「明夜君! 大変、衣夜ちゃんが……!」

屋敷に帰ってきて早々、母は父の元に向かった。

「け、佳衣(けい)ちゃん!? どうしたの、そんなに急いで。走ったら危ないよ? ほら、座って。衣夜もどうぞ」

「そうですわ。お母様。もっとご自分の体の心配をしてくださいな」

明夜はうんうんと頷くと、「まずは、二人ともおかえり」と言った。

「ただいま。お父様」

「あ、えっと。ただいま、明夜く……げほっ、けほっ」

「ああ、ほら。無理するから。水飲む?」

「飲みます……」

ゆっくりと水を飲んで、少し落ち着いてから母は語り始めた。

「あのね、衣夜ちゃんがね。運命の相手を見つけたかもしれないの」

「……それは本当かい?」

「大袈裟です。ただ、目が合った瞬間に雷に打たれたような感覚がしただけで……」

父と母は顔を見合せた。

「衣夜。狐輪家に伝わる、お話は知ってるかな?」

「もちろんです。狐輪家に生まれる女児は、必ず運命の相手に出会えるというお話。ですが、お父様。あれは、ただのお話でしょう?」

それとこれと、一体なんの関係が? と思っていると、母が思いがけない言葉を口にした。

「あら。あれはただのお話じゃないわよ。お母様も、言い伝え通りにお父様と出会ったのだから」

「そうだよ。お父様は、それがあってお母様と結ばれたんだから」

「ご冗談を……」

衣夜はそこでハッとした。
運命の相手と出会えば、体に異変がみられると。

具体的にどのような、とは書かれていないし、聞いたこともないが、もし衣夜が感じた落雷のような衝撃が確かなら。

「本当ですの?」

「そうだよ」

すると、母が「じゃあ、早速探しましょう」と言い出した。

「衣夜ちゃん。その人の特徴は?」

「えっ? えっと、確か……。黒髪に翡翠の瞳を持っていました」

少ない情報だが、主な特徴と言えばこれだ。

「翡翠、というと猫又かな?」

「私も思いましたが、妖力はほとんど感じられませんでした」

「じゃあ、猫又の血を持つ人間かもしれないわね」

──まさか、本当に探す気で……?


その後、衣夜の予感通り、父が調べて探し出した。
その結果、すぐに西園寺家の令息だと分かった。


♢♢♢