私の声が届いたのか、ギルバートは鋭い歯を見せて笑った。

「その言葉だけで千人力ですよ、ミサ」

 彼のつぶやきが確かに聞こえた。

 次の瞬間、ギルバートの遠吠えが国中に響き渡った。彼は大きく剣を振るった。とても力強い一振りが、国王の剣に当たる。国王は一歩後ずさった。

「しぶといな、だがしかしこれで終わりだ。殲滅ノ銀晶!」

 国王が雄叫びをあげてもう一度あの奥義を発動する。

「ミサ、愛していますよ」

 ギルバートが私に微笑んだ。世界の時が止まったような気がした。そして、ギルバートは呪文を唱える。

「毒花繚乱」

 ギルバートは私が知らないはずの呪文を唱えた。しかし、私はこの技がどんな技か分かる。

 大地を裂いてギルバートに襲い掛かる銀の刃、そして国王の純銀の刀剣をトリカブトの花が覆う。

 全てがスローモーションに見えた私の脳裏に流れるのはギルバートの声。

「貴女の魂は美しい花の香りがします」

 ギルバートの血をもらってから、ギルバートは花の香りがするようになった。そうか、あれは魂の香りだったんだ。

「貴女は私の運命の人です」

 同じ魂の香りを持つ私たちが惹かれ合うのは必然だったんだ。この世界で唯一の運命の相手。人間か人狼かなんて些細なことだった。

「きっと貴女が隣にいるからですね」

 満月の夜、ギルバートにとってはあまり妖力が使えない日にも関わらず感じた強大な力と一面のトリカブト。ギルバートが妖力を使うたび、私の体に流れ込む感覚。

 私たちの魂は、共鳴している――。

 トリカブトの花が触れたところから、純銀が腐食していく。そして、真っ黒になった銀は瓦解しボロボロと地面に落ちた。

「バカな……!」

 先ほどまでの余裕は嘘みたいに国王が動揺する。
トリカブトの毒による腐食。これがギルバートの最終奥義「毒花繚乱」だ。

 通常であれば、トリカブトの毒は銀を腐食させることはできない。しかし、今日は新月の夜だ。そして、魂の共鳴によって強化された妖力があれば、ギルバートの妖術は科学など軽く凌駕する。

「喰らえ、銀嵐!」

「無駄ですよ、父上」

 ギルバートはもう彼を国王陛下とは呼ばなかった。国王が放った銀嵐に対して、ギルバートはもう一度妖力を発動する。気づけば私も一緒に呟いていた。

「毒花繚乱」

 荒れ狂う銀の槍からトリカブトの花が咲き、みるみるうちに銀の槍は崩壊していく。もはや、国王の妖術は私「たち」には通用しない。

 予想外の反撃に国王はたじろいだ。その隙を突き、ギルバートは足と胸に深い傷を負っているにもかかわらず、狼の動体視力といえども目にも止まらぬ速さで国王に迫り、剣を振るう。形勢は完全に逆転した。

 鬼気迫る猛攻に国王はついに追い詰められた。国王の首筋にほんの少し触れてかすかに血が流れた。国王はついに降参を宣言した。

「ミサ、勝ちましたよ!」

 ギルバートが言い終わるや否や、私は闘技場に降り、駆け寄って抱きついた。今までで一番強い力で、苦しいくらいに抱きしめ返された。

「もう二度と貴女を離しません。一生愛することを誓います。ミサ、私と結婚してください」

「はい」

 もう、迷いはなかった。