さてさて。
 パーティを結成して一時間ほど休憩して(主に俺の体力回復のため)、立ち上がり「よし」と装備を確認する。

「この魔物除けは、切れるまであと一時間くらいあるから大丈夫だと思うけど……、一応ヒナ一人にするのは危険だからな」

 ヒナは先ほどのような、ベルやルーチェが弱っていたような事態にはなっていない。とはいえ、いつどこで魔力(えいよう)が切れるか分からない。
 万が一を考えると、一旦はここで養生しておいてもらったほうがいいだろう。

「そんなわけで、二人は留守番だ。頼んだぞ、ベル」
「任されたぞゴシュジン!」
「気を付けてね、おにいちゃん」

 二人に見送られ、俺たちは再びダンジョン内へと歩みを進めた。
 やることは先ほどと同じだが、今度ついてくるのはルーチェだ。
 行ってくると言って二人で探索を開始する。

「さてそれで……、」

 自身を『魔法』であると称す彼女だが……、正直他の二人と違って、ちょっと不明瞭なところが多すぎる。
 丁度先ほどダンジョンの『呼吸』があったタイミングだったみたいで、若干だが道が変動していた。俺たちの休憩スペースには影響が無くて良かったぜ。

「ルーチェはその……、『魔法』、なんだよな?」

 改めての確認のため、俺は自分でも口にしてて不可思議な文章を口にする。
 あなたは魔法ですか? って、控えめに言って意味わかんないよな……。
 困惑・混乱を抑えられない俺の言葉とは対照的に、ルーチェは「えぇ」と気品よく頷く。

「そうでしてよ旦那様」

 ちなみに呼称は『我が夫』から『旦那様』へと変更になった。
 ……まぁ、旦那様なら館の主人とかにも使うから、まだマシになったかなと思う。どうしてみんな頑なに名前で呼ぼうとしないんだ。
 それはさておき、俺は質問があると彼女に言うと、「えぇ。よろしくてよ?」と凛とした音色の声が返ってきた。
 高貴な感じの良く響く声だ。聞いていて心地よい。

「えっと……。『魔法』って……どういうこと?」
「……? 魔法という意味ですわ?」
「あーその……、お前は自分が魔法であるって言ってたじゃん? それはその、光魔法ルーチェリエルそのものなのかってこと」
「もちろんですわ。わたくし、光魔法ルーチェリエルでしてよ?」
「だからその……、大元の光魔法自体がお前ってことで良いのかな?」
「わたくしは光魔法でしてよ? 神聖なんですの。おーっほっほっほ!」

 ?????????
 うん??????? わかんなぁい??????
 声は心地いいのだけれど、会話の内容はぜんぜん心地よくないので、脳がおかしくなってきそうだ。

「えっとその……さぁ。あの二人――――魔竜と魔剣みたいに、意思を持った魔法ってことで良いのか?」
「うぅ~ん……? 正直そのあたりは、根性をもってしても分からないんですのよねぇ……。
 というよりもおそらく、わたくしもあの二体も、何故自分がここまではっきりと意識を持ったかは、分かっていないのではないかと思われますわ」
「分からない……か」

 ベルはまだ生物だから分かるけど。
 ヒナとルーチェは、そもそも生物としての概念にはカウントされていないものたちだ。

「でもそういえば……。物にも概念にも、何かしらの人格は宿るって言うのは、どっかで聞いたことがあるなぁ」

 どこで聞いた話だったかは忘れたけど。
 冒険者の中には、とてつもなく不思議な体験をした奴らもいるだろうし。そのあたりからの伝聞だったかもしれない。

「そのあたりは正直なんとも、ですわね。
 言葉を喋れてコミュニケーションをとれるようにはなっていますけれど、自身がどこまで何を知っているのかすら、あまり把握しておりませんもの」

 ルーチェは小さな歩幅のまま、優雅に歩きながら言葉を続けた。

「分かっているのは、自分自身の分類(・・)が魔法であるということだけ。
 まぁおそらく、主人が放った特大光魔法・ルーチェリエルが意思を持ったというものなのでしょうけれど――――確証はありませんわ」
「そうかぁ……。うーん、難しいなぁ。
 仮に正確な正体が分かっても、俺じゃあ理解できないかもしれないな」

 あははと笑うとルーチェもおほほと笑った。
 しかしその後、ぴたりと足を止めてルーチェは「旦那様」と静かにつぶやく。どうした?と顔を覗き込むと、大きくぱっちりとした瞳が、こちらを見返してくる。

「今の一連の話を、旦那様は理解なさったのですよね?」
「え? ま、まぁ……。『理解できない』ってことは理解したけど」

 俺の言葉に少しだけ俯いて。ルーチェは言葉を続けた。

「貴方様は、そんな『理解できない』……、得体の知れないわたくしたちと一緒に居て、本当に良いんですの?」
「うん? どういうことだ?」
「だって……、そもそもわたくしたちは、ヒトではないんですのよ? それなのに一緒に居るだなんて……」
「うーん……、そうだなあ」

 俺は腕を組んで考えた後、ルーチェに向かって言った。

「さっきも言ったけど、俺は人の気持ちを無碍にするのが嫌なんだ。その――――怖くて、な。あぁいや、……この話は別に良いんだけど。
 ともかく……、お前らは嘘をついてないと思ったし、純粋に気持ちが嬉しかったからさ」

 まぁそれにだ。
 わちゃわちゃしてるの、なんかかわいいし。とは、面倒になるので言わないでおくけれど。

「こうやって会ったのも何かの縁だしな。
 みんなで楽しく生きていければいいかな~……って感じなんだけど」

 やばい。ユルすぎたか?
 でも俺、正直複雑なコト考えられるほど、頭の出来はよくないんだよなぁ。
 世界や社会は複雑に出来てるからさぁ。日常生活くらいは簡単に生きていきたいのである。

「あっ……、ありがとう、ですわ……」
「お? お、おう……。どうした?」
「ううん……。なんでもない、ですの……」

 何故か俯いて、俺の服の端をぎゅっと掴むルーチェだった。
 困ったような顔が見えた気がしたけど……、口元、笑ってる?
 まぁ、喜んでくれてるなら、いいかな?

「よぉ~~~し! 気合いと根性、いただきましたわよ!
 ここからは光魔法・ルーチェリエル、旦那様のために精一杯頑張らせていただきますわッ!」

 凛とした力強い声がフロアに響き渡る。綺麗なおでこもきらりと光り、元気満々と言ったところだ。
 少しだけしおらしい空気を見せていたけれど、どうやら大丈夫っぽいな。
 ほっと胸を撫でおろすと同時、ガサガサドスンドスンと、多方向から色々な音が聞こえてくる。

「うん。分かってた分かってた。――――大声出せば、そりゃあモンスターは集まってくるって分かってたさっ!」
「おーっほっほっほ! さぁ! 全力全快で参りますわよッ!」

 俺たちを覆う、数々のモンスター。
 大小様々な魔物が、所狭しと集合していた。
 うん……。ヒナと行動していたときの、デジャブかな?






 というわけで、戦闘開始だ。
 トラブルはトラブルなんだが……それも三回続くと多少は慣れてくる。
 ヒナとベルのときはただただ驚くばかりで正確に『強さ』を感じることが出来なかったが、ルーチェの実力はしっかりと見届けてやれそうだ。

 剣、竜ときて――――魔法。
 ヒナは超速斬撃による各個撃破スタイル。ベルはダイナミックに飛び回りながらの広範囲殲滅。
 ルーチェは……どうだろう、魔法だからやっぱり、特大の魔法を撃ちまくったりするのだろうか。
 ピンチだとは感じつつも、俺だって魔法剣士だ。『本物の魔法』という存在から放たれる魔法に、胸が躍らずにはいられない。

「ルーチェ、正面から来てる!」
「ふふん……、いきますわよッ!」

 ミノタウロスと呼ばれる、オーガよりも更に筋骨隆々の巨体が迫る。大きな斧を両手で振り上げ――――そして一気にルーチェへと振り下ろした。
 それを彼女は……、

「は……、はぁぁぁぁ!?」
「フンッッ!!」


 真正面から、両の掌でどっしりと受け止めていた。


「イイですわねぇ……ッ! 滾ってきましたわよォッ!」

 豪奢なドレスと上品なツインテール――――に、とても不釣り合いな光景が、そこにはあった。

「えぇー……、ま、魔法……とは……、」
「根ッ性ッ! ですわぁぁぁッ!」

 小さな体のどこにそんな力があるのか。彼女は怒号と共にミノタウロスの斧をバキバキに粉砕する。

 幼女のぷにぷにしたカワイイおてて。
 外見はそのままだから脳が混乱する。

 流石にモンスターとしても、この状況は異常事態だったのだろう。巨体のミノタウロスは怯んだ表情を見せていた。そしてその隙をついて……一撃。ルーチェの放った飛び上がりアッパーが、大きな顔の顎へと炸裂する。

「根性アッパーッ!」
「グォォッ……!」
「イイ手ごたえですわッ!」

 揺らいだ巨体へと更に連撃。

「根性パンチ! 根性キック! そしてとどめの――――根性バックドロップですわぁぁぁッッ!!」

 アクロバティックな投げ技が炸裂する。
 巨体の両足を力づくでがしりと掴み、背中を逸らしながら宙を舞う。

「お~っほっほっほっほっほっほッ!!」

 巨体は頭から地面へ。
 ルーチェの身体は、美しきブリッジを描いていた。
 強烈な連撃。
 華麗なるバックドロップ。
 そうしてミノタウロスは、黒い霧となって消滅する。
 呆気に取られるのもつかの間。優雅なキメポーズを取っていたルーチェの元へ、更なる巨体が襲い掛かる。

「ガルルァァッ!」
「追加ですのね? 良くてよ、かかってきなさいッ!」

 それからもルーチェは、己の五体で戦っていた。
 殴る蹴る、投げる突き飛ばす、終いには頭突きまで。魔法の「ま」の字も無いような、完全格闘家(モンク)スタイルの戦闘方法により、この場を制圧せしめたのであった。

「―――いや魔法は!?」
「……? 相手の攻撃を受け止めるときには、多少は使いましたわよ?」

 何せ『ルーチェリエル』は防御魔法ですものと、彼女は一息ついて言う。
 いやそういうことではなくてさ。

「もっと魔法で遠くからとか、ド派手な光魔法でやっつけるとか、そういうのは!?」
「わたくしの武器は魔法ではなく『根性』でしてよ! お~っほっほっほっほッ!」

 高らかに笑うルーチェを、俺はどんな表情で見ていたんだろうなぁ……。
 お嬢様な外見、魔法という概念の人間化、優雅な立ち振る舞い、上品な高笑い。
 こんなワードの人物が……まさかのパワータイプだなんて思わないじゃん!?
 魔法使いとしての側面を持つ俺の、あのわくわくとトキメキを返せ……!

「はぁ……」
「――――で、見ていただけましたでしょう? わたくしの素晴らしい、『根性』!」

 驚きなのか気落ちなのか。
 そんな風に顔を伏せる俺に対して……目をきらきらさせながら、ルーチェは詰め寄ってきた。
 高笑いしている上品な笑顔とはまた別の、誉め言葉を期待しているペットみたいな、満面の笑みだった。
 うぐ……、か、かわいい……。

「ま、まぁ……、強かったし凄かったのは事実だな。
 うん、そうだな。よくやったぞ、ルーチェ」

 えらいえらいとヒナにやってもらったように、俺も真似して彼女を撫でてみる。
 またぞろ高笑いが始まるかと思ったが、ルーチェは頬を赤らめて「えへへ」と年相応の表情を見せていた。
 なんだかこっちまで嬉しくなってくる顔だ。そういう顔も出来るんだなぁ。

「……よ、よし、それじゃあ帰るか」

 ロリの沼へと陥りそうになる心を何とか沈め、俺は彼女とその場を後にした。
 ……ち、違うぞ! このドキドキは、父性が芽生えた的な感情だからな!?