「おぉ~……」
かくして、入り口というか出口というか。
ダンジョンのスタート地点まで戻ってきた。
外からの光もあるため、十分明るい。
これまでの上階とは違って、おどろおどろしさみたいなものはほとんどない場所だ。
「…………、」
うん。
なんつーか……とてもあっという間だったな。
感慨深さよりも先に、そっちの感想が出てくる。
そりゃあ理論上、スタート地点へ戻れば戻るほど、モンスターも弱くなる。だから楽に進むことが出来るというのは分かりはする。けれど、それでもあまりにも早すぎた。
四日間かかっていた距離の時間を、わずか十時間(しかも仮眠込み)である。
しかもけっこう余裕持って。
お気楽なピクニック気分(その間激しい戦闘あり)でたどり着いてしまった。
「しかし結局、俺の強さに変化は現れなかったな……」
「もしかしたら何か条件があるのかもしれないね」
「そうなのかねぇ」
まぁそれを差し引いても、十分な戦力なんだけどな。
正直……、このダンジョンの六階層までなら、一人居れば十分なくらいの戦力である。
レオスパーティだと全力で当たらなければならないレベルのモンスターたちに対し、油断していても余裕で勝てるくらいの強さを、この三人娘は持っているのだ。
ぶっちゃけ異常だ。
俺には持てあますかもしれない。
「あのさ。お前ら……、本当に良いのか?
俺と新しく――――冒険者パーティ組むだなんて」
俺レベルのヤツと組むなんて、正直勿体なさすぎる。
どこかの王宮お抱え冒険者にでもなれば、一生安泰な額を稼げるのではとも思う。
「今更ですわ旦那様」
「そうだぞゴシュジン!」
「おにいちゃんだって素敵だよ」
三人はそんな風に微笑んで、俺を包んだ。
……若干面映ゆいが、それはそれで嬉しいことだと受け止めよう。
「第一、お金のためにどうこうするワケではありませんわよ」
「そうだね。冒険者になるのも、おにいちゃんと一緒に居るためだもん」
「ベルもゴシュジンと一緒なら何だっていいぞ」
「でもお金は、後々は必要になってくるかもね」
「そうなのかー……。セチガラいヨノナカだな……」
「でしたら荒稼ぎですわ! とにかく全員で高ランククエスト……? とかいうものをこなしていけば、すぐに溜まっていきますわよ!」
「おぉ、食べ放題だな! がんばるぞ!」
「いっぱい斬り殺そうね!」
「うん、物騒だから!」
気持ちは嬉しいけども。
最後の最後で物騒に刺しにくるな。
「そんな俺らの、パーティの内訳としては……」
魔法剣士:ドリー・イコン。
魔剣:ヒナ。
魔竜:ベル。
魔法:ルーチェ。
である。
「う~ん、カオス」
果たして魔剣とか魔竜とかを、魔法剣士と同じように職業にカウントして良いものなのだろうか。というかそのまま言うわけにもいかねぇよな。
ルーチェだけは、『格闘家』として成立するだろう。……本当はコイツが一番分かりやすく、『魔法使い』職と言える立場なんだろうけれども。
「まぁそれも、おいおいかな……」
街に戻ってから、組合の人にはなんと説明をしたものやら。
そんなことを考えていると、ヒナがおにいちゃんと声をかけてきた。
「ん? どうしたヒナ?」
「ううん……。えっとね、ちょっと疑問に思っちゃって」
「疑問? 何がだ?」
えっとと、ヒナは言いにくそうにしていたが、意を決したのか口を開く。
「あのね……そもそものことになっちゃうんだけど。
本当に、ダンジョンを出て良かったのかなって思っちゃって……」
「うん……? えーっと……。どういう、ことだ?」
おかしなことを言うヤツだ。
元よりダンジョンを出たいという願いは、俺から出たものだ。
気に病むようなところがどこかにあるのだろうか。
「道中におにいちゃんが、話してくれたじゃない? これまでのこと。――――レオスっていう人の事。
私それを聞いて、どうしても許せなくなっちゃって」
「あぁ……、そういうことか」
「それに、もしおにいちゃんの心の中にまだ未練があって、元のパーティに戻りたいって思ってたんだったら……、こうしてダンジョンを出ちゃって良いのかなって思って……」
「ヒナ……」
俺は俺で、パーティを組んで良いのかという不安があった。
けれど逆に。
ヒナもヒナで、俺を元のパーティに返さなくて良いのかという不安を持っていたみたいで。
「……、」
何というか。
人間じゃなくても、そういう感情には気が回る子なんだな。
とても優しい子だ。そんな風に思う。
俺とヒナが話していると、横からベルとルーチェも会話に入ってきた。
「あぁソイツらの話かー! ゴシュジンが望むなら、今すぐ戻って追い付いて、ぶっ飛ばしちゃってもいいぞ!」
「そうですわね。丸一日かければ六階層まではいけるとして……、プラスもう半日もあれば追い付けると思いますわよ?」
「いやいいから! そういうことは思ってない!」
「そうなのか? ゴシュジンはケンキョだな!」
「そういうのは謙虚とは言わない……」
野蛮じゃないだけです。
俺の事とはいえ、不用意なもめごとは嫌いだ。面倒だしな。
「えーっと……」
三人は俺を心配そうに、もしくは不思議そうに見上げていた。
そんなに心配せんでも良いのに。どこまでもお人好しなやつらだ。人じゃないけど。
「えっとな……。そりゃあ最初――――『引き返す』って選択をしたときには……、どこか後ろ髪を引かれる思いがあったよ」
もしかしたら元に戻れるんじゃないかとか。
もしくは、一発ぶん殴ってやりたいとか。まぁ、感情の中に無かったわけではないけども。
「それでもさ……」
こんな冴えないオッサンを、何故か慕ってくれるかわいい子らが居て。
楽しく、面白おかしく生きて行けるのかもしれないと思うと。
それはそれで、良いのかなぁと思うんだよな。
「だから、そういうのはもう良いんだ」
言って俺は。
改めてダンジョンの方を見る。
この中で。まだアイツらは、戦っているのだろうか。
「世話になったな、レオス」
俺は言って、その方向に向かって、頭を下げる。
少なくとも一緒に行動していた時間はあった。
助けたし、助けられた。共に苦難を乗り越えた事実は、消えないのだ。
最後まで。
もしかしたら最初から、分かり合えていなかったのかもしれないけれど。
俺は俺で、また一からやっていこうかなって。
そう思うよ。
「――――さ、行こうぜ」
振り返り、三人を見る。
俺が笑ってそう言うと、ヒナもベルもルーチェも、柔らかく笑い返してくれた。
陽だまりのような温かさが、伝わってくる。
ダンジョンに吹く風は、どこか優しく、柔らかく。
出口への光は、俺たちを穏やかに照らし続けていた。