羚と衣夜が婚約して、早一週間。
今日は、二人で街に出かける逢引の日だ。
──変じゃないといいが……。
ふう、と呼吸を整えて衣夜が来るのを待つ。
普段、仕事の時などは洋服が多いのだが、使用人達からせっかくなのでと、袴姿にさせられた。
生地は白で、羽織は紺色。
よそ行きらしい服装だが、似合っているか不安になる。
まだだろうか、と辺りを見渡す。
人が多いからというのもあるのか、まだ離れた所にいるのか、衣夜は見つからない。
ふと、見渡した時に一人の女性に目がいった。
茶色の髪の少女。歳は、衣夜と変わらないくらいだろうか。
とても質のいい洋服をきているので着ているので、いい所の令嬢なのだろう。
羚が、彼女に目がいったのは歩き方が危なっかしく見えたからだった。
──病気、ではなさそうだ。後ろにいるのは、使用人か。心配そうにしているな。
恐らく、靴が合っていないのだろう。
大きさが違うのか、卸したばかりなのか、どちらかは知らないが、とても歩きにくそうだ。
もし、転んで助けたにしても、衣夜に誤解されたらたまったものではない。
だが、案の定その令嬢は足を踏み外し、転んでしまった。
倒れかけたその時、前から羚が助けた。
「大丈夫ですか?」
──面倒だが、困っている人を見過ごす訳にもいかない。
「は、はい……」
「申し訳ございません、お嬢様! 私が付いていながら。ありがとうございます。お嬢様を助けて頂いて」
少女は驚きながらも、小さく返事をする。
使用人の方は、助けるのが遅れたことを謝り、羚に深く頭を下げて礼を言った。
あくまで助けた、だけ。それ以上は触れたりせず、目も合わせない。
羚は心の中でため息をつきながら、衣夜に見られていても誤解されていない事を願った。
「大丈夫そうなら良かったです。では、僕はこれで失礼します」
笑顔を貼り付けて、軽く頭を下げて颯爽とその場を離れようとした時。
グイッと、腕を後ろから誰かに引っ張られた。
「!」
「あ、あの! どうか、お名前だけでも教えてくださいませんか?」
令嬢は、懇願してくるような眼差しで羚を見つめるが、羚はそれを拒否する姿勢を見せる。
「そんな大したことはしていないので。どうか、お気になさらずに。では」
羚はすぐにその場を去った。
助けた令嬢が、羚を熱い眼差しで見つめていたとも知らずに。