そして――――時系列は、はじめに戻る。
この世にダンジョンが発生するようになって、かれこれ三百年以上。各地で発生する、時に生物のような、時に異界化しているような、そんな危険な場所へと勇気と使命感を持って挑むのが、我ら冒険者なのである!
「……というようなことが書いてある」
冒険者ギルドの待合室にて。
勇者と魔王がおったそうな――――という、昔話と共に、俺たちは冒険者ガイドをめくっていた。
「ふぅん」
「へー」
「おーっほっほっほ!」
あれから俺たちは、何の問題も無く街に帰還した。
テキトーに宿を取って一晩熟睡した後、冒険者組合の方へと足を伸ばし、受付を行うことに。
……実は、『テキトーに宿を取って』の部分が一番手間がかかったのは内緒だ(幼女三人と入るための四人部屋を借りなければならない&レオスらと泊まっていた宿から荷物を回収しなければならなかったため)。
で。
受付内容は二つ。
一つ目は、レオス率いるパーティから、俺が脱退したということ。
二つ目は、ベル、ヒナ、ルーチェ三名の、冒険者としての登録をすること。
以上だ。
現在は一つ目の、『俺のパーティ脱退(というか追放)』の報告を終えたところ。
一応こういうのはリーダーであるレオスの役目ではあるんだが、組合のほうには、早めに生存報告をしておいた方が良いだろうからなぁ。
俺としても、新しい行動を起こしやすくもなるし。
そしてそのあと。
「よ……っと」
俺はとりあえず、冒険者のためのガイドラインを適当に掻い摘んで、新たに冒険者となった三人娘に説明していた。
テーブル上に広げたガイドラインを、椅子にちょこんと座った三人は珍しそうに眺めている。中にはあの洞窟――――正式名称、ニーシーザダンジョンにて説明した、ランクやら階級やらの制度も記載されていた。
「あれ? そういえばお前ら、文字って読めるんだ?」
「うん。私はある程度は読めるよ」
「ベルも何となくわかるぞ!」
「わたくしも根性でどうにかしましたわ!」
う、うん……。ヒナ以外の二人には、改めて教えたほうが良いかもしれないな。
まぁ難しいことや複雑なことが色々書いているが……、簡単な話、『自分の身は自分で守れよ』というような内容である。
「勿論、理不尽なことやイレギュラーなことに対する保険なんかもあるから、そういう部分も行く行くは覚えていった方がいいけどな」
「ふぅん……。シメイカンなー」
足をぶらぶらさせてベルは言う。
「でもぶっちゃけ、ゴシュジンはシメイカンで動いてないだろ?」
「まぁな!」
というか、俺だけじゃなくてほぼ全ての冒険者がそうなんじゃないだろうか。
目的は生活費とかのためとか、『冒険』というコトをして食っていきたいからとか、そういうのが大半だと思う。
「後は知名度とか、商売に役立てるためとか……、かなぁ。正義感とか使命感とかでやってるやつも、居るは居るんだろうけど。そういうのは大抵警備隊とか城務めの衛兵とかになるだろうし……おっと」
三人が「ふ~ん?」というような顔をして俺を見ていた。
いかんいかん。そもそも彼女らは人間社会のコト自体を分かっていないのだ(俺も詳しくは知らないけれど)。聞いたこと無い単語で埋め尽くされても、そりゃあぽかんだよな。
「悪い悪い。
まぁとりあえず俺らの目的は、ダンジョンを攻略してお金を稼ごうぜってところだ」
「なるほどなっ!」
「おにいちゃんは分かりやすく言ってくれる天才だね」
「さすがは我が夫ですわ!」
……うん。特に褒められるようなことをした覚えはないんだけどね。過剰な持ち上げって、逆に精神に悪いよね。
でもまぁ、褒められて嫌な気はしないか。
「お前らはたぶん大丈夫だろうけどさ。一応冒険者って職業は、死と隣り合わせなところもあったりするから、十分気を付けるようにな」
「「「はーい」」」
そんな風に揃って返事をする三人娘。
ううむかわいい。ロリコンでは決してないけれど、ちょっと気持ちが分かったような気がする。
「まァ、ベルにかかれば楽勝だぞゴシュジン。どんなクエスト? でもへっちゃらだ」
「お、そいつは頼もしいなぁ」
「ヒナも頑張るね!」
「わたくしもですわ!」
三人の可愛らしさに頬を緩めていると、後ろからやけにはっきりとした――――とても嫌味な声が聞こえてきた。
「はぁ~? 何が楽勝だってェ?」
「オイオイ。まさかとは思うが、そこの小せえの三匹が、ダンジョンを楽勝とか言ってんじゃないだろうなァ?」
「ギャッハッハッハ! 嘘だろぉ!?」
声がした方を見てみると、そこには三人の男がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
アイツらは確か……、俺よりも若干上のレベルの冒険者たちだ。確か……ルーダスって言ったかな。
性格にかなりの難はあるが、若くしてAランク一歩手前までいっているという、このあたりではかなり有望視されている奴らだ。
三人とも屈強な体つきをしていて、冒険者ランクで考えなくても、俺なんかでは到底太刀打ちできそうにない。
「うぉ……、ま、まずい……」
正直トラブルになるのは……というか、目立つのはごめんだ。
普段なら諍いになってもあまり気にならないのだが、俺はギルドを抜けたばっかり(しかも不名誉な)だし、異例の新人子供冒険者と一緒だしで、悪目立ちをして睨まれたくはない。
ドシドシと、重い足音をわざと鳴らしながら、ルーダスらはこちらへと向かってくる。
なんとか穏便に済ませないと……。
「おにいちゃん、あの人たちが怖いの?」
「怖い……のもあるんだけど、お前らが手を出すと確実に絶命させちまうと言うか……」
怖いのはそこです。
俺は勝てないだろうけど、お前らなら確実に勝っちゃう――――というか殺しちゃう気がする。
冒険者という職業柄、荒事から発展して人殺し……なんてことも無くはない。俺はまだ幸いにもそんな事態に発展したことはないが、そういう事例だってあるのがこの界隈だ。
けど、こんなしょうもないことでそんなハジメテを消費するのは嘘だろう。
「相手にしない方が良い。大丈夫、どうにか話し合いで納めるから――――」
「でもゴシュジン? アイツらヨロイ着てるだろ?」
「は?」
ベルの言葉に、俺は頓狂な声を上げてしまう。
ヨロイ? 着てるけど、え? どういうこと?
「ま、まぁそうだな……」
「ヨロイって、身を守るための物質だよな?」
「え? えーっとな、」
「そうだよベルちゃん。鎧は、命の安全を守るためのものなんだよ。
だから、多少のダメージを受けても死んだりしないんだと思う」
「ヨロイって、ケンくらいに頑丈だよな?」
「うん頑丈だよ!」
「ということは、ヒナくらいには頑丈ということですわね?」
「そっか! なら大丈夫だな!」
「は!? ちょ、ちょっとベル――――」
ヒナもルーチェもだが、こいつら何を言ってるんだ?
嫌な予感がしてベルを止めようとするも、早い動きに俺はついていけなかった。
まるで弓矢のようにその場から発射された彼女は――――、ルーダスたちの元へとたどり着いていた。
「……!」
たどり着いていたというか、瞬きの間に撃滅していた。
ベルの放った爪の一撃で、ルーダスが着ていた鎧は粉々に砕かれている。どさりと倒れる彼を見て、残りの二人は何が起こったのかを瞬時に理解し、顔を青ざめさせた後、その場に倒れ気絶した。
「ん? 何だ。倒れたぞ。じゃあとどめを……」
「ま――――まてまてまて!」
完全に息の根を止めようとしてるだろ!? 駄目だからね!?
「なんだよゴシュジン。ヨロイ着てるから死にはしないだろ?」
「限度があるよ! 程度があるんだよ! 無防備状態でお前の一撃を食らおうもんなら、鎧なんて何の意味もなさず絶命するわ!」
「い、いきなり褒めるなよゴシュジン~! 照れるぞ~!」
「褒めてないよ! 今この状態に置いてはなァ!」
ていうか、すでに鎧砕け散ってるし!
「い、良いから逃げるぞ!」
そう言って、俺はベルを抱えてその場を後にする。
こ、こいつらには……、ちゃんとした教育が必要っぽいですな……!?