことだけど……、俺たちの常識を理論立てて説明して、理解してもらうのが大変なんだよなぁ」
「価値観の違いは、すり合わせるのが大変だよね。
あっ……、すり合わせるって言っちゃまずいのかな? えっちな言葉認定されちゃう?」
「いやそれくらいなら問題ないけど……」
「そ、そうなの? うーん、色んな知識があるから、逆に発言に気を使っちゃうね……」
「色んな知識……」
そうなのですかヒナさん。
「ニンゲンは大変だね……。『いく』も『ぬく』も『いれる』も『だす』も使わずに会話をしてるんだね……」
「それくらいなら使っても大丈夫だよ!」
警戒するあまり耳年増みたいになっていた。
普通に喋ってもらってぜんぜん大丈夫なので……。
「ねぇおにいちゃん。フツーに喋っても良いのなら、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん? どうした?」
先ほどまでのことから切り替えたのか、ヒナは今まで通りの落ち着いた口調で見上げてきた。
「聞きたいっていうか、知りたいかな。
おにいちゃんって、これまでずっと冒険者だったの?」
「あぁ俺のことか。そういえば話してなかったなぁ……」
えーっとなと考えつつ、ギルドに行く道すがら話すことに。
小さな足取りはどこか真剣だ。そんなに気になることなのか?
「十五の頃に冒険者を志したんだけど、そこで一旦挫折してな。三年間一般の生活しつつ魔法を勉強して……、十八歳で冒険者の剣士職に就いたんだ」
「そうなんだ。挫折しちゃったのは、どうして?」
「レベルの違いが凄すぎてなぁ。あ、元々は俺、斥候《スカウト》職希望だったんだ。罠仕掛けたりとか、解除したりとか、地形を読んだりする職業な」
他にも色々役割はあるのだが、なんかこう……緻密な作業を行うのが、『職人!』って感じで好きだったのだ。
子供ながらに憧れたが……、十五歳の時分、周囲の斥候職の造詣の深さに絶望――――というより脱帽した。
すげえと思うと同時に、『これにはなれない』と諦めがついた。
「で、そっから宗旨替えだな。三年間金貯めながら剣士の勉強して……、それで何とか、冒険者としてやっていけるようになったんだ」
「へぇ~」
冒険者資格自体は誰でも取れる。現にこうして、何の実績も無いヒナたちも、冒険者として俺とパーティを組めている。登録自体は誰でもできるのだ。
ただそこから、生活できるくらいに金銭を得られるかというと、そうではない。
Eランク以下のクエストなんて、街の雑用で終わったりもする上に、一日の飯代にもならないレベルのものがごろごろ転がっている。
「副業? だっけ? 別でお仕事するやつ。そういうのはダメなの?」
「冒険者登録を出したら、副業をするのには届け出がいるんだ。
ただ駆け出しの場合は……申請が通らないことがほとんどかなぁ」
詳しくは俺も知らないけれど。
ただそうすると、年間の提出書類とかが面倒になったりもするらしい。
「俺がずっとCランクに居続けるのは、単にこのままでも生活が出来てるからだ。
昔は向上心持ってやってたんだが……、今はとりあえず棚上げだな。恥ずかしながら」
現状維持万歳だ。
食うものには困ってないし、少なからず貯蓄も出来ている。
……まぁもしかしたら、向上心の無さを見抜かれて追放されたのかもしれないけど。だとしたらこちらにも、若干の非はあったのかもしれない。
「じゃあおにいちゃんを追放したパーティってさ。冒険者になって、駆け出しの頃から一緒だった人たちってわけじゃあないんだね?」
「ん? あぁそうだぞ。駆け出しでフリーの剣士やってて、その後一回、本格的にパーティ組んで、もう一回フリーになって……、んで、この間までレオスらのところに居たって感じだな」
「転々としてるんだね」
「割とみんなこんな感じかなぁ。
四十過ぎてD~Cランクの冒険者ってのも、別に珍しく無いし」
ただまぁ、非凡にはなれなかったけどな。
俺の話を聞いてヒナは、てくてくと歩いていた足を止め、「そっかぁ~」と安堵の息を漏らした。
「え? ど、どうかしたのか?」
「ううん~。良かったなぁって思って」
「良かった?」
俺が訪ねるとヒナは「うん」と、心底こちらを慮った口調で言った。
「おにいちゃんが冒険者駆け出しの頃から、ず~~~~~っと一緒に居た人たちに、そんな酷い裏切りをされたのかと思って、心配してたんだぁ」
「ヒナ……」
「長い長い年月をかけて信頼してた人たちにそんな扱い受けたんだったら、流石に……ね」
「……ありがとうな、ヒナ」
優しく微笑むヒナは、本当に可愛らしく映った。
慈愛に満ちた瞳は、本当に天使みたいで――――
「お、おっと……、天使は誉め言葉じゃないんだっけな」
「ん? そうだよ?」
「じゃあその……、ヒナは邪神みたいだな」
「うん! ありがとうおにいちゃん!」
心温まる話の締めとしては、けっこう最悪な部類の言葉な気がする。
けどまぁ……、ヒナが笑顔なら、それで良いか。
そうこうしているうちに、クエストギルドが見えてきた。
俺はそこに入りながら、彼女に礼を言う。
「心配してくれてありがとうな。俺もお前らの事、大事にできるように頑張るよ」
「うん! 便利に使って――――は、ダメなんだっけ」
いけないいけないと両手で口をふさぐヒナ。
仕草がとても可愛らしい。魔剣という邪悪な単語からは想像もつかないくらいだ。
そんな彼女の笑みに、俺もどこか心が浮ついてしまう。でも仕方ないよな、こんなに可愛らしいんだから。
「そうだおにいちゃん。私の方から教えておかなきゃいけないことがあったの」
「ん? なんだヒナ?」
ほどなくして。
受け取りの書類を記入し終えた先の待合室にて、ヒナは小さな声でそう言った。
周囲には聞こえないようにこっそりということは、もしかしたら俺の『剣』に関することかもしれない。
待合室はがやがやしているからそこまで声を潜めなくても大丈夫だとは思うが……、念のため小声にしておくか。
「おにいちゃんの疑似魔剣についてなんだけどね。おにいちゃんの魔力を流せば、私たちの魔力残量が分かるようになってるから」
「お、そうなのか。えーと……、さすがにここで試すわけにはいかないか」
「そだね。ちょっとだけ光っちゃうかもだから」
「じゃあ帰ったら試してみるとするか。しかし便利だなぁ」
「うん! ヒナ便利だよ!」
「声が大きいですよヒナちゃん……」
「あっ、ごめんなさい……。
う~ん、おにいちゃんに『便利』って褒められると、どうしてもテンション上がっちゃうよぉ……」
「背徳的だな……」
捉えようによっては、俺が超鬼畜な人間だと思われる。
幼女に対して『便利』って、性的な意味でなくともヤバい意味っぽいし。
「あとはこう……、魔力を受け渡すやり方さえどうにかなればな……」
三人娘の身体的に大丈夫なんだろうけど、一応衛生的なところにも気を付けたいしな。そして何より絵面がヤバい。こっちは間違いなく、性的な意味でヤバい。
「ううん……、そこはどうしようもないかも。もしかしたらこの先、おにいちゃん自身の手で改良していけるかもしれないけど」
「なるほどな。それも、時間あるときに試していくしかないか……」
「うん。ヒナも付き合うよ」
にこっと微笑みかけてくれるヒナ。
小声なせいか、普段よりもかなり距離が近くて、眼鏡の奥の柔らかな瞳がよく見える。……かわいい。
「ヒナはかわいいなぁ」
「えへへ。ありがとうおにいちゃん」
「うふふ♪」
いかんな。自分でキモいと分かっていても、自然と笑みがこぼれ出てしまう。
あー幸せだ。こんな子から懐かれる人生、最高だろ。
「これからもいっぱい頂戴ね、おにいちゃん」
「あぁ。いっぱい注ぎ込んでやるからな♪」
にこにこにこにこ。
なでなでなでなで。
笑顔で見つめ合い、俺は小さな頭を撫で続ける。
ごろごろと猫のように甘えてくるヒナに、俺はもう夢中――――
「――――はっ!?」
ふと。
我に返り。
あたりを見回す。
「――――しまっ、」
俺たちに突き刺さる、周囲からの、視線、視線、視線。
みな一様に怪訝な目つきをして、遠巻きに俺たちを、というか主に俺を眺めていた。
「は、はは……、いや、あの……」
嫉妬してるわけでは……ナイですよね? その、アレですよね?
うん。たぶんソレですね。
危険人物扱いですよね……?
「すみませんドリー・イコンさん」
「ひゃ、ひゃいッ!?」
ポンと肩を叩かれた。
そこにはギルドの管理者たる、お偉いさんが護衛を何人かつけて立っている。
「少しだけ――――奥でお話いいですか?」
「…………………………チガウンデス」
その後。
何とか釈明をし、なんとか檻の中に入れられるのだけは免れた。
でもよく受付をしてくれるお姉さんには距離を取られることになりましたとさ。
たしかに気を抜いた俺が全面的に悪い!
でもコレ……、避けようがなくないです……?
「やってまいりましたわ! わたくしの番ですわねッ!」
「はい、ルーチェ様の番ですね……」
良く晴れた空の下。
俺とルーチェは現在、街の外。郊外の丘へと向かっていた。
あぁチクショウ! わかっていたさ! 三人娘だってなァ! 何かが起こるターンは、まだ終了してないってなァ!
「今日は何が起こるのやら……」
「あら旦那様ったら、心外ですわねぇ。わたくしが何か問題を起こすように見えまして?」
「外見だけなら見えないんだけどね……」
そして、それはヒナも一緒だったんだけどな。
迂闊だった……。
一番ニンゲンの常識を理解しているであろうヒナですら、俺がロリコン認定を受けるという羽目になったのだ。いやこの間は、最後の最後に気を抜いた俺も悪いんだけども。
ベルのときもそうだったけれど……、ルーチェを連れまわして、俺が無事に済むわけはない。
「というわけで、今日は慎重に行くぞ。ロリコン、良くない、絶対」
「ロリコンは良くないものなんですの?」
「絶対的に悪いというわけではないんだが……、世間的にはあまりよくないとされている……」
この説明も二度目である。
一部の王族とかなら、一桁年齢を嫁に貰っても許されるとかあるんだろうけど……。
何の立場でも無い、甲斐性なしのオッサンがハマって許される沼ではないのだ。
「しかしヒナもそうだったけどさルーチェ」
「なんですの?」
「二人ともニンゲン生活圏の外側から来てるのに、どこか育ちが良さそうだよな? どうしてだ?」
ベルは野性味あふれるドラゴンだから良いとして……。ヒナとルーチェは、性格だけ見たら割と丁寧な気がする。
俺の疑問に対して、ルーチェは「そうですわね……」と答える。
「ヒナの場合は、想像に難しくないですわよ?
彼女――――魔剣ヴァルヒナクトは……、魔界に伝わる由緒正しき魔剣の一つですから」
「ま、魔界だって……? そんなの、神話学くらいでしか聞いたことないぞ?」
しかも遥か昔の、神代の単語だ。
あるのかどうかすらも怪しい異界。そんなものが、本当に在るってことなのか?
「魔界も異界も冥界も天界も、全ては『ソコ』にありますわ。ただ、こちら側の世界と繋がっていないだけ……。
まぁ旦那様は、正確に知らない方が良いかもしれませんわね。変なコトに巻き込まれそうですし」
「絶賛変な奴らには囲まれている最中だがそれはさておき……。そっかぁ、そんな『良いところの出(?)』なんだな、ヒナは」
「ですわねぇ。
天界で鍛造された至高の剣――――の、対極として生み出されたのが、魔剣・ヴァルヒナクトだと。そうわたくしの知識にはありますわ」
言って、さらりとツインテールをかき上げるルーチェ。
そういう知識を有しているということは、こいつもこいつで、『魔法』の何かと繋がっているってことか。
「成程なぁ……」
「魔族の上位種は、こちらの王族や貴族たちと同じような階級の扱いを受けていますの。程度の違いはあれ、そういう育ちをしてきた者たちと共に在った魔剣ですから……」
「ちょっと良いところのお嬢さんっぽくなると」
「そんなところですわ」
ふむ、思いもよらぬところからヒナの情報を知ってしまった。
そんなすごい魔剣だったとは。というかそんな超常的なものが存在していたとは……いやはや。世界って広いぜ。
「で、ルーチェは?」
「わたくしですの?」
「そ。ルーチェもなんかその……、高貴な魔法、とかなのか?」
いやまぁ、自分で言ってて意味わからんが。
魔法に高貴も何も無いだろうよ。
それとも、王族が放った魔法だと高貴さを纏っている――――とか、そういうのあるのだろうか。
俺の質問に、ルーチェは「そうですわねぇ」と応える。
「わたくしはただの上位魔法ですわよ」
「ただの上位魔法」
すげぇワードが飛び出したもんだ。
しかし上位魔法かぁ。
そもそもの話。上位魔法を撃てる奴なんて、こんな片田舎の地域だと一人も居ないんじゃないか?
「そうなんですの?」
「そうだと思うなぁ……。
上位魔法・ルーチェリエルなんて、ゴールドプレートの冒険者くらいしか使えないだろうし」
このナグウェア地方は、世界的に見たらまだ平和な方だ。
ダンジョンランクも高いのが発生しにくいため、強い冒険者もあまり集まってこない。
もしかしたらルーチェは、もっと遠い場所。というか、もっと激戦区で放たれた魔法なのかもしれない。
「なるほど。そうかもしれませんわねぇ」
「風に乗ってたどり着いた魔力の残滓ってことなら、それもあり得るかもな」
まぁ出現場所はどこでもいいんだけど。
それりも気になっているのは、ルーチェの『お嬢様属性』の方である。
俺の疑問に対して、ルーチェは「なるほどですわね!」と、元気に笑った。
「わたくしを放った方が、王族だった――――気がしますのよ!」
「放った方……? あぁつまり、術者自身ってことか」
「そうですわ。まぁ、おそらくですけれど」
上位魔法・ルーチェリエルを放った奴が、高貴な人物である、と。
「なるほど? じゃあルーチェは、その術者本人の、ニュアンスめいたものが入っているからお嬢様っぽくなっているってことか」
「いえ違いますわ」
「違うんかい!」
じゃあ今のくだり何だったんだよ!
王族とか高貴とか、関係ないじゃん!
「わたくしは……その術者の方の生活がとても気に入っておりましたの。憧れを抱いておりますのよ。だからそうなりたいがために、全力で真似ているのですわ!」
「な……、なるほど?」
そういうことか。
どおりで、『お嬢様』と『根性』が結びつかないワケだ。
「ちなみにその術者さんは、日ごろから根性根性言ってるわけでは……、」
「ありませんわよ。当たり前でしょう旦那様。育ちの良い魔法使いが、根性で全てを解決するわけはありませんわ?」
「理不尽だろこの答え」
じゃあお前の根性論は、いったいどこから来てるんだよ。
「そんなもの決まってますわよ」
「うん?」
俺が首を傾げると、彼女は口元をにこりとたわませ、これまでにない緩やかな笑顔で答えた。
「わたくしが会った貴方様が、根性を出していたから」
「は?」
「まだ、人格すらも出来上がってないときに、わたくしは見てしまったんですの。貴方様――――ドリー・イコン様の、根性で頑張る雄姿を」
「うお……。
そ、そう……だった、のか……」
俺が誰かに影響を与えてたってことか……。
人ひとりの人生(魔法だけど)を左右するような影響を、俺が。
「な、なんだか照れくさい……なぁオイ」
「もっと自信をもってくださいませ旦那様! わたくし、あの姿に感動して根性が好きになったのですから!」
「は、はっはっは! そうかそうか! 俺、自身持っちゃっていいのかァ!」
「そうですわよ! お~っほっほっほッ!」
傍から見るとめっちゃ騒がしい二人だっただろうな。
うん、反省だ。
「ちなみに、俺のどんな『根性』シーンを見たんだ?」
まぁ俺も? 頑張っちゃうときはあるからなぁ。
追放されてしまったレオスパーティに在籍していたときも、そこそこみんなのために奔走していた気はする。
めっちゃ良い汗かいていた日々も、あるにはあるのだ。
「いや、でも……、あれ?」
たしか。前に聞いたルーチェの話だと、彼女を助けた(誤認)のは、街中での俺だったっぽいんだよなぁ。
街中で根性出すこととか、あるかぁ?
俺がそんなふうに疑問を浮かべていると、ルーチェは顎に手を当てたまま優雅に答えた。
「えぇ。素敵な雄姿でしたわよ! あの……、回復アイテムを値切る姿は!」
「値切りのときの姿を見られてたの!?」
「懐かしいですわね! 丁度このあたりの店でしたわ!」
「いやいや、どんなシーンから影響受けてんだお前!」
「あのときの『あと1シーシ! いや、100ラミナで良いから! 頼む!』と店主に食い下がっていたあの雄姿……、思い出されますわね……」
「いやいやそれ雄姿って言わないから! 俺にとっては忘れたい過去だし!」
よくもまぁそんなところをリスペクトしやがったな。
きらりと光る凛々しい目は、まったく迷いが無さすぎた。
そんな目で見られると、否定的な雰囲気に持っていきづらいじゃねぇかよッ!
「はぁ……。『魔法』に影響与えるとか……。人生何が起こるか分かんねぇもんだな」
ため息をつきつつ、俺は再び空を見上げる。
うん、よく晴れてやがる。それなのに俺の顔は曇っていくのは何でだろうね……。
「まぁいい。切り替えていこう。切り替えが大事」
「お、根性のお話ですわね?」
「違う! ……とは言い切れないのがまたなんとも」
こいつらと過ごしてみて分かったのが。
理不尽とか超展開が起こったとしても、気持ちを切り替えなければやっていけないということだ。
そのためにも、今日の『目標』を思い出さないとな。
「目標……。クエストですわね!」
「だな」
俺が追放されたダンジョンから帰ってきて、丸四日が経過した。
絶対四日間の密度ではないとは思うが、それはさておき。
資金的には問題はない。しかしながら……、どうも三人娘の魔力が、やや足りなくなってきたみたいだった。
先日ヒナから教えてもらった『剣での確認』も試してみたから、間違いはないと思われる。
「ただ、あのときみたいに、底を尽いてるってわけではないんだよな?」
「えぇ。元気満々ですわよ!
ただそうですわねぇ……。ニンゲンでいうところの、昨日何も食べてないくらいの感覚にはなってきているかと」
「なるほどな。
まぁタイミング良かったよ。お前らのプレート、受け取った後だったからさ」
「ですわね」
ルーチェの服の内側には。
燦然と輝く――――プラチナプレートが下げられている。
ベルもヒナも当たり前のように最高ランクだった。……いやいや、怖いよお前ら。
受け取った直後に、受付の人が「ちょっと問題になりそうですから」と、すぐに俺たちをギルドの奥に連れて行ってくれたのがとてもありがたかった。
まぁあのままだったら、絶対変な輩に目をつけられるだろうからな。
その姿が幼女であれば尚更。
「きらきらしていて綺麗ですわよね」
「プラチナプレートを持った感想がそれかい」
世界に十人くらいしか居ないプラチナプレート。それが一気に三人も増えてしまった……。
「ギルドの人が図らってくれなかったら、今頃どうなってたんだろうな……」
そう思うと九死に一生だった気がしないでもない。
ともかく。
「そろそろ戦闘区域に入るぞ」
「そのようですわね?」
心地よい風を切り、彼女と共に草原を歩く。
実は、こうしてルーチェだけ町の外――――つまりはクエストに赴いているのには、もう一つわけがあるのだ。
先ほどの理由である、魔力補給とはまた違った理由。
それは……、ルーチェの興味を知るためである。
あれから、ヒナ・ベル・ルーチェの三人とは四六時中一緒にいたわけで。
彼女らの好きな物とか、興味を示すものがぼんやりだが分かってきた。
ヒナはどうやら本や活字が好きみたいだ。
魔剣の状態では読めなかったからということらしい。
ベルは飯。
色々な食べ物に興味を示していた。
そしてルーチェは――――
「武器……とは、意外だったなぁ」
「お~っほっほっほっ! 色々と持ってきましたわよ!」
安いものだがとにかく大量だ。
大きいものはハンマーから、小さい物は投げナイフまで。
とりあえず二人で持ち運べるくらいの量を持ってきて、低級ランクのクエストに乗り込んでみた。
これも、実は受付のお姉さんの計らいだ。
目を丸くしつつも、何とか俺たちを低級クエストに通してくれた。
……普通だったらギルド長とかに連絡して、もっと上の方に報告とかされた挙句、大事に発展しそうだ。お姉さん、お心遣いマジ感謝。
「それで旦那様。この丘って、どういった場所なんですの?」
「そうだな……。低級だけど一般人が倒せないくらいのモンスターが、とにかく次々と湧いてくることで有名な場所なんだよ。クエストギルドの紹介欄から、この依頼項目が消えたことは無いくらいには、日夜モンスターが蔓延っている丘だな」
「あぁ、そういうのが溜まりやすい場所ってことですのね」
「分かるのか?」
「どこにでもそういった場所はあると、わたくしの知識にはありましてよ」
「なるほど……。
それも魔法と繋がってるから分かるのか?」
「根性……と言いたいところですけれど、まぁそうなんでしょうねぇ」
ぶっちゃけわたくしも分かっておりませんわと、ルーチェは可愛らしくつぶやいた。
「なんだそりゃ」
「まぁともかく。冒険者にとっては良い環境であることには間違いありませんわよね。
そこまで大きなリスクも無く、戦闘経験が詰める。わたくしたちのように、こうして実験も行える。良い場所ですわ」
頷いて。
彼女は一つ目の武器を取る。
ずしりとした木の棒の先に、これまた木を切りだした槌部分がついている。
パワータイプの戦士が持つ武器。
ウッドハンマーだ。
「一応大丈夫だと思うけど、気をつけてな~」
「お任せあれ! ですわっ! お~っほっほっほっほッ!」
(ルーチェの力が)危険なので、距離を取って見守る俺。
彼女の高笑いが目印となったのか。がさりと草陰からモンスターが飛び出した。
「それじゃあ……、いきますわよッ!」
ルーチェは自分の身長ほどもあるハンマーを手に持ち、湧いて出たスライムへと攻撃を仕掛けた。
お嬢様ドレスにハンマーというミスマッチさが、ルーチェに何故だか異様にマッチしている。おそらく根性キャラであるという性質のせいだ。むしろお嬢様ドレスのほうが間違っている気がしてならない。
「はぁああっ!」
俺のそんな(失礼な)考えを他所に。
勢いよく振り下ろされたハンマーは、思いっきりスライムへとぶち当たる……!
――――かと思われたが、その手前の地面を大きく抉り取る結果となった。
「お……、」
スライムは「…………」という息が漏れたかと錯覚するように沈黙。ルーチェも「?」と不思議そうな顔をしている。
「外しましたわね……。ん? あ、あれ? ハンマー、抜けない、ですわ?」
「お、おいルーチェ……」
大丈夫かと声をかけようかと思った矢先だった。
引き抜こうと力を入れた瞬間、ハンマーの柄は粉々に砕け散った。
「ですわ!?」
突き刺さったままのヘッド部分を見て驚愕するルーチェ。その隙を――――スライムは逃さなかった。
軟体型モンスターは小さな体でルーチェへと体当たりを仕掛けていった。
「ふん、そんな攻撃――――んぇ!?」
「ル、ルーチェ!?」
がくりと、膝が抜けるようにして倒れこむルーチェ。
そしてぬとぬとした液体状になったスライムは、彼女の身体にべっとりと、どこかいやらしくまとわりついていた。
「い、いやぁぁぁッ!? わたくしの、カラダがぁ……!」
「お、おいルーチェ、大丈夫か!?」
遠くに離れていたのがまずかったか。
駆け付けながらもルーチェの状態を見るが……、おう、これは酷い……。
「んぁっ……、そ、そこ……、だめ、ぇ……。入って、きちゃ……、ダメです……わぁ……?」
「口かな!? 口の中の話だよね!? そりゃあ大変だねルーチェ!!!!!!」
窒息しちゃうもんね! うん、そりゃあそんなトコロに入ったら大変だね! ばっちいしね!
走りながら俺は剣を抜く。
……ちょっととある事情で走りにくい気がするが、そんな場合ではないですね。はい。
「おへぇ……、しゅ、しゅごいの、きちゃいましゅ……わぁ……」
「そ、そう! しゅごい攻撃だったね! こいつは大変だ! うん!」
なんか幼女がしてちゃいけない表情を見せているが、それだけスライムの攻撃の威力が高かったということだろう! そうだ! そうに違いない!
今日の俺のモノローグ、エクスクラメーションマーク多いね! でも仕方ないよね! 色々と自分の言葉を肯定していかなきゃいけないからね!!!!!!
「うぉぉ! このわるいスライムめぇぇぇッ!」
テンションに任せて振りかぶり――――えいっとスライムの核を、軽く剣で潰す。
するとルーチェを覆っていた半透明の液体は、静かに消滅していいった。……あ、剣に一応魔力が入った。
「へっ、へっ……。だん、にゃ、しゃまぁ……」
「うおっ!? お、お前、なんつー姿を……!」
スライムから解放されたルーチェは、洞窟内のときのように全裸に近い半裸だった。
大事なところがかろうじて隠れているだけで、ここがこれまでと同じように街中であったならば、俺は確実に取り押さえられていただろう。そんな顔と服装である。
「もしかして……、魔力が切れたのか!?」
「みたい……、で、すわ、ぁ、ぁ……」
くてっと目を回しながら、その場に昏倒する半裸お嬢様幼女。
もしかして……、さっきハンマーの柄を握りつぶしたときに、全部の力使っちまったのか!?
「さ、さっきのスライム分の魔力を……!」
慌てて俺が剣を差し出すと、横たわったまま彼女は、舌先で先っぽをちろちろと舐めはじめた。
「んちゅ……、ぷぁ……。旦那しゃまの……、おいしい、ですわね……」
「誤解を招くような行為をさせているところ非常に申し訳ないんだが、誤解を招くような言い方は止せ……!」
人がいなくて良かったよ!
そして今回の俺、一番疲れている。いやまぁ、街中で日常会話をしていることで全力疾走イベントが発生するほうが、本来ならおかしいんだよな……。
「あへぇ……、だ、旦那しゃまぁ~……」
こうして俺は今日も疲れ果て、げんなりした顔で空を見上げるのだった。
今日はロリコン認定されなかっただけマシ――――なワケねえだろ!
……あ、結局三人分の魔力は回収できなかったので。
次回、ダンジョン編です。
はてさて。
そんなワケで――――ここからは久々に、本格的なダンジョン探索である。
「……うし、行くかぁ~」
朝五時。
朝もやの中、眠たい目をこすりつつも探索準備を終え、俺たちはクエストギルドへと向かった。
前々から目をつけていた、短時間で終わるダンジョン探索。
それに挑んでみようと思う次第だ。
「ただその分……、ランクは高いんだよなぁ」
ランクは。俺も十五年ぶりとなるAである。
若いころに一度だけ、体験として連れて行ってもらったきりだ。しかも最後まではお供していない。
「つまり未知のゾーンなワケだが……」
「大丈夫でしてよ、旦那様」
「おにいちゃんのことは私たちが守るよ」
「大暴れ! 楽しみだなー!」
……プラチナクラスが三名もいるのだ。頼もしいですよね。
まぁ、罠解除やフロアのマッピング、危機察知なんかは俺がやるので、たぶんゆっくり進めば問題ないだろう。
「ゆっくりでも大丈夫なの? 出来れば一日で終えたいんだよね?」
ヒナからの言葉に俺は「あぁ」と頷いて答える。
「このダンジョン、出てくるモンスターが上級なだけで、フロア自体は狭いし、地下三階までしか無いらしいんだよ」
だからモンスターさえサクサク倒せれば、五時間もかからないのではなかろうか。……まぁ勿論、そのモンスター討伐が大変なのだが。
「昨日ルーチェとクエストから帰ってきて、改めて剣を確認したんだけどさ。思った以上に魔力が減ってるんだな」
昨日までは六十パーセントくらいは残っていたのだが、夜帰ると三十パーセントを切っていた。
これは流石に減りが早いと思い、明日にでもクエストに行かなければと思った次第だ。
そんな折。
先日三人娘の件で図らってくれた受付のお姉さんが、交換条件をお願いしてきたのだ。
なんでも、ダンジョンの調査隊の報告で、異常なランクを示した場所があると。
話を聞いてみると、ナグウェア地方では珍しい、Aランク相当のダンジョンなのだという。
確かにそんなところへ行かせられるのは、プラチナランクを三人も引き連れている俺のパーティくらいのものだろう――――ということで、理外も一致しこのダンジョンにやってきたのだ。
勿論、栄養補給のことは伏せているけど。
「う~ん。だけど私たちも気づかなかったなあ、魔力切れ。
もうちょっとこの環境に慣れないとだめだね……」
「そうかもしれませんわね」
「むずかしいぞ」
ちょっとだけややこしい話なのだが。
どうやら魔力が必要なこの三人娘。上級の魔力であればあるほど、長持ちするらしい。
この間まで居たダンジョンのモンスターらがC~Bランク。そいつらを大量に倒したとしても、そこまで長くはもたないと。
「人間種で例えると、一食をちょっと多めに食べ過ぎた、くらいかなぁ?」
「なるほど……。確かにそれじゃあ、二日は持たないな」
けれどAランク以上となってくると、一週間以上はもつらしい。
コレは量ではなく、質なのだとか。
「食べ物の例えから外れてしまいますけれど……、これまでのBランクモンスターを『野宿』だとしたら、Aランクモンスターは『暖炉のある温かい寝室』くらいの違いがありますの」
「だから質の良い魔力を取り込めば、お腹もすかないし、ある程度自分で回復・吸収もできるようになるんだよ」
「そういうもんなのか……」
BランクとAランクのモンスター。その間には、めちゃくちゃ差がある。
そしてこれは、ダンジョン探索にも言えることなのだ。
E~Dは駆け出しで、Cランク~B+ランクくらいまでが、一般~やや強いくらいの冒険者ラインとされている。
だがB+よりも上のランク。――――つまりはAランク以上となると、難易度が跳ねあがる。
「人によっては、Bランクの倍に上がると言うやつもいるくらいでなぁ。
それくらい、AランクとA以下のランクには、明確な差があるんだよ」
今思えば……、ユミナはもうちょっと上のランクでもおかしくないなぁ。
俺がそこまで説明すると、ベルがふぅんと頷いた。
「なるほどな? Bランクがゴシュジン一人分だとしたら、Aランクはゴシュジン三人分くらいかもしれないのか。二人分じゃなくて」
「おにいちゃん一人分がBランクだとして、お兄ちゃんの手が二本追加される……くらいでは収まらないってことだね」
「旦那様の体積が三倍くらいになる……くらいの感覚な可能性もありますわね」
「うん……。余計わかりにくくなるから、俺で例えるのはやめようか……」
例えたほうが分かりやすいときもあるけれど。
これ、絶対分かりにくいわ。
そして……あれ以来変化の無い、俺のプレートのランクも、今どうなってるのか不明なままだからな。余計分かりにくいことになる。
「まぁとにかくまとめると、だ。
お前らの魔力を潤沢に回すには、Aランク以上のモンスターから魔力を吸収するのが、一番効率が良いってことだな」
「そういうことですわね!」
元気に答える三人に対して、俺もよしと改めて気合いを入れなおす。
戦力の部分としては問題ないが――――それ以外の部分は、俺の出来にかかっている。
こいつらを上手く指揮できるか。それに尽きる。
「行こう。いざ、A級ダンジョンへ!」
さてさて。このダンジョンで、何が待ち受けているのやら。
未知のランクに不安を感じつつも……、俺は三人の強さを再び目にできるということに、期待を膨らませていた。
――――喉が、かわいていた。
ダンジョンの天井から垂れてくる僅かな水音に、やや意識を持って行かれそうになる。
いく度の緊張を超え、ひりつく空気を引きずり、それでも颯爽と私は歩き続けていた。
颯爽とというよりも、毅然……と見せかけた態度で、と言う方が正しいか。
私、ユミナ・クライズム含むレオスパーティは。蓄積された疲労により、もう必要最低限の会話しか行えていなかった。
「……レオス、この先はまたトラップの山のようだ。迂回しよう」
「あ、…………あぁ」
答える口調に覇気はない。
薄光するダンジョンの壁に身を預け、レオス含む四人のパーティメンバーは、ため息と共に腰を下ろした。
現在ダンジョンの八階層目。
確実に進んではいる。が、休憩を挟むのも多くなってきていた。
無理もない。最長で四日ほどだと思っていた道程だが、五日目を迎えた今、まだ終わりは見えて来ないのだ。精神的にも参ってきているだろう。
二週間以上かかるようなクエストを体験している者もいないらしいし。仕方がないともいえる。
私も一息つき、魔物除けを設置しつつ休憩に入ることにした。
「……ふぅ」
持参した携帯食料も、残りわずかだ。魔物除けはまだもつが……、このペースだと、最終階層へたどり着くのも、ギリギリとなってしまうだろう。
Bランクに上がったときに受けた師匠からの教えでは。Cランク以下とクエストに赴くさいは、多めに魔物除けを持って行った方がいいとのことだった。
――――なるほど。確かに。
肉体的疲労もそうだが……、精神的疲労。それが大きい。
まともな食事を何日も取れていない状況。
しっかりと身体を清められない日々も続く。
極度の緊張の中、先の見えない道を歩く。それも未知の強さを持つモンスターが出現する可能性がある道を、だ。
ダンジョン内は閉鎖的で、どこまでいっても同じような景色。
それに慣れてきている者ならばいいが……、彼らは背伸びをしてここに来ている。
モンスターの強さだけなら、私が力になってやれる。
しかし、それ以外の……、指揮の部分となると、難しい。
それにはリーダーによる統率力が必要となってくるが……。
「レオス、大丈夫か?」
「あ、あぁ……。だい、大丈夫……だ。休んだら、すぐに立ち上がる」
「いや、すでに魔物除けは張ってある。このまま六時間、しっかりと休憩をとろう――――」
出来るだけ刺激しないよう声をかけたが、レオスは私の言葉を遮り、怒号を飛ばしてきた。
「はぁ!? てめぇ、何を勝手なことをしてンだよッ!? リ、リーダーに断りもなく、休憩の指示を出してんじゃねぇ……!!」
「いやしかし、現にきみも……、」
「オレは少し座ってただけだッ!
……チッ、無駄に魔物除けを使いやがってッ!」
「……すまない」
乱雑に私から手を離し、彼はそのまま横になってしまった。
遠巻きに見ていた三人も、こちらを一瞥し……、再びがくりと項垂れる。
「私も……、休むか」
ダンジョンに入る前は、まだ些かまともな性格だったような気もするが。
Bランクの私を仲間に入れるために猫をかぶっていたのか、それとも追い詰められて、負の部分が色濃く出てしまったのか。
何にせよ――――体力以上に、精神的な部分が危険だ。
「なんとか……、踏ん張るしかないか」
鎧を軽くほどき、私も横になる。
普段はぜんぜん気にならないのに。
今だけは何故か、朝日が恋しいと思った。
「ついたねおにいちゃん」
「だな。ここが今回の、クエスト場所だ」
街で受付してから二時間。
俺たちはハマンマ洞窟へと到着した。
「あのバシャっていうの、遅かったな。
ベルならもうちょっと速く着けたぞ」
「あぁ……、お前らはもっと速く移動できそうだよな……」
俺がついていけないからなぁ。どうしても従来通りの、馬車や徒歩での移動となってしまう。
「抱えてもらうわけにもいかないしなぁ」
まぁ俺一人くらいなら抱えられるんだろうけれども。
体格差がありすぎるから、たぶん抱えられてる俺の方が耐えられない。
「ならゴシュジン、ベルの背中に乗るといいぞ!」
「お前の背中に……?」
「あぁなるほどですわね。
あなたの背中なら、全員乗ることが出来ますわ」
それはつまり……、ドラゴン形態ってことか?
「ベルはそこそこ大きな魔竜だからな! 三人分くらいなら乗せられるぞ!」
「そのサイズはそこそことは言わないのでは……」
以前言っていたのは、五メートルほどダンジョンの通路より、余裕で大きいのだったか。
それはもう、巨大生物の域なんだよな……。
背中に乗って移動しているというよりは、巣に連れて行かれる哀れな人間って絵面になりそうだ。あぁでも、サイズは調整きくんだっけ?
「ま、まぁともかく……。移動手段はまた今度考えよう」
何にせよ……、ダンジョンだ。
やや賑やかな空気になってしまったけれど、今から挑むのはAランクのダンジョン。モンスターとはやり合える戦力を有してはいる――――かもしれないが、それ以外の部分で何が起こるか分からない。
「トラップとか、どういう類のものがあるか分からないからなぁ」
俺がそうつぶやくと、ヒナが「はい」と手を挙げて質問してきた。
「おにいちゃん。どうして自然発生なはずのダンジョンに、そんな人為的な仕掛けが生まれるの?」
「あぁそうか。そこの説明が必要かもな」
俺は一呼吸おいて説明を開始する。
「俺らが潜ってるダンジョンってのは、半分自然発生、半分人為的なものだからだ」
「そうなの……? じゃあ誰かが発生させてるってこと?」
「まぁ誰かというより、すでに滅んでしまっている魔王の魔力――――の残り香だな」
「残り香」
そう。
三百年前に倒された魔王だったが、死に際、世界中に魔力を振りまいて逝ったらしい。
世界中に散った魔力は、当時の魔王城や、魔王に付き従っていた数多のモンスターを再現する、半人工的な建造物となり土地に顕現した。
「ニンゲンはそれを『ダンジョン』って呼称してるんだ。
まぁ……ありがたいことに。それを使って商売させてもらってるのが、冒険者なんだけど」
「なるほどぉ。ニンゲンのダンジョン文化って、そうやって生まれたんだぁ」
「魔王なー……。ハナシには聞いたことあったけど、アイツ死んじゃってたんだなぁ」
「意思を持った魔法とか、よく分からない話ですわね」
「非常識なお話もあったもんだねぇ」
非常識代表たちが何か言っている。
まぁともかく。
「この間俺を連れ出してくれたダンジョンを例に挙げると……。
中で発生していたモンスターたちは、魔王の息のかかっていたモンスターたちの再現体。途中にあったトラップなんかも、当時の魔王城及び、魔王の思考回路の一端を切り取って疑似再現されたであろう物体。……って感じらしい」
仕掛け弓矢なんかがそれの最たるもので。
あんなもの、自然物ではあり得ない。が、しっかりと弓矢として設置されている。
「たしか本来の魔王城に設置されてた弓矢は、炎属性纏ってたり、毒が塗られてたり、透明状態だったりとか、更に悪質なものだったとも聞く。上級ダンジョンには、そういったものも発生しているらしいから、今から潜る場所にもあるかもしれないな」
「注意しないとだね!」
「うん。警戒してくれると助かる」
若干話が逸れたけど。
そんなワケでダンジョン内には、そういった半人為的なものが設置されては作動・消失・また再生……と、そんなサイクルが巡っている。
ダンジョンに『呼吸』なんて現象があるのもそのせいだ。
「まぁ大抵のトラップが、高濃度の魔力を帯びているからさ。魔力感知が使えれば、そこに罠があるってことには気づけるんだ」
中には巧妙に隠されているものもあるし、高ランクのトラップなどは、俺なんかでは到底解除できないけども。
「だからこそ、上級ダンジョンに入るときは、相応のアイテムが必要になってくるわけだな」
「個人では賄いきれない事態も多いから、ということですわね?」
「その通りだ」
「だからゴシュジンは、いっぱい高いアイテム買ってたんだな!」
「その通りだ!」
……うん。何で上級者向けのアイテムって、あんなに高いんだろうね。
正直今回のクエストの準備だけで、これまでため込んだ金の三分の二が消し飛びました。
「万が一ってこともあるし、命には代えられないから仕方ないけどな……」
「そうなんだねえ」
「何が起こるか分からないしさ。
今は俺だけじゃなくて、ヒナたちも守らないといけないからな」
こいつらも万能に見えて、出来ないことはあるだろう。
それに状況判断が出来ないときは、俺がアイテムを使って乗り切る場面も出てくるかもしれないし。
そうなったときのため、備えは必要なのだ。
「守ってもらう……。うん、そうだね」
「どうかしたか?」
俺の言葉にヒナは、「ううん」と首を振る。
その後「ありがとうおにいちゃん」と頷いた。
心配し過ぎかな? むしろ、心配しすぎたからこその、動揺だったのかもしれない。
もうちょっと信頼しているよな言葉をかければよかったかなぁ。う~ん……、年頃の娘さんは難しいですなぁ。
「ねぇねぇそれでおにいちゃん」
くいくいと袖を引っ張るヒナに、俺は首を向ける。
「ん? 何だ?」
「クエストって、どうやれば終わりなの?」
「………………オゥ」
そういえばそうでした。
実は我ら。
まだ一度も綺麗に、ダンジョンのクエストを終えたこと、無かったんでしたね。
今回のダンジョン内はあまり外と変わらず、特に防寒や防暑も必要ないくらいだった。
中は明るく、王様たちが住む城のようになっているため、ところどころに大きな燭台が取り付けられている。そのため、こちらで灯りを点ける必要はなさそうだった。
「これ、お城ってやつだよねおにいちゃん?」
「だな……。まぁ、ダンジョンにはこういった場所を模してくる側面もあるんだよ」
元・魔王城の一部というわけでもないらしい。過去には、街中を模したフィールドもあったしくらいだ。
つくづくダンジョンってやつは、不思議な場所だと思う。
「見かけによらず、異常に寒かったり暑かったりすることもあるんだが、この場所は大丈夫そうだな」
「大丈夫だよおにいちゃん! 私たちは概念だから、気候の変化にはほとんど左右されないよ!」
「それもそれでスゲー話だな……」
羨ましいよりも先に、とんでもねぇなという感情が先に来る。
つくづくと言うなら、この三人娘も不思議な奴らである。
「残り魔力もあまりなさそうだし。そういうところに気を張らなくて良いのは、ありがたいことだな」
本来、気温調整にどれくらいの魔力エネルギーを消費するのかは分からないが。無駄な労力はいつだって避けたい。
「ただ……、それ差し引いても。もうそこまで魔力が残ってないっぽいんだよなぁ」
ここまで移動する間にも、残量は減ってきているワケで。
すでに残量は、十パーセント代に入っていた。
俺がそう心配していると、ルーチェが「大丈夫ですわ」と口を開く。
「このフロアから漂ってきているモンスターの香りから見るに……。わたくしたちが全力を出さずとも、楽に討伐できるレベルのモンスターしか生息していないようでしてよ」
「え、ルーチェお前、そういうの分かるのか?」
「まぁ。匂いというか肌感覚というか。お肌の調子で何となくはですけれど」
「さすがは魔法そのものだねルーチェちゃん」
「ふふん。もっと褒めてよろしくてよ? ……まぁ一番敏感なところを外気に触れさせれば、更に制度は上げられるのですが、胸をさらけ出すのはよろしくないんでしたわよね?」
「あぁはい……。ぜひやめてくださいお嬢サマ」
そしてそこが一番敏感なトコロなのね、とは、まぁ流石に言わなかったけれども。
しかしルーチェの魔力感知があれば、俺の感知は必要なさそうだな。
モンスターだけでなく、トラップの位置や種類まで、的確に指摘してくれる。
「しかし……」
……普通(前例がないから普通もクソもないが)「『魔法』に意思が宿った!」って聞いたら、じゃあ職業は魔法使いかな? って思うじゃん。
でもこいつがやってること、斥候と格闘家なんだよな……。いやすっげえありがたいよ!? すげえありがたいんだけど……、何だか腑に落ちない。
「ちなみに前回の失敗を活かして、もう武器は使わないことにしましたわ!」
「致命的に合ってなかったしなァ……」
結局大量に借りて行った武器は、ほとんど振るうことなく返却してしまった。
ルーチェ曰く、「物理の距離感が測れませんわ!」とのことで。あまりにも武器センスがゼロだった。
まぁ……、己の拳で殴るという最大級の武器を有しているので、問題ないとは思うけれども。
「さてそれでいて旦那様。少し気になることがございますわ」
「ん? 何だルーチェ?」
「このダンジョン……。確か旦那様が受付で聞いた情報だと、地下三階程度だという話でしたけれど。どうやら、この先に広間がいくつかあるだけで、下には何もなさそうですのよ」
「うお、マジか……」
というかそんなことまで分かるのか。
敏感な部分をさらけ出してなくとも、十分すぎる成果である。
「ゴシュジン、どういうことだ? イライでは確か、全三階層だってハナシだっただろ?」
疑問と共に見上げてくるベルに、俺は「あぁそれはな」と返し、そのまま説明する。
「依頼内容の差異は、残念ながらゼロではないんだよ。
ダンジョンはあくまで『外』から観測されるもので、調査隊も中までは入らないからな」
外側からの魔力感知、気配察知、構造把握などにより情報を得ているのだと聞く。
まぁ、全十階層が全五十階層だった……とかのレベルでのズレは無いだろうけど、二、三階層のズレならよく聞く話だ。……が。
「ふぅん? なら、あんまり問題ないのか?」
「いや……。説明しといてなんだけど、考えてみればそうとも言い切れないかもな……」
横合いからのベルの言葉に、俺はやや神妙に返す。
階層の増減がある、とかならば。大まかな構造把握にズレはない。想定している種類のダンジョンだから、多少苦労が増えるくらいで済むだろう。
けれど今回は、階下に続くタイプではなく、一階層だけが広く取られているタイプであるとルーチェは言った。その言葉を信じるならば、ダンジョンのタイプ自体が違うということになる。
「そうなると……、何が問題なのおにいちゃん?」
「そうだな。ダンジョンごとに、特に大きな差異はないんだけど……。外からの情報と中からの情報が『大きく』違うってことが、懸念材料かな……」
階層があるタイプと、大部屋一つタイプでは、気を付けなければならないことがけっこう違ってくる。
攻略に必要なアイテムも、使い方を考えなければならないし。
そして何より、ダンジョンタイプの違いによる一番の恐ろしいところは……。
「イレギュラーが起きやすいってことだな」
「イレギュラー?」
「うん。幸い、うちにはルーチェが居るから今は問題なさそうだけど」
例えば。予想してなかった場所にトラップがあったりとか、変なところに通路があって、そこにモンスターが潜んでいたりとか。そういう事例だ。
今の段階では何も言えないが、とにかくイレギュラーが起こりやすい。
そして一つのイレギュラーは、連鎖的に起こっていったりもするし。
なので低級冒険者のうちに中と外の情報が違うということが起こった場合は、即撤退した方が良いという教えがあるくらいだ。
なるほど……。だから俺のパーティに依頼したのか受付のお姉さん。
このイレギュラーさは、秘密裏に処理しなければまずい危険度だ。
「まぁ、広間がいくつかあるタイプなら。むしろド直球に強いモンスターがいる……くらいのイレギュラーだろうから。変な罠とかは気にしないで良いとは思うけどな」
ルーチェは肌感覚で、ここのモンスターくらいなら問題ないと言った。
つまり、イレギュラーで更に強いのが出てきたとしても、三人の力を合わせれば倒せるはずだ。
「なるほどね……。じゃあそれらを倒して、一番奥にある宝箱を取ればクエストクリアなんだね!」
「そういうことだな」
クエストクリアの条件。
それは、ダンジョンを発生・形成させている大元のアイテムを取得すること。
分かりやすく宝箱と説明しているが、部屋自体に設置されているものもあれば、隠されているときもある。
まぁ、クリア目的となるアイテムを取ることによって、ダンジョンは沈静化され、出入口に戻ることが出来るって寸法だ。
「ただココは……、洞窟自体がダンジョン化している場所だからなぁ。帰りも歩いて戻らないといけないかも」
そうなったときには、どのみちダンジョン自体の魔力は切れてるはずだから、モンスターは発生しないと思うけど。
「よし! 難しいハナシは終わったな! よくわからないけどぶっ飛ばしに行くぞ!」
「良く分からなかったのかよ……」
「わたくしは理解しておりますわ! 自在に姿を変え、外からの情報をくらませる……。同じ魔法として、ダンジョンには敬意を表しますわよ!」
「理解の仕方が特殊なんだよな……」
げんなりしていると、ヒナが慌てて「わ、私はしっかり理解したからね、おにいちゃん!」と元気づけてきた。
うう……。しっかり者が一人でもいて、良かったよ……。
入り口から細い通路を抜けた先。俺たちは荘厳な扉の前に立つ。
「入ったときも思ったけど……、上級ダンジョンは、こんなに立派な場所になったりもするんだなぁ」
入り口付近こそ洞窟だったが、途中から王宮の室内みたいな道が続いていた。
今足をつけている場所も、立派な赤い絨毯の上である。まるで王族にでもなった気分で、ダンジョンの床だと分かってはいるけれど、ちょっとテンションが上がる。
「実際コレ。ある程度上質な布なんだよな……」
「じゃあこの布を持って帰ったら、高く売れたりするの?」
「いや、ダンジョンを構成している物質は、ほとんどが外気に触れると消滅するんだ。
持ち帰れるのは一部のアイテムと、時々モンスターを倒したときに残る、体の一部位くらいかなぁ」
「そうなんだぁ。じゃあ、モンスターが外に出ちゃってもすぐ消えちゃう?」
「なかなかそんなイレギュラーは起こらないみたいだけど……、過去に何件かあったらしいな」
そのときの報告では、モンスターは普通に動き回っていたそうだ。
まぁ魔物自体は野良のものもいたりするから、もしも混ざってしまってもなぁなぁになるのかもしれないけど。
「何にせよ生態系は不明だな」
ダンジョン自体の解析は進んでいるみたいだが、未だに不明瞭なことも多い。
城っぽいダンジョンでも何パターンかあるらしいから、魔王城を模したものというわけでもなさそうだし。
まぁ尤も、魔王城自体は滅んでしまっているからこそ、不明瞭なままなんだろうけど。
「とりあえずだ。
こういう、室内っぽいところで戦うのは初めてだろ? 気を付けていこうぜ」
各々の返事を聞き、俺は荘厳な扉に手をかけ――――開け放つ。
そこには……、とてつもなく大きな広間が展開されていた。
階段も何もなく、奥に小さな扉があるのみ。
天井は二十メートルくらいの高さで、壁には延々絵画が飾られている。そして天井部分に一つだけ、ぽつんと縮尺の小さいシャンデリアが設置されているのが見えた。
「……時々見る、カオスで不気味な夢の中みたいだ」
ルーチェの調べによると、この先には小部屋がいくつかあるだけだという。
そんな構造の城なんてあるわけがないし、本来ならここから更に、地下へと続いているはずなのだ。
「ロビーホールだけが立派な城なんて、普通はないからな……」
まぁこれも、ダンジョン探索の醍醐味と言えばそうか。あり得ない風景に直面できる。それは確かに面白くはある。
「ただ……、面白がってもいられないよな!」
ルーチェじゃなくても分かる。
周囲というか――――すでにこの場所に。
超大量のモンスター反応アリだ!
魔力感知を発動して、二秒で検知された。それくらいに、密集している。
「……来るぞ!」
「「「……!」」」
俺の声に、三人は臨戦態勢に入る。
それと同時。
ぐにゃりと、ぐにゃりぐにゃり、ぐにゃりと。
次々に空間が歪んでいき――――大小様々、大量のモンスターが発生した。
「……う、ぉ、」
言葉を失う。
これ……は、ダメだろ。
このクエストは、Aランクだったはずだ。
正直俺も知識だけでしか知らないけれど……、これは、Aランクの範疇を超えている……。
「A+を飛び越えて……、Sランク級じゃねぇか!?」
いや大事件すぎるわ!
教本でしか見たことの無いような頂上級の魔物が、三体、四体、……それ以上。
そしてそれらを囲むようにして、もう数えるのも無駄なくらいの魔物が、ホールに所狭しとひしめき合っていた。
殺意高すぎるぞこれ! 人当たりの良いお姉さんのことだから、わざとでは無いのだろうけれども!
「これは……、い、一時撤退、を……」
「ガオッ!」
「ひぇ!?」
顔の横の空間へ。
突如として、ベルが嚙みついた。
何事かと思ったが……瞭然。それは、矢だった。
金属で出来た小さな弓矢を、ベルは口牙で咥えてキャッチしてくれいていた。放っておいたら、そのまま俺の頭蓋を貫いていただろう。
「ぷっ……! ハハッ! ゴシュジンに手ェ出しやがって……!」
殺すと、歯をガチガチ鳴らして威嚇するベル。
矢を射たであろう弓持ちのスケルトンが、こちらを見てカカカと笑う。
その事実を目の当たりにし、あとの二人も魔力を上昇させた。
「おにいちゃん……、ダンジョンって、概念的に壊れないんだよね……」
「あ、あぁ……。そのはず、ですね……」
「じゃあ、いくら暴れても問題ありませんわね……!」
「そうだねルーチェちゃん。いっぱい殺そうね……」
……おぅ。
変なところに火を着けちまったみたいです……ね?
「旦那様には、光魔法を張っておきますわ」
「お、……サ、サンキュ……」
一瞬きらりと身体が光ったかと思えば、俺の身体の周りに、三重の透明魔力が現れる。
「わたくしが死なない限り、その防壁は絶対に砕かれませんわよ。ご安心を」
「そ……、そうなのです、か?」
いつものテンション高めの声ではなく、静かに響き渡る声でルーチェは言う。
やべぇ~……。みんな魔力――――というか、殺気が高まってやがる。
もしかすると。
こいつら、あのモンスター群にも勝てちまうんだろうか……。
「ま、待て待て。相手は下手すると、一体一体がS級レベルなんだぞ!? 俺、お前らとまだ別れたくないんだけど!」
「なんだよゴシュジン。照れるぞ」
「嬉しいこと言ってくださいますのね、旦那様」
ベルは中腰体制を。
ルーチェはツインテールをふぁさりとかき上げて。
言った。
「それでもベルたちが負けることは」
「絶ッ対ッ、あり得ませんわッッ!!」
言葉を言い終わると同時。
彼女らは地を蹴って。群れへと走り去って行った。
戦いが、始まってしまう。
「……おにいちゃん」
「ん……?
ヒ、ヒナ……。大丈夫か?」
穏やかに。けれどどこか低く響く声に、俺はおそるおそる声をかける。
目の前のモンスターたちよりも、今はお前らの殺気の方が怖い。
「私……、私も……、絶対おにいちゃんの役に……」
「え? な、何?」
何だろう。ヒナの様子が、少し変だ。
いや。一緒に居るようになってそんなに経っていないので、「どこが」と言われると言葉に詰まるんだけど……。
それでも何か。
危険な――――ひどく、脆い気が、する。
「ヒナ……?」
「行ってくるね、おにいちゃん」
言葉を遮るように、いつも通りの、明るい笑顔を向ける彼女。
俺の気にしすぎ……の、はずはないけれど。
でも、俺が気にかけてどうなる問題でもない、か……。
だったら、やれることは一つだな。
「お、おう。気を付けてな!」
「うん!」
俺は。
安心して送り出す。
自分の身の安全は、自力(とルーチェの加護)でどうにかする。それくらいだ。
そうやって、一陣の風は去っていき。
――――三極の戦いが、始まった。
炎を纏った褐色の人影は。
地を蹴り、壁を跳ね、空を舞い、着弾する。
小さな矮躯から、大きな羽と尻尾を生やし。
半竜半人の幼女、魔竜ベルアインは、火を吐き空を爆炎に染める。
「ハハハハァッッ! 楽しいぞ!!」
ぎょろりとした瞳は、燃え散っていく魔物たちの影を凝視する。
しかし、その愉しみを邪魔せんと、別の影が彼女へ迫る。
「――――ハハッ」
快楽は、また別の闘争へ。
本質的に、彼女は戦闘狂だ。
血沸き肉躍る己が身体の戦闘本能に、彼女は抗う理由が無い。
「シャァッ!」
迫る影――――亡霊騎士の剣を、竜化し、硬質化させた掌で受け止める。
鈍い金属音が響いたかと思ったときには、すでにその剣は砕け散っていた。
「へっ!」
影に怯みは無い。
が、そんなもの。魔竜には何の関係も無い。
敵とは、
攻撃をしてくるのが常で。
命を脅かしてくるのが常で。
そんな常識で生きてきたからこそ、彼女の戦闘思考に、『間が空く』という選択肢は用意されていない。
「止まってるぞ、オマエ」
もう片方の腕で、ぐしゃりと兜を握りつぶす。
アクロバティックな動きに対し、地面の方がついてこなかったのか。ぼこりと踏み込んだ足先の地面が窪んだ。
「次だ次ッ!」
笑う。
嗤う、幼女。その、何と狂気的なことか。
殺気を惜しげもなくさらし、瞳孔開いた眼は、迫る――――もしくは逃げる敵を、捕らえて離さない。
魔法の発射音のような音がしたかと思うと、ベルはその地面から、文字通り射出された。
羽による空気抵抗の何かなのか。それとも彼女自身の脚力か。
飛び出したベルは、魔物の大群の中へと、とてつもない威力をもって着弾した。
土埃の中。小さな矮躯が浮かび上がる。
両手ではすでに、魔物二体を貫いていて。
それでもまだ足りないと、体重移動もそこそこに、力づくで首を突き出した。
「がォッ!」
小さな口を、大きく開けて。
首をかじる。噛み砕く。食いちぎる。
ぺっと肉を吐き捨てて、両の手の死体が消え去ると同時、再び魔物へと襲い掛かった。
尽きることなき闘争心。
どこまでも『動』を貫く生物。
魔なる生物の、一種の頂点。
竜の膂力は。彼女の笑顔は。
今、全ての魔物を飲み込まんとしていた。
黄金の髪は、綺麗に流れる。
その、時間差。――――拳が爆ぜる。
「はぁぁッ!」
気迫の籠った声と共に、号砲にも似た打撃音が響き渡る。
大きさ五メートルを超える巨岩生物の群れへと真っ向から突っ込んでいった彼女は、その拳をもって、次々とその分厚い外壁を砕いていった。
「フンッ……!」
腰の入った重い拳は、衝撃波を伴い炸裂する。
ゴーレムは外皮と共に、根元から崩れ落ちる。その重心のよろめきへ、更に追撃が唸る。
小さな手からは考えられないような膂力を持ったその拳は、眼前へと落下してきたゴーレムの核へと深く突き刺さり――――周囲をもろとも吹き飛ばす。
「次ですわッ!」
きれいなウェーブのツインテールを優雅にかきあげる、しなやかな掌は。
しかして、次の瞬間には、破壊するための拳へと変わり果てる。
迫り来る第二、第三のモンスターたちを素早く打ち抜き、大ゴーレムへと立ち向かっていった。
「つぁっ!」
ルーチェの身体は大きく跳躍し、宙を舞う。
力強きそのバネをもってして、あっという間にゴーレムと同じ目線の高さへと到達した。
岩でできた肩へと、静かに優雅に着地する。それと同時。横薙ぎの蹴りが、あっさりと巨大な頭部を破砕……いや、切断する。
衝撃と共に頭部は地面へと落ちるが、ゴーレムの動きは止まらない。
「あらいやだ。読み間違えましたわ」
核は必ずしも頭部にあるわけではない。稀にではあるが、とても見つけにくいところへと、核が移動している可能性もあるのだ――――が、彼女の前ではそれも無意味なことで。
「では、削岩ですわね」
ちょこんと彼女は、可愛らしく飛び上がり。
頭部が無くなり、右肩から左肩部分までが平行になったその面へ。
直角になるように、かかと落としを炸裂させた。
「ハァァッッ!!」
ルーチェの身体が地面へと近づくたび、ゴーレムの巨体も中央から二つに割れていく。
首下部分から股下部分まで。
完全に真っ二つとなるのに、五秒もかからなかった。
「い~~~~きますわよぉ~ッ!」
二つになり。更に砕きやすくなったゴーレムに対し、無数の拳打だが注がれる。
岩は、
岩々となり。
粉々となり。
散り散りとなる。
「見つけましたわよッ!」
自身の体勢を戻す時間も煩わしいのか。
拳を振るい切った先に見つけた核目掛け……、彼女はその美しい額による頭突きを行った。
赤い宝玉が静かに砕け散る。
それは、魔法ルーチェリエルの、圧倒的な戦闘力を示す証となったのだった。
刃が、飛び交う。
中空に形成されていく幾多の魔剣は、次第に鋭い質量を帯びていき――――目標へと飛来する。
円を描き、旋回しながら魔剣は飛ぶ。
そしてその中央から、一層強力な膂力を帯びた存在が一人。
魔剣を携えた黒髪の幼女――――魔剣ヴァルヒナクトは、目にもとまらぬ速力で対象へと突撃し、その体を一刀両断した。
黒髪と眼鏡が揺れる。その奥の瞳は、次のターゲットを探しつつも、冷静に周囲の剣のコントロールも行っていた。
「――――『剣舞』」
指揮するかのように、ヒナが剣で対象方向を指す。すると旋回していた幾多の剣群は、指示された方向へと一斉に飛来し、対象を串刺しにした。
宙を舞っていた、大型の翼竜がばたりと地へと伏せ、霧散していく。
「まだ。足りない」
女の影は。
小さく呟き、両手に剣を再装填する。
そして己が操作している剣群とは別方向。剣舞から逃れたモンスターたちへと忍び寄った。
音も無く。
声も無く。
影も無く。
慈悲も無く。
逃げ延びた先には。
最後の門番である死神が、凶剣を構えて待っている。
「大斬」
すぱりと。
まるでハサミで紙を切るかのように、とても綺麗に胴と首は切断された。
正確無比なる双剣動作。
そして再び、音もなくその場から飛び去っていく。
普段見せている穏やかな笑顔とは違う、その眼鏡の奥で、はっきりと見開かれた瞳は。
いつまでもいつまでも、次の獲物を探し続けるのだった。
そして――――