「……は?」
低く地を這うような、怒りを含んだ声を出したのは羚だった。
その声に、隣にいた衣夜はびくりと肩を震わせた。
「救世主様、こんな人よりも私といた方が楽しいですわ。……申し遅れました。私、殊と申します」
「…………」
羚は喋らなかった。
ただ黙って、その令嬢の方を見た。
──醜女? 衣夜さんが醜女だと?
羚はくっ、と笑った。
きっと彼女は、自分こそが世界で一番特別だと思っているのだ。
「……羚様?」
衣夜が心配そうに、羚の顔を覗き込む。
殊という女に、悪口を言われたにも関わず、彼女は傷ついた顔一つしなかった。
それを感じ取った羚は、さらに怒りに駆られた。
人の顔をどうこう言う訳では無いが、こればかりは断言出来る。
「醜女はどちらでしょう?」
「え……?」
殊は驚いたのか、目を見開いた。
「僕から見れば、衣夜さんよりも貴女の方が醜女ですよ」
殊は、怒ったのか顔をカッ、と赤くした。
衣夜の方は、驚いた表情をして片手で口を軽く覆っていた。
嫌われたかもしれないな、と羚は自嘲気味に笑う。
──だけど、本当に。衣夜さんの美しさに勝る者などいるはずもない。
「……私の方が、貴方様の隣に相応しいはずです。それなのに、どうしてこの女なのですか?」
「少なくとも……貴女のような顔も性格も醜女の方は選びませんよ」
「……っ! そのような方だと思いませんでしたわ。酷いです! 乙女の心を弄んで!」
「貴女こそ、私が誰か分かって口を開いているのでしょう?」
羚の隣に立つ衣夜が、殊の方に近づいた。
「? ……ふんっ、どうせそこまで大した家じゃないのでしょ」
「まあ。驚きました。本当に、何も知りませんの?」
衣夜は小馬鹿にするように微笑み、扇子を開いて口元を隠し、紅い瞳を細めた。
「興味ありませんもの。下々の家なんて」
「本当に、愚かですこと……」
ぼそっと聞こえるか聞こえないかで言って、殊を睨んだ。
「衣夜さ……」
羚は名を呼ぼうとしたが、それをやめた。
衣夜の瞳は、強い怒りを孕んでいた。
「狐輪衣夜。この名をご存知で?」
「知ってるわ。狐のあやかしでしょう? それがな……───!」
殊は気づいたのか、顔を青くした。
「ま、まさか……」
「あら、やっとお気づきで? ふふふっ。随分と愚鈍ですのね」
──僕より、衣夜さんの方が凄い怒ってる……。
殊は、小馬鹿にされて怒ったみたいだが、相手があの狐のあやかしなので、怖くて何も出来ない様子だ。
「……っ! し、失礼致します!」
殊は逃げるようにその場を足早に去っていった。