「あなた、一体なんなの？　どういうつもり？」

　ホテルの外に待機していた外国製高級車の後部座席に暁の指示で共に乗り込み、咲耶は彼に詰め寄った。

「言った通りだ。俺の手でお前を不幸のどん底に突き落としてやるんだ。他の誰かにその役目を渡せるか」

　暁の説明に咲耶はどっと肩を落とした。

「あのねぇ」

　どうやら彼の主軸はぶれないらしい。一瞬でも｢助けにきてくれた｣と勘違いしそうになった自分を責める。

「そもそも、他の人間にお前を不幸と思わせるのはなかなか至難の業のようだからな」

　ひとり言にも似た暁の呟きに、咲耶は再び彼の方を見た。すると暁もこちらを見ていてふたりの視線が交わる。

「どんな状況でも自分が幸せだと思えるのは、それ以上につらい経験をしているからだ。お前はそうやって乗り越えてきたんだろ。あんな連中に同情されるいわれはない」

　先ほどまで心の中を覆っていた黒い靄が晴れ、中村や公子たちに投げかけられて溜まっていた重い鉛のようなものが溶けていく。
　咲耶の目からは自然と涙が零れ落ち、その表情に暁も目を丸くする。そして彼は嬉しそうに笑った。

「どうした？　そんなにあの男と破談になったのがつらいのか？　それともあの伯母一家と縁が切れそうなのを嘆いているのか？」

　暁がどこまで本気で言っているのかはわからない。それでもいい。ずっとひとりで耐えてきたなにかに気づいてもらえた。わかってもらえた。
　それが今は心強くて嬉しかった。咲耶はそっと指先で涙を拭う。

「で、私はこれからどんな不幸に突き落とされるの？」

「それはこれからじっくり考える。お前は俺のものになるんだからな」

　そう言って暁は、咲耶の分だけ記入済みの婚姻届を彼女に見せた。

「え？」

　訳がわからずにいる咲耶に、暁はにこやかに微笑んだ。ただしその含んだ笑みに咲耶は直感的にびくりと肩を震わせる。

「お前に力を封じられてから、こうして普段は人間としてやっている。つまり結婚できるんだ」

「いや、あの……」

　なんとなく暁の言わんとすることは理解できるが、正確には理解したくないと咲耶の頭が拒否をしている。逃げ腰になる咲耶の腰に暁は腕を回し、彼女を抱き寄せた。

「お前は俺のものだ。誰にも渡さない」

　お父さん、お母さん。どうやら私、とんでもない神様に因縁つけられたみたいです。

　でもどういうわけか、暁と一緒でも不幸になる気がしない。むしろずっとひとりだった自分を見つけてくれた。もう少しだけ彼と一緒にいてもいいのかもしれない。
　それらを口には出さず、咲耶はしばらくそのまま彼に身を委ねていた。