昨日は大変な目に遭いはしたのだけれども。
今回は大丈夫な気がする。何故なら――――
「本日のお相手は、割と常識的なヒナちゃんだからです」
「どうしたの急に、おにいちゃん」
「いや、自分自身に安心感を与えているんだ……。
そう。なんたって俺は、ロリコンではないのだから」
「そうなんだ……? よく分からないけど、大変なんだねぇ」
そう。世界はいつだって大変なのだ。
風当たりが強いんです。オッサンには。
「ほら俺、こんな外見だろ? だから性犯罪系で疑われたら、弁明できる自信がなくてな」
冴えない、四十歳手前のオッサンである。
例えば王都のほうの騎士サマとかは、四十歳でも若々しく、そして凛々しい顔立ちをしているからして。仮に性犯罪を疑われたとしても、きっとみんな弁明のチャンスをくれるし、発言を信用してくれる――――いわゆる『しっかり者の空気』みたいなものを持っているのだ。
こちらはなんというか……、『女に困ってそう』感があるというか。
非モテだから、このさい幼女でも……という思考で犯行に及んだと言われても、否定できない面構えをしているのです。
「そんなことないけどなぁ? おにいちゃん、オークみたいでかっこいいよ?」
「世間一般ではオークはかっこよくないんですがヒナさん!?」
「そうなの!? でもベルちゃんとルーチェちゃんと、『おにいちゃんの好きなところ選手権大会』を開催したときには、全員がまず『顔』って答えたんだけど……」
「まずその謎の大会の開催を辞めてもらっていいですかね……」
なんだその誰も幸せになれない大会……。
あ、こいつらは幸せになるのか。変な大会だなまったく。
「他にはねぇ……、腕毛が乱雑に生えてるところ、お腹の毛が濃いところ、研ぎたての棍棒みたいな体臭、立ち上がる時の『あ゛~』っていう声、とかがありました!」
「マニアック!」
好きなところなんだ!
そしてまた出て来たよ棍棒みたいな体臭!
「結局みんな『わかる~』ってなって、大会は無事終了したよ」
「分かるんだ……」
そして俺だけが分からないのか。
不思議すぎる価値観だった。
「それでおにいちゃん、今日はどこにおでかけするのかな?」
「あぁうん。
今日はちょっと用事があるんだ。それについてきてくれ」
「はーい。
えへへ、おにいちゃんとお出かけ、楽しいな~♪」
石畳の上を、とん、とん、とリズムよくスキップし、ぱぁっとまぶしい笑顔を向けてくれるヒナ。
眼鏡の奥の瞳は、綺麗にきらきらと輝いている。
「ヒナの笑顔は天使みたいだなぁ」
こちらもつられて笑顔になってしまう。
俺が「カワイイカワイイ」と頭を撫でると、ヒナは一転「えぇっ!」と涙目になっていた。
「天使だなんて酷いよおにいちゃん! 最大級の侮辱だよぉ!」
「えっ、そ、そうなのか!?」
「私はこれでもS級魔剣なんだから、天使みたいなのと一緒にしてほしくないよぉ」
「そうかぁ……。な、なんだかすまん……?」
天使って普通は誉め言葉なはずなのだが。
ううむ価値観な事案、三回目である。未だに測れない。
「それじゃあ何に例えれば誉め言葉になるんだ?」
「そうだねぇ……。うーん」
小さく腕組みをして、ヒナは「それじゃあ」と口を開く。
「邪神みたいな頬笑みだね! ……とか?」
「邪神が誉め言葉になっちゃうかぁ……」
結局理解は出来なかった。
まぁ、理解しようと努める姿勢こそが、コミュニケーションの第一歩なのです。
顎に手を当て考える俺を見上げ、ヒナは笑いかける。
「それで? 今日はどこに行くのおにいちゃん?」
「あぁ。今日は、ヒナたちの冒険者証明書を受け取りに行くんだ」
「証明書? この間もらった物とは違うんだね」
「この間のは書類だけ。本命は証書についてくる、冒険者プレートだ」
コレなと首から自分のプレートを見せると、ヒナは「あぁ」と納得した。
「ソレをつければ、私たちも本格的に冒険者になれるんだね!」
「だな。今はこのプレートで、ほとんどのクエストの受付が出来るようになってる」
冒険者プレートは強さのランクを測るだけではなく、持ち主の名前(もしくは冒険者ネーム)も刻まれている。だからこいつがあれば、証明書を持ち歩かなくても、どこのギルドでもクエストを受けることが出来るのだ。
「とは言いつつも……、冒険者になりたての頃は、これをよく忘れてたんだよなぁ。
受付に行ったときに慌てることもざらでさ。クエスト受けられなかったりもしたもんだ」
懐かしい話だ。
幼女の世話とかもそうだが、自分の生活に新しく何かの要素がプラスされると、どうしても馴染むまでに時間がかかる。オッサンになればなおさら。
「じゃあ私たちも忘れないようにしないとだね」
「そうだな。まぁヒナは大丈夫だと思うけど、ベルあたりが壊さないか心配だな……」
あと金属だから、最悪アイツは食えるんだよな。
そう思うとカードタイプの方が良かったのではないかと思う。金属になってから、再発行には時間と金がかかるようになったらしいし。
そんなことを話して歩くうちに、市街地エリアまでやってきた。
「だいぶ人も増えてきたね~」
「この辺りは中央街だからな。小さい街とはいえ、人口はそこそこ居るし」
喧騒をかき分けながらも、俺たちは引き続き話しをしていく。
「にこにこ」
ヒナは穏やかだ。
この間のベルのときみたいに、『問題ワード』を連呼するような素振りが無い。
声も全然大きくないし。いやぁ、大人しいということが、こんなにもありがたいことだとは。
「それでおにいちゃん。他には何か、冒険者にとって気を付けたほうが良いことってあるの?」
「ん? いや、今のところ特には思いつかないかなぁ……」
あ、でももう一個あったな。俺のポカ。
「なぁになぁに?」
「いやぁ、恥ずかしい話なんだけどな。
駆け出しの頃、まさかの『武器を忘れる』っていう失敗をやらかしたんだよ」
「あらら。それは大変だね! じゃあそのときは、素手で切断しないといけなかったんだぁ」
「いや素手を剣代わりにはできないなぁ……」
発想が自由すぎるんだが?
穏やかな外見でも、中身はしっかりパワープレイな子だった。
「……まぁだから、そのときはどうにか魔法だけで戦ったよ。
当時一緒に組んでたやつらも、全員駆け出しでさ。いざ街から離れたってタイミングで……全員一斉に気がついたんだ」
パーティリーダーの「ドリー……、剣……」という、単語だけの言葉で、みんなの背中が凍り付いたのを覚えている。
しかもそのとき忘れ物をしたのは俺だけじゃなく、弓使いのやつは弓本体を忘れていた。
アレはいたたまれなかった……。
「浮足立ってたのか油断してたのか。
何にせよあの失敗のおかげで、今はけっこう慎重になったよ」
と言っても、人並みになっただけだけどな。
「剣を腰に下げるのも、最初は違和感あったなぁ。
左腰あたりが妙に重くてさ。長時間歩くのにもコツがいるんだよ」
って、剣本人に言っても仕方ないかもしれないけど。
ヒナは「そうなんだね」と笑う。うーん、可愛い。
「私がその剣だったら、小さくなるか軽くなるかして、歩きやすくしてあげれるんだけどなぁ」
「魔剣って便利だな……」
ヒナだけなのかもしれんが。
そんな伸縮自在な剣があるとか、初めて聞いたわ。
「けどまぁ剣を持ち歩くのもさ。慣れれば楽になったよ。色々便利に使えるし」
「便利に?」
ヒナの質問に俺は「そうだぞー」と答える。
「疲れた時には杖代わりにできるし、高いところの物を取るときにも使えるし、暑い日に抱いて寝ると鞘が冷えてて気持ちいいんだよ――――」
って、しまった。
本来の使い方ではないような、下手をすると『剣』という概念を愚弄しているような使い方を、誰あろう魔剣本人に言ってしまうとは……!
ヒナもしかして、怒って……る?
俺がおそるおそる彼女の方を見ると、ヒナは俯いていて。
そして小さく身を震わせたと思うと……、口をわずかに開いた。
「……い」
「い?」
「いいなぁぁぁぁ~~~~!」
「はい?」
「いろいろ便利に使ってもらえるなんて羨ましいよ~! おにいちゃんのその使い方は、つまり剣そのものを信用してないと出来ない使い方だよね!」
「ん……? そ、そうなるの、か、な?」
「そうだよ! だって、ちょっとでも悪さするような剣だと思ってたら、抱いて寝るなんてできないでしょ?」
「お、おう……」
俺としては『悪さをする剣』という概念があることをそもそも知らなかったのだが……。
まぁそうね……。『剣サイドからは何もされない』という前提の使い方ではありますね……。
感極まっているのか、ヒナの声はやや大きくなっていく。落ち着いて見えてもまだ子供だな……。
でもまぁ、そろそろ静かにさせないとな。流石に過行く人がチラチラと気にし始めている。
「ヒナ、喜んでるところ悪いんだがそろそろ……、」
「私もおにいちゃんに抱かれて眠ってみたいよ~!」
「ぶっ!? お、おいヒナ!?」
彼女の声に、周囲の人々がぎょっとして俺たちを見ていた。
ま、まずい……!
「ヒナさんや、ちょっと静かに……」
「おにいちゃん! これはとっても重要なことなんだよ!」
「は、はぁ……?」
「だって今の剣はとっても大事にしてるじゃない! ヒナはまだ一回も使われたことないのに!」
「い、言い方……!」
剣を子って言うな。
周囲の人にも衝撃が走っている。
もしかして俺……、ロリに二股かけてると思われてる……?
ヒナを黙らせようとするが、言葉のエスカレートは止まらない。……いや、本人的にはそこまでエスカレートさせてるわけではないのだろうけれど。
「私だっておにいちゃんに尽くせるもん! おにいちゃんは今の剣と私、どっちの具合がいいの?」
「具合とか言うな! 俺が悪人みたいに思われるだろうが!」
悪人くらいならまだマシだがな。
このままだと、幼女に手を出してる鬼畜にしか見えない。
どうにか頑張って言葉を選んで、ヒナを説得するしかないかな……。
「い、いやいやヒナ……。俺だってお前を……、えっと(振るうとかだとやばいから)、え、『選んで』みたいけど……さ」
いかん。これじゃあどのみち二股感が出てしまった。
いやでも、ヒナが魔剣だってバレるよりは良いかもしれないな……。
「……おにいちゃんの剣、ちょっと小ぶりだもんね。
ふぅん。ちっちゃい剣が好きなんだ」
「そっ、そういう言い方をするな……!」
俺たちの会話を見ていた人々がざわつきを見せる。
「……あの子よりももっと小さい子が好きなの?」
「……それってもうロリっていうよりペドじゃない?」
「……ひくわぁ~」
「違うんです!?」
俺が頭を抱えていると、ヒナは更なる追い打ちを浴びせてきた。
「ヒナだって頑張れば、ちゃんと(鞘に)入るもん!」
「お前……ッ!?」
ざわつきは止まらない。
「コイツ……、あの子にそんないかがわしいことを……!」
「すでに手遅れだったのね……」
「毒牙にかかって、可哀そうな子……」
「違う、ん、です……」
もう何言っても追撃だよ。
ただの日常会話をしていただけなのに、どうしてこうなりやがった。
「ヒ、ヒナ、落ち着け……。お前は今冷静さを欠いている……。今の発言がどれだけアレなことになっているか、お前ならきっと考えられるはずだ……」
「でも前の剣には、色んな鞘与えて連れまわしたり、壊れるくらい握りしめたり、裸のまま激しく振り回したりしてあげてるんでしょ!?」
「全部事実だけどもコノヤロウ!」
わざと!? ねぇわざと言ってるのこの子!?
ざわめきが以下略!
「暴力……?」
「性的虐待……?」
「国家警備隊……?」
「ちょっと…………、まって………………」
頭が痛くなってきた……。
俺が気力なくがくりと項垂れていると、それらを想像して自分に置き換えたのか……ヒナは頬を両手で抑え、恍惚とした表情で口を開いた。
「いいなぁぁぁぁ~! 私もおにいちゃんに、便利に使われたいよぉ~!」
ヒナさんのオンステージ。これにて閉幕です。
ついでに……、俺の人生もな!