翌朝、羚は和服の正装をして父と狐輪家に向かった。
──あまり、気が乗らないな……。
自動車の中で、羚は小さくため息をこぼす。
「そろそろ着くぞ」
父の言葉で、外に目をやった。
そこには、広大な土地に大きな邸が建っていた。
──うちとは比べ物にならない広さ……。
その広さに、言葉を失っていると邸の前で使用人らしき人物数人が、頭を下げていた。
「西園寺殿! ようこそ、いらっしゃいました」
「明夜様! 此度は、我が息子を選んでくださり、ありがとうございます」
自動車を降りると、待ちわびていたように使用人に囲まれて現れた、紅い瞳をした紺色の袴を着た三十代後半くらいの男性。
恐らく、狐輪家の現当主だろう。
──あの紅い瞳、どこかで……。
「いやいや。我が娘が自分で決めた人ですから。素晴らしい子だと思っていますよ」
「ははっ。ああ、ご紹介が遅れました。こちら私の息子の羚でございます」
羚は、相手に粗相のないよう丁寧に頭を下げて、挨拶をする。
「西園寺羚です」
「羚君か。これから、長い付き合いになるだろう。よろしく」
羚の前に、手が差し出される。
「よろしくお願いします」
そう言って、羚と明夜は握手を交わした。
邸に入ると、洋式の広い客間に案内された。
外見は木造の広い邸だったが、中は和と洋が混ざっているようだ。
「今、娘を呼びに行かせているので」
「ありがとうございます」
「……そういえば、娘さんは何歳なのですか?」
純粋な疑問だった。
流石に結婚させるくらいなので、初婚年齢は越しているのだろう。
「二ヶ月前に十六になったばかりでね」
──結構最近なのか。
羚が十九なので、さほど歳も離れていないようだった。
こんこんと、洋式の扉がノックされ使用人が「お嬢様をお連れして参りました」と言った。
「入りなさい」
扉が開かれ、中に入ってきたのは長く美しい白銀の髪に紅葉のように紅い瞳の、華奢で可憐な少女。
──彼女、は……。
「衣夜ご挨拶を」
衣夜、と呼ばれた彼女は羚に深く頭を下げた。
「狐輪衣夜と申します。……こうして、正式にお会いするのは初めてですね。羚様」
「あ、え、ええ……」
明夜は、興味深そうに首を傾げた。
「会ったことがあるのか? 羚」
「まあ、はい。と言っても目が合っただけで……。まさか、お会いするとは思っていませんでした」
明夜は、「なるほどね……」と、呟くように小さく言った。