「むやみに冒険者を攻撃したらダメです……!」
「「「はーい」」」

 あの場を離れて。
 落ち着いて。
 俺は三人に、とりあえずのルールを課すことにした。

「きっ、危害が加えられそうになったのなら仕方ないけども。それでも……、出来れば人間の命までは取らないでくれ」

 正直さっきのはギリギリだ。
 冒険クエスト中の事故とかならともかく、白昼堂々、街中で命を取るのはヤバすぎる。
 後で確認しに戻ったところ、運よく死んではいなかったみたいだし、ギルドの人も理解してくれたから良かったけども……。

「ちょっと煩わしいかもしれないけどさ。そこは我慢してくれると嬉しい」
「分かったぞゴシュジン」

 ベルの返事に揃え、ヒナもルーチェもそれぞれ頷いてくれた。
 うん……。服を着なければならないというコトみたいに、教えればちゃんと理解して聞いてくれるんだな。
 これからは俺がちゃんと、手綱を握っていかなければならない。

「でもゴシュジン。アイツらムカつくぞ」
「そうですわねぇ。わたくしが愛する旦那様に、あんな罵声を浴びせるなど」
「うん。殺されても文句言えないよねぇ」

 まるで日常会話のように物騒な言葉が飛び交っていた。
 まだこいつらが『腹黒』みたいな性格だったら、穏やかにするようたしなめられるのだろうけれども。そういう裏が無く、ただただ本心で言っているのだから恐ろしい。

「と、とにかくだな……。俺のことで怒ってくれるのは嬉しいんだけど、あんまり物騒な思考を持たないように」

 言って俺は「やれやれ」と腰を下ろす。
 まぁ冒険者の中には、ルーダスみたいなのも居ればレオスみたいなのも居る。
 そのあたりも、人間として一歳から育ってきていれば、人の善悪に触れて自然に分かったりもするんだろうけれど……、こいつらには難しいよな。

「そのあたりの管理は、俺の役割だな、うん」

 これから先、こいつらと一緒に居るって決めたんだから。そこは俺が、しっかりしていかないと。
 楽しそうに話す三人を見て、俺はどうやってニンゲンのことを教えようかと思案する。

「適当に街を見せてまわるのが手っ取り早いとは思うんだけど――――」

『あ! むこうからイイ匂いがするぞ! トツゲキだ!』
『お~っほっほっほ! ぴかぴかの宝石ですわ!』
『ねぇねぇおにいちゃん、この本はどういう内容なの?』
『ヒトの方と死骸の方、どっち食べていいんだ?』
『端から端まで全て買って行きますわよ!』
『おにいちゃん。お気に入りのページって、斬って持って行っていいのかな?』
『ゴシュジン!』『旦那様!』『おにいちゃん!』『ゴシュ』『だん』『おに』

「――――うん、だめだな」

 どう転んでも俺が困ったことになる未来が浮かぶ。
 ただずっとこのままでいても、いつか止められない日が出てくるだろう。
 どこかで少しずつ教えて行かなくてはならないのは当然なわけで……。いや、待てよ?

「……一人ずつなら大丈夫、か?」

 話を聞いてくれることは……、うん、分かった。現在俺の手に余っているところは、人数である。
 おそらくさっきのトラブルも、三人の会話が加速した結果、迎撃行動に繋がったのだ。一人だけ、もしくは俺と会話していたのならばば、起こらなかった気がする。……危険なのは勿論変わりないんだけど。

「ごめんねおにいちゃん。私たち、何もわかってなくて……」
「あぁいや……、こっちこそすまないな。そうだよな。分かんなくて、普通だ」

 困り眉を眼鏡の奥に隠し、ヒナは言う。他の二人も同じように、不安そうな顔を覗かせていた。

「……大丈夫だよ」
「おにいちゃん?」

 頭を撫でて、俺は三人の目を見ながら言った。

「これからきちんと知っていけばいいんだ。
 そして……、一緒にパーティになっていこうぜ」
「――――うん!」

 そうして俺たちは笑い合って。ヒトの営みがある、街の風の中を歩いていった。
 そうさ。俺だって駆け出し冒険者の頃は、右も左も分からなかった。
 少しずつ他の冒険者を見たりして覚えながら、何とかやってきたんだ。こいつらだって、きっと出来る。

「そういえば俺。レオスのところに入るまでは、フリーでふらふらしてたっけ……」

 つぶやいたと同時、思い出す。
 別れてから、そろそろ二、三日ほど経過しているが。アイツらは元気でやっているだろうか。
 順調に進んでいるのであれば、そろそろあのダンジョンの終盤に差し掛かる頃である。
 心配するのはお門違いかもしれないが、それでも、気になるものは気になってしまう。

「目測では十階層くらいだったから……、あと三日か四日ってところか」

 あんな別れだったが、一応パーティを組んでいた身の上だ。無事であるに越したことは無い。

「そろそろ変なトラップとかも多くなってくる頃だけど……」

 頭をかきながら俺は呟く。

「ま、俺よりも凄い魔法剣士がいるんだ。多分大丈夫だろ」








 猛獣の爪をひらりと躱しながら、私はレオスへと指示を出した。

「そっちに行った! 迎撃を頼む!」
「オ、オウ……!」

 体勢をやや崩しながらも、レオスは剣を振るう。――――が、浅い。

「チッ……! クソ!」
「レオス! ……今行く!」

 こちらも体勢を整えつつ、不格好になりながらも横側から体当たりをし、猛獣のバランスを崩させた。

「今だ!」
「う……、ッらァ!!」

 レオスの放った横薙ぎの一閃が猛獣を切り裂き、対象は地に伏した。
 他のメンツもどうやら無事なようだ。周囲にも気配は感じられず、洞窟は元の静寂を取り戻している。このエリアは無事制圧できたと見ていいだろう。

「はぁ……、はぁ……、」
「ふぅ。なんとかなったようだな。
 だいぶ連携も取れるようになってきたと思わないか?」
「あ……、あぁ。はぁ、はぁ。……まぁ、な」

 疲弊し、息を整える彼をなんとか励まそうとプラスな言葉をかけてみるも、あまり払拭できなかったようだ。……正直こういった言葉かけは慣れていない。ガラではないのだ、もともと。

「さて……、それでは先に進むとしようか。……ん?」

 身支度を整え、進行方向を見やると。
 そこには微かに、いつもと違う魔力反応を感知した。

「レオス、これを見てくれ」
「あ、あぁ……。魔法剣士でない俺でも分かる。こいつは……、魔法で鍵がかかっている扉だな」

 ダンジョンにはいくつか、こういった魔法の扉が出現することがある。
 元々ダンジョンとは魔王の魔力の残り香であるとされていて、こういったものも、魔王城の中にあったものを再現しているのではないかという説もある。

「は~~~~……! 開けないことには先に進めねぇな、面倒くせぇ」

 頭をかきつつ、大きなため息を吐くレオス。
 まぁ少しは落ち着いて、調子も戻ってきたようだ。私もその調子に合わせ、張りつめた空気をやや弛緩させつつ続けた。

「あとは面倒だが……、回り道をするかだな」
「時間かかるだろ。それは流石にねぇよ」
「フフ。それもそうだな」

 魔法の扉。
 これには解錠の魔法を使える者か、物理で魔法の鍵を取り外せる技術を持つ者が適任だ。
 このパーティには魔法使いや斥候(スカウト)職はいないみたいだから、僧侶(プリースト)であるマルテルの仕事になるのだろうか。
 解錠されるまで、とりあえず一息つくかと思っていると――――

 レオス含む、私以外の四人は。
 こちらを、じっと。
 何でも無いようなことのように見ていて。
 そして、何でも無いようなことのように、平然と口にした。

「それじゃあユミナ、たのむぞ」
「――――は、」

 テンションは元に戻っている。
 だから。
 冗談を。
 言っているのかと思った。
 それくらいに衝撃だった。
 だから私もやや苦笑いを浮かべつつ、「何を言っているんだ?」と返した。
 すると彼らも、こちらが軽口を叩いたと思ったのだろう。軽い口調のまま、「はは」と笑い、
 続ける。

「いやいやだってよぉユミナ。
 解錠は魔法剣士の(・・・・・)仕事だろ(・・・・)?」
「――――は、」

 いや……。
 いやいや。
 何を、言っている?
 どうやらすでに、冗談を言っている様子はない。本気……というか、それが至極当然のことだという目だ。
 当たり前のように。
 いつものように(・・・・・・・)

「私は……、解錠魔法など習得してはいない」

 私が事実を述べると、レオスは方眉を上げ、信じられないものを見たような顔をして言った。

「は……はぁ? い、いや、マジかよ?
 解錠魔法なんて初歩の魔法だろ? あのドリーですらも習得してたんだぞ?」
「無論、純粋な魔法使いであれば初歩魔法の枠かもしれんが……。私は魔法剣士だ」

 私の反論はいたって普通だ。
 魔法剣士とは元来、攻撃に特化した技・魔法しか習得しない。
 私はフリーの時期があったから、利便性を考えて、回復・解毒・解呪の初歩魔法だけは習得しているが……。それでも簡易的なものが精いっぱいだ。

「そんなに器用に……いや、小器用(・・・)に魔法を使うなど、無理だ」
「なッ!?」
「私が未熟なのもあるかもしれないが……。魔法剣士は、本来補助魔法などを覚える職業ではないぞ」

 稀に上級パーティやフリー歴の長い人間は覚えていると聞いたことがあるが……。そんなの、よほど小器用でないと難しいだろう。
 そう。身体中の魔力の流れを逐一細かく変更させ、コントロールしなおす。使う魔法の種類が違うから、脳も混乱するはずだ。
 そんなこと……、延々初期魔法を(・・・・・・・)使い続けてきた(・・・・・・・)人間くらいしか無理だろう。

「……なン、だ、そりゃァッ!」

 クソッと声を荒げ、地面を蹴るレオス。
 恨みがましい目をこちらへ向けているが――――「役立たず」などという言葉は飛んでこなかった。まぁ、言える立場ではないことは、自身でも分かっているのだろう。
 あまり自身の強さをひけらかすわけでは無いが、現在のランクやこのダンジョンに入ってからの立ち振る舞い、経験の差など、あまりにもこのパーティと私はかけ離れ過ぎている。それは彼自身も身に染みて分かっているだろうからな。

「レオス、違う手を考えてくれ。
 きみは曲がりなりにも、パーティのリーダーなのだから」
「うる……ッ、さい……!」

 ギリっと奥歯を噛みしめる音が聞こえる。
 あの男、『ドリーが居ない』ということがマイナスに働いたのが、堪えているのだろうまったく……。推測ではあるが、自分自身の手で彼を追い出しておいてこの事態を招くとは……。因果応報とはこのことだな。

「クソッ! クソッ! ――――クソがァッッ!!」

 静寂の中。
 私の飽きれたため息と……、怒りを孕んだ彼の地団太だけが、ダンジョンに響き渡っていた。
 空気は。
 酷く乾いていた。