「おめでとう、二人とも! うっ……けほっ、ごほっ」
「奥様、ご無理はいけません……!」
衣夜と一緒に向かったのは、衣夜の母、佳衣の部屋だった。
佳衣は、体が弱いので布団で寝たきりの状態だったのだが、羚と衣夜が来たので、使用人の手を借りて上半身を起こしている。
「ごめんなさいね。体調が良かったら、もっとちゃんとした歓迎が出来たのに」
「いえ。ご自身の体調が第一ですから」
佳衣の肌は、雪のように白い。それに加えて、酷く血色が悪く見える。
体調が著しくない時に来てしまって、羚は罪悪感を覚える。
「お母様の体調が、少しでも良くなるためにも、私達は部屋を出た方がいいですね」
「ごめんね」
ひらひらと手を振る佳衣に、衣夜と羚は頭を下げて部屋を出た。
「お母様の体の弱さは、生まれつきなので。ご心配なさらないでください」
「…………」
そう言う衣夜の表情は、とても心配そうな顔をしていた。
「……お父様のお話もそろそろ終わっている頃だと思うので、行きましょう」
「そうですね」
使用人に案内され、客間に戻ると、もう式の話をしていた。
「出来れば、夏の夕方で、雨が降ってくれればいいんですがね」
「となると、夕立ちを望んでおられるのですか?」
扉の外まで聞こえてくる父達の会話に、半ば呆れるが、気になる単語が聞こえた。
──なぜ、夕立ちを望むんだ?
夕立は、よく夏にみられる突然の落雷。
時間帯は主に、午後か夕方前後に降ることが多く、白雨とも呼ばれる。
「狐輪家では結婚の際に、夕立の日が照っている雨が降るのを好むのです」
「もしかして、天照雨のことですか?」
衣夜は、こくりと頷いた。
──なるほどな……。
「今日は、本当にありがとうございました」
「いえ。こちらこそ、有意義な時間を過ごせました」
深く頭を下げる父の後ろで、羚も頭を下げる。
「婚約も成立したことだしね。二人とも、仲良くするんだよ」
羚は、明夜の後ろにいる衣夜に近づき、周りに聞こえないように小声で話しかける。
「次、お会いした時には贈り物をします」
「!」
衣夜の顔が赤く染まるのを見て、少し嬉しい気持ちになりながら、明夜と衣夜に頭を下げて、父と共に帰った。