異変に気付いたのは、ヒナだった。

「ねぇおにいちゃん。ちょっと疑問に思ったんだけど」

 ダンジョンの下層へと戻る道中にて。
 彼女は変わらず可愛らしい声で質問をしてきた。
 こちらといえば、粗削りな岩で出来た壁へと背を預けて休憩している最中である。疲労というものが無いのだろうか、羨ましい。
 額をつたう汗を拭いつつ、俺は「なんだ?」とヒナに応じると、彼女は「えっとねぇ」と顎元に指をあてがった。

 声だけじゃなくて仕草も可愛いのか。最高かよ。
 巨乳じゃなくてもバブみを感じれる。俺は学んだね。
 そんな不埒なことを俺が考えているとは露程も知らず、ヒナは小さな口を開いた。

「おにいちゃん、もしかして強くなってない?」
「……………………はい?」

 うん? 可愛らしい声で、何を言っているのかなこの子は。
 ふぅ……、やれやれ。まったく困ったもんだぜ。
 魔剣という規格外な存在とはいえ、やはり子供は子供か。
 俺の弱さは……俺がよぉぉぉぉく分かっとるわッッッ!!

「悲しいかな俺は強くないぞ!
 十年経験積んで、出直してきなオジョウチャン?」
「え……? う、うん……」

 声を大にして言うことでも、ハードボイルドな空気で言うことでも無かった。
 うん。ヒナも若干困惑気味だ。そうだよね。ごめんね。
 まぁ置いておきまして。

「俺が強くなってるって、どういうことだ? 見ての通り、今現在もヘバって休憩中だけども」

 実は現在、魔物除けを張っていない状態ではあるものの、ちょっとだけ休憩をとっていたりする。理由は簡単。歩くペースが早すぎるのである。
 いやぁ、このロリ達……。湧き出るモンスターを紙屑のようにばっさばっさと倒していくものだから、予想以上のハイペースでダンジョンを進めてしまう(・・・)のだ。

 それはつまり、歩行速度が上がるということで。
 それはつまり、足を止める暇が無いってことで。
 そうするとほらこの通り。くたびれたオッサンの出来上がりなのです。

「そんな状態の俺を見て、よく強くなったって言えるなヒナ」
「そ、それはそうかもしれないんだけど!」
「いやまぁ、嘘でもそういうことを言ってくれて嬉しいよ。ありがとな」

 ははと軽く笑って水を飲む。
 もしかしたら気を使ってくれたのかもしれないな、なんて思っていると――――視界に、とんでもないものが見えた気がした。

「……ぶっ!?」

 たぶん。
 パンツだ。
 それも――――ルーチェの。

「何、やってんだヒナ!?」
「え……、えいっ!」

 噴出した水を拭うことも後回しにして、俺は二人の方を見やる。
 彼女が何をやってるのかと言うと……、それはとても、不思議な行動だった。
 ヒナはルーチェのスカートをつまみ、とても素早いスピードでそれを上下に動かしている。
 バサバサと動かしていて、まるでスカートの中へと風を送っているようにも見える。

「……何をやっているんですの? ヒナ」
「ルーチェちゃんはそのままでお願い!」
「まぁ……、良いですけれども」
「いや良くないだろ!」

 俺が慌てて目を逸らすと、ヒナは「おにいちゃん!」と必死の形相をしながら言った。

「おにいちゃんはしっかり、ルーチェちゃんのパンツ見てて!」
「どういう状況!?」

 意味が分からないんですけど!
 ルーチェは腕を組んで仁王立ちをしているし、ヒナは彼女のスカートをバサバサと上げ下げしているし、ベルは暇になってテキトーなモンスターを倒しに行っていた。
 ううん……、カオス。というか、こいつらと出会ってこっち、カオスじゃなかった状況の方が少ないです。

「えっと……、で、何?」
「おにい、ちゃん! ルーチェちゃんの、パンツ、見てる!?」
「いや見てるけどさ……」

 とはいえ人外のスピードで上げ下げしているもんだから、ほとんど奥の布地は見えない。
 よくて膝のあたりくらいだが……、そもそも俺は何をさせられてるんだ。

「もっとよく見ようとして!」
「えぇ……。う、う~ん……」

 とりあえず付き合うことにするか。大人しいヒナがここまで必死なんだ。……やってることはアレだけども――――

「ん……? え、アレ?」

 見え……る? アレ? パンツ、ぼんやり見えるぞ……?
 ドレスの下に履くのはドロワーズとかじゃないのかというツッコミは置いておき……、ルーチェの足の付け根と、上品な色の黄色いパンツが、見える……。

「って、おっと」

 考えに気を取られた瞬間。またぞろパンツは見えなくなってしまった。
 上下に高速移動するスカートのカーテンに阻まれる。
 集中が途切れてしまったからなのかな?

「えーと。もう一度集中を……」

 再び目を見開いて、ルーチェのスカートに集中する。
 ヒナが動かすスカートが、段々とスローモーになっていき――――その奥には黄色いパンツと、そしてルーチェの、白い足の付け根が見えた。

「そんなところに……、ほくろがあるんだな……」
「むむむ~……、な、なんだか恥ずかしいですわね!」
「それでも仁王立ちはやめないんだな……」

 顔を赤らめるルーチェの顔も、同時に見えた。
 そしてその後も、スカートの中身は見え続ける。上下に動くスカートの合間を縫って、黄色い布地は完全に俺の視界に残り続けていた。
 な、何だろう……?
 何かがおかしいことは分かるんだが、理由が説明できない。

「ヒナ、こ、これは……? 俺は今、何を実感させられてるんだ……?」
「おにいちゃん! やっぱりだよ!」

 スカートから手を離し、ヒナは俺の手を握って嬉しそうにしていた。
 ……別のロリのスカートの中身を見れたということを祝福するロリって構図が、もうだいぶヤバいんだけど大丈夫なんだろうか。

「おにいちゃん! 動体視力、上がってるね!」
「あぁなるほど、ですわ。そのためでしたのね」
「どうたい……、しりょく?」

 俺はまるで、初めて聞いた単語のように聞き返してしまった。
 動体視力。
 物を捉える、目の力のことだ。
 それが、上がってる? 俺の知らないところで?

「おーゴシュジン。何か嬉しいことでもあったのか?」

 身体を動かしてスッキリしたのか、ベルも近くに寄ってきた。
 スナック感覚でモンスターを倒してくるんじゃない。助かってるけども。
 一部始終をベルに話すと、彼女も「あー」と虚空を見上げ、得心いったというリアクションを見せる。

「そうだよな! だってゴシュジン、ベルたちの戦闘(・・・・・・・)見えてた(・・・・)みたいだったしな!」
「え、戦闘を?」

 そういえば。
 この、ヒナ、ベル、ルーチェの三人は。超凄い戦闘を展開していた。
 それはそれは物凄く。凄まじく。人知を超えて――――超凄い。
 まさしく人外の強さを見せつける、特A級の戦闘だったのだ。

 それを。
 俺は、この目で見ていた。
 理解していた。
 目で追えていたのだ。

「ルーチェちゃんのほくろが分かったように、おにいちゃんは集中すれば、とっても凄い動体視力を発揮することが出来るんだよ!」
「マジか……」

 俺が困惑していると、ルーチェが横から言葉を挟んできた。

「それだけではありませんことよ我が夫。
 おそらく魔力も、上昇しているはずですわ?」
「え、マジ……?」
「魔力の、量なのか質なのか、はたまた攻撃の時の威力だけなのかは分かりませんけれど……、明確に普通とは違う魔力波を感じますわね」

 ルーチェは言いながら近づいて、俺の下腹部を「どれ」と触った。
 小さくて白い手が、俺の股間――――のギリギリ上の部分に振れる。

「ちょっ……!」
「ココ。分かりますか?」
「さすさすするな!」
「ぷにぷにで気持ちいいですわ~」

 悪かったな太ってて。
 ルーチェの言葉に続き、あとの二人も小さな手を這わせてきた。
 絵面が何とも背徳的だ。とてつもなく恐ろしい。

「このあたりにも強い魔力塊が感じますわ。太くて硬くて、アツい感じがしますわね。イメージですけれど」
「イ、イメージっすか……」

 良いから離していただけませんでしょうか。かわいいロリたちに股間付近を弄られていると、精神衛生上とてもよろしくないのです。
 狼狽する俺を他所に、気持ち良かったね~と言いながら手を離す三名。
 と、とにかく……。
 え? 強い魔力が、流れてる……?

「なんでだ? どうして俺の身体、そんなことになってんの?」

 魔力が流れてるってことは、身体機能なんかもアップされているということだ。
 でも、変わらず身体は疲れてるけども。
 そんな風に俺が疑問に思っていると、ベルが何かを思いついたように手を叩いた。

「アレかもなーゴシュジン!
 さっき上の階で、ゴシュジンの熱いのを、いっぱいナカにもらっただろー? たぶんそれだ!」
「誤解を招く言い方をするな!?」
「また舐めさせてくれ」
「それ……はっ、その方法しかないならそうするけども」

 ともかく。

「さっきお前らに与えた魔力(えいよう)? それが、何だよ?」
「たぶんソレで、ベルたちゴシュジンと繋がったんだぞ」
「つなが……った?」

 古来より。
 魔なる者や人外と契約し(つながっ)た者は存在するという。
 ただその言い伝えは様々で、専用の儀式をしなければ謁見することすらも出来ない者がほとんどであるとか。
 でもそんなステップを……、俺、飛び越えちゃったのか?

 ヒナの言葉が思い出される。
 認識。
 存在を、認識する。
 それってつまり、こういうことなのか……?

「あ、そうだ! 冒険者プレート!」

 俺は首元のプレートを取り出し、確認していた。
 そこには。これまで見慣れた微妙な強さを表す黄色(イエロー)――――ではなく。

 最高ランクの実力を示す、白金(プラチナ)カラーが、煌々と光り輝いていた。