会場は外から見たより広く、人が思ったよりも多かった。

「見られてますね」

「そうですね」

会場に入った瞬間、衣夜と羚は多くの人から注目を浴びた。
こそこそと、何か話している者もいる。

「ふふっ。緊張されてますね」

「ええ、まあ。人の集まりには慣れていないので」

「ご心配なさらずとも、羚様を悪く思っている方はいらっしゃいませんわ」

いたら私が消しますけど、と微笑みながら衣夜の口からさらっと恐ろしい言葉が出てきて、羚は驚く。

──何か会話! 会話を!

「……ど、どうして言ってないって分かるんですか?」

「妖狐ですから、常人より耳と鼻がいいんです」

「凄いですね……」

衣夜は少し驚いたような表情をした。

「……?」

「なんでもございません」



パーティーに出席している方達に挨拶をして、婚約の話をして回っていると、羚と衣夜に向かって小走りで来る令嬢がいた。

「救世主様!」

茶色の髪をした少女が、羚の腕に抱きついてきた。

「「!?」」

羚と衣夜は同時に驚き、羚はその令嬢の腕から上手く離れた。

「お知り合いですか?」

衣夜が訝しげに聞いてくるが、羚はこの令嬢のとこは一切知らないので、首を横に振って否定する。

「いいえ。全く……。面識はないです」

「まあ! 悲しいです……。あの時助けていただいたのに、もう忘れてしまったのですか?」

会話が聞こえていたのか、その令嬢は羚に近づき、言ってきた。

しかし、面識がないのでなんとも言えない。

──分からない。誰だ……? 最近だろうか。

自分の中にある記憶を探る。
令嬢の言葉を捉える限り、仕事関係ではなく私事のことだろう。

ふと、一人思い当たる人がいた。

衣夜と出かけた日、一人の令嬢を助けた記憶がある。

ただ、衣夜に変な誤解をされたくなかったので、相手の顔を覚えようとしなかった。

──この令嬢は覚えていたのか。でもなぜ?

茶色の肩まである髪に、黒い瞳。
整った顔立ちだが、あやかしのように瞳や髪に特徴が見られず、あやかしの血が混じっていたとしても、普通の人間だろう。

「それで、貴女は彼にどのようなお話があるのですか?」

「あら。誰ですか、この醜女(しこめ)は?」