何度ギルバートの告白を拒んでも、彼は変わらず優しい。変わらず、幻想的でキラキラした夢を見せてくれる。

 私を守るために、彼は常に剣を持ち歩く。銀の剣だ。人狼の弱点が銀だという伝承は本当のようだ。他の人狼に襲われたときに確実に私を守るためのものだと彼は言った。

 人狼の居住地域を歩くときは、ギルバートは変装をしない。他の妖に比べれば人狼は位が高いが、人狼にも平民と貴族がいる。平民街の広場にはギルバートの家の庭の花と同じ花が咲いていた。花に囲まれて人狼の子ども達が遊んでいた。

「王子様だあ!」

 私たちに気づくと、人狼の子ども達が、ギルバートを歓迎した。彼は民に愛され、慕われる王子らしい。

「一緒にいるのは、お姫様?王子様はそのお姉さんと結婚するの?」

「さあ、どうだろうね?そうだったら素敵だね」

 ギルバートは少年の頭を優しく撫でた。その瞳は慈愛に満ちていた。彼は子どもを、国民を心から愛しているのだと伝わってきた。

 少女達は、花で髪飾りや首飾りを作ったり、花の蜜を吸ったりしていた。田舎の通学路で花の蜜を吸っていた遠い昔を思い出した。少女達はギルバートに次々と手作りの花飾りを渡していった。

「ねえ、王子様。あれやってよ、流れ星みたいにお花バーッてやつ!」

「明日になったらね」

「本当?やったー!」

 少女がお願いすると、ギルバートはその子を抱き上げた。流れ星みたいに、という言葉が気になった。彼は私に見せてくれた妖術の他にも花を操れるのだろうか?

「騎花繚乱とは別の妖術ですか?」

「ミサにはまだ話していませんでしたね。我々王族は……」

 ギルバートが話し出すと、別の少女が私たちの方へ駆け寄ってきた。

「お姉ちゃんにもあげる、美味しいんだよ」

 無邪気な顔をした少女が、昔を懐かしんでいた私の唇に花を押し当てる。

 その瞬間、全身に激痛が走った。心臓を悪魔に鷲掴みにされたような苦しさが襲い、息が出来なくなった。「死」を五感に刻みつけられるような感覚に襲われた。

 突如、ギルバートが刀を抜くと、即座に自分自身の左肩から胸を袈裟斬りした。噴水のような血飛沫を目にしながら、ギルバートの声に耳を傾ける。声は確かに聞こえるけれど、その音を文字に変換できないまま私は意識を手放した。

 夢の中で、私はギルバートにキスをされた。鋭い牙を持った狼男とは思えない優しいキスだった。

「ミサ、どうか生きて。どうか目を覚まして」

「ギルバート様、泣いていられるのですか?」

「貴女を失ったら、私は生きていけない。愛しています」

「ギルバート様、私も貴方を……」

 私は何と言おうとしたのだろう。
 あの紫の花と同じ香りで目が覚めると、ギルバートの家のベッドの上で、ギルバートが私を見守っていた。倒れる前よりも視界がくっきりしているような気がする。右手に火傷をしたような痛みがある以外は体に異常は無い。ギルバートはほっとしたように息をつくと、何があったのかを説明し始めた。

 少女が私の唇に押し当てた花は人間界のトリカブトにあたる花らしい。人間界のトリカブトは晩夏から初秋にかけて咲くが、妖界では年中咲き乱れている。トリカブトには猛毒がある。人間界ではかつて中世で銀食器に反応しないからと暗殺に使用されていたような代物だ。

 そして、妖界に咲く花の毒は人間界のトリカブトの毒よりも濃縮されて即効性のあるものだ。解毒剤はない。

 しかし人狼はトリカブトの毒に対して耐性がある。人狼の血は血清のようなものだ。人狼の血を大量に摂取すれば、解毒剤の代わりとなるらしい。

 中毒症状を起こした私を目にしたギルバートは反射的に自らを斬りつけ、大量の血を流した。彼が服をはだけると、包帯の上からでも分かるくらいに深い傷が切り刻まれていた。

「私のためにそんなに危険なことをしたのですか」

「この剣は純銀ではありませんから、相当深く斬らない限り死には至りませんよ」

 ギルバートは微笑みながら私の髪を撫でた。嘘。どう見ても、相当深く斬っているくせに。

「私を心配してくださったのですか?困りますね。ますますミサが愛おしくなってしまいます」

 強い眼光で見つめられると、赤面してしまう。

「顔が赤い。熱があるのですか?人狼の血を受け入れて体質が変わったのだから、ゆっくり休んだ方が良い」

 ギルバートが私を労る。血清には副作用があるらしい。私も半分ほど人狼の体質になったと言える。今後私はトリカブトの毒で死ぬことはなくなり、五感が強くなった代わりに、私の体は銀を受け付けなくなった。右手をふと見ると、あの人にもらったシルバーリングが外れていて、薬指の付け根にその形にくっきりと火傷のような跡があった。銀に対してアレルギーに近い反応が出ているらしい。

「大切な物なのでしょう?ですから、銀を身につけられなくなるこのような方法はあまりとりたくなかったのですが、背に腹は代えられませんから。これ、ここに置いておきますね」

 執着の象徴だった指輪はケースに入れられていた。けれども、もうこの指輪に未練が残っていない自分に気がついた。きっと私は、誰かにこの指輪を外してほしかった。

 ギルバートの手に視線を移すと、彼の指先にも包帯が巻かれていた。きっと指の炎症に気づいた彼が私の指輪を外してくれたのだ。人間の私より、遥かに銀に対しての拒否反応が強いはずのギルバートが、鋭い爪で私を傷つけることなく丁寧に指輪を外してくれたのだろう。

 私の体が火照っているのは決して副作用などではない。ギルバートの顔が直視できない。

「ギルバート様にキスされる夢を見ました」

 言う必要があったかは分からない。けれども、なぜだか告白してしまった。

「申し訳ない。貴女の息を吹き返すために、無我夢中でした」

 人工呼吸をしたのか、血を口移しで飲ませたのかは定かではないが、救命行為の一環で私にキスをしたことをギルバートは詫びた。命の恩人であることを差し引いても、私はそれを嫌だとは感じなかった。

「助けてくれてありがとうございます、ギルバート様」
 沈黙。付き合いたての恋人のような絶妙な気まずさだ。静寂を破ったのはギルバートだった。


「ミサ、私は明日、父と決闘します」

「へ?」

 間抜けな声で反応する私に、ギルバートは続ける。

「貴女が人間であることが、父に知られてしまいました」

 公衆の面前でトリカブト中毒を起こし、あんな大騒ぎになれば無理もない。いよいよ、人間界に帰らなくては。次の満月はいつだっただろうか。

 明日が新月だから、あと15日。私はその間に処刑されるのだろうか。

「人間の女に現を抜かすなど、王位継承者としてふさわしくないと」

「国王陛下はギルバート様の王位継承権を決闘によって剥奪しようとしているのですか」

「いいえ、決闘は私から申し込みました」

 どういうことだか分からなかった。狼男の生命力は知らないが、人間の目からは瀕死の重体にしか見えない傷だ。

「どうして、そんなボロボロの体で」

「愛する女性を侮辱されて、怒らない男がいるとお思いで?」

 私は妖界の住人ではない。人間の中でも、日本人はニホンオオカミを滅ぼした蛮族だ。人狼からの心象はすこぶる悪いだろう。平民で育ちも良くない。「人間の女」以上のふさわしくない理由はいくらでも羅列できる。

「私が勝てば、現国王は退位し、私が新たな王として即位します。私の願う、人間も人狼も妖も皆が平等な世界では貴女は自由です。そうすればもう、貴女は仮面でその美貌を隠す必要も無い」

「負けたら、ギルバート様はどうなってしまうのですか」

「どうなるのでしょうね。我が一族がこの国を統治し始めてから、国王に決闘を挑んだ者はいませんから前例がない。ただ、私は王位継承権をチップとしてベットしました。負ければ全てを失うでしょう。処刑されるかもしれませんね」

「なんで、そんなに飄々としているのですか」

「私は法で民を縛ることは好きではありませんが、貴女を守るための法となれるのならば、手段は選びません。大丈夫です。私は必ず勝つと誓います」

 ああ、この人は。相手は史上最恐の狼男なのでしょう? 優しい貴方が実の父に刃を突きつけられるのですか?どこからその自信は来るのですか?

「でも、明日は新月で……純粋な身体能力での勝負になるのなら深手を負っているギルバート様が不利でしょう?」

「そういえば、その話の途中でしたね」

 ギルバートは自分の顔を指さした。

「我々王族は他の人狼と似ていないでしょう?皆がハイイロオオカミに近い人狼であるのに対して、我々はニホンオオカミの同胞なのです」

 私は狼の生態には詳しくないのであまりよく分からなかったが、言われてみればギルバートは他の人狼とは毛色が違うような気がする。

「ですから、妖力発動時の呪文がミサには少し日本的な響きに聞こえたかもしれません」

「ダークムーン・デュエルを新月決闘と呼ぶのも同じ理由ですか?」

「はい。話が逸れましたが、なぜ我が一族が決闘の日時を新月の日と定めたのか、それは我が一族が特殊な血筋だからです。多くの魔族、特に人狼は満月の日に妖力を最大火力で発動できますが、我々一族は新月の日にこそ真の力を解放できるのです」

 妖術を見せてほしいといった子供に対して、「明日」と言った意味が分かった。私は満月の日に見た妖術・騎花繚乱こそがギルバートの真骨頂だと思っていたが、私を魅了したあの妖術はギルバートの力のほんの一部でしかなかったのだ。

「それを利用して、私の祖先は新月の日に前王朝を倒し、この国の権力の全てを手に入れました。そして、満月の日に奪い返されないようにと決闘は新月の夜と法律で定めたのです。満月の夜に人間界への列車を送るのも、ありあまる力やフラストレーションを発散させる場所として人間界を選ばせているのでしょう。人間界に魔女狩りが存在した頃は、満月の日が終わり、人間界で妖力が弱まったことで人間の手で命を落とした民も少なくありません。そして、百年ほど前、ニホンオオカミが人間界で絶滅してからは列車を送る目的は人間を攻撃するためへと変わりました。私の一族はそうして、国内の不穏分子を処理するとともに人間に復讐してきたのです。私の祖先は、祖父は、父はそういう男です」

 なぜ異世界のこの地で日本語が通じたのか。なぜ西洋と東洋両方の文化がこの地で入り混じっているのか。今まで気にも留めなかったけれど、それは日本と妖界に深い因縁があるからに他ならない。

 ギルバートが立ち向かう巨悪。敵は想像以上に手段を選ばない相手のようだ。そして王族がニホンオオカミの同胞ともなれば、日本人の私に向かう憎悪は計り知れない。

「私の生命力であれば次の新月までに怪我を治癒することは可能でしょう。しかし、父は満月の日に貴女が帰る前に惨殺する。彼はそういう男なのです。ですから、私がその前に玉座につくしか貴女を守る術がないのです」

「どうしてそこまでしてくれるんですか……?」

 私は自分が恐怖で泣いているのか罪悪感で泣いているのか分からなかった。ギルバートが私を抱きしめる。昨日までは感じなかったが、彼からはトリカブトの香りがする。嗅覚が鋭敏になったからだろうか。

「あなたの魂に惹かれたからです。理屈ではないのですよ」

「どうして理屈じゃなく、命を懸けられるんですか?」

「確かに国中の民が私を愚かな男だと笑うかもしれません。命を粗末にする王子だと。でも、おかしいかもしれませんが、私は負ける気がしないのです。貴女のためなら純銀の槍が降ってもその中で立っていられる気がするのです。ですから、貴女だけは信じてくれませんか?」

 満月の夜に感じた強大な妖力よりも強い力。私を守ってくれる騎士様。ギルバートが勝つと言ったのだから彼は勝つのだろうと、今なら信じることが出来る。

 ただ、一つ気がかりなことがあった。

「ギルバート様、一つだけお願いがあります」

 私のためにここまでしてくれるギルバートのことだ。ギルバートが法となれば、私を誤って殺しかけたあの子はどうなってしまうのだろうか。

「あの女の子を許してあげてください。きっとわざとではないと思うから」

「やっぱり、ミサは心優しいですね。私が見込んだとおりだ」

 ギルバートは慈愛に満ちた笑みを浮かべて、私の髪を撫でた。

「もちろんですよ。今回のことは貴女をお守りできなかった私の落ち度であり、あの少女のせいではありません」

 私はほっとした。

「では、私からも一つだけわがままを」

 勝ったら恋人になってほしいと言われたらきっと受け入れてしまうかもしれない。

「私が勝ったら「ギル」と呼んでいただけますか?」

 思わず拍子抜けしてしまった。

「おかしかったですか?愛する女性には敬称でなく、愛称で呼ばれたいものですよ」

 キョトンとする私にギルバートが微笑んだ。
 決闘の夜、ギルバートは私の手の甲に口づけた。

「勝ったらプロポーズしますので、覚悟していてくださいね」

 闘技場へと向かう力強い背中に、私は何も言うことが出来なかった。

 私は侍女に連れられて、関係者席に案内された。侍女からは海の香りがした。行き交う妖たちは皆、私のことを怪訝な目で見ている。彼らからも様々な匂いがしたが、花の香りの妖はいなかった。

 国王は筋骨隆々の狼男で体躯がギルバートより二回り大きく、牙も爪も怪しく光っていた。幾百幾千もの敵を屠ってきたような禍々しいオーラを感じた。

 決闘には純度100%の銀の刃の刀剣が用いられる。斬られれば即死する。審判の合図で、激しく二人の剣がぶつかり合って、高い金属音が幾度も響いた。ギルバートの血が鋭敏にした聴力によって、音はいっそう恐ろしく聞こえた。体格差もあり、ギルバートは劣勢だ。

 追い詰められたギルバートが呪文を唱える。

「星花繚乱」

 ギルバートが妖力を使うと、私の心臓がトクンと鳴った。

 国王とギルバートの間に無数の花吹雪が舞う。トリカブトの花びらだ。少女が流れ星と表現していたことを思い出した。流星のような花びらたちが国王の動きを止めている。これがギルバートの真の力。美しく力強いその術から私は目が離せなかった。

「これで終わりか?」

 国王が怪しく笑う。そして、術を唱える。

「銀雨」

 おどろおどろしいオーラを放ちながら唱えたその術に背筋がぞくりとした。パキッと金属音がする。そして、ギルバートの頭上から無数の銀の刃が降り注ぐ。

「ギルバート様っ、危ない!」

 私は思わず身を乗り出して叫んだ。警備の人狼が私を制止する。

「星花繚乱!」

 銀の刃の雨を、ギルバートがトリカブトの花吹雪で吹き飛ばした。決闘が振り出しに戻る。

 しかし、国王は私の想像以上に手強い。人狼の弱点である銀を自由自在に操る能力、まさしく人狼を支配するための力だ。歴代最恐の名は伊達ではない。

「久々に楽しめそうだ」

 国王は高らかに笑った。そして、呪文を唱える。

「銀嵐」

 今度は先ほどよりも鋭い銀の槍が暴風に乗ってギルバートを襲った。

「星花繚乱!」

 ギルバートはもう一度妖術を発動して抵抗するが、その声には焦りが見えた。私の額を汗が伝った。防ぎきれない銀の槍を銀の剣で振り払う。しかし、防戦一方だ。

 当たり前のことだが、新月で真の力を解放するのは相手も同じ。純銀の槍が降ろうと、というのは比喩でもなんでもなく、ギルバートはとんでもない化物と戦うことを知っていたのだ。

「殲滅ノ銀晶」

 国王が地面に手をかざすと、大地から轟音が鳴り響いた。地割れが起こり、そこから銀の刃がギルバートを串刺しにせんとばかりに次々とせりあがる。

「騎花繚乱」

 ギルバートは大地に妖術をかけて対抗した。ギルバートが咲かせる花は下級妖術程度であれば無効化が可能だと昨日ギルバートが言っていた。

 しかし、ギルバートが今相手にしているのはこの国で、あるいはこの世界で最強、もはや魔王とも言うべき存在だ。

 トリカブトが咲き乱れる地面を切り裂いて、銀の刃がギルバートを襲った。ギルバートは跳んで回避しようとしたが、刃があまりに大きく空中で足を負傷した。バランスを失ったギルバートは地面に叩きつけられる。

 国王が最後は自らの手でとどめを刺そうと、一歩ずつギルバートのもとへと向かう。地面に咲いたトリカブトが踏みにじられる。

「無様だな。汚らわしい人間になど執着するからだ。しかし、こんな愚か者でも我が息子だ。降参し、あの女を差し出すのなら貴様は牢獄で生かしてやろう」

「お断りします。貴方と刺し違えてでも、私は愛する人を守らねばならないのです。国王陛下には分からないでしょうけど」

 国王の声は、人間界のどんな音よりも恐ろしかった。けれども、ギルバートは全く怯むことなく、愛を知らない国王を煽るように強い口調で言い返した。

「ならば死ね」

 国王はとどめとばかりに剣先をギルバートの心臓をめがけて振り下ろした。嫌だ。死なないで。

 私は、ギルバートが好きだ。

「ギル、勝ってよ!勝って私と結婚してよ!」
 私の声が届いたのか、ギルバートは鋭い歯を見せて笑った。

「その言葉だけで千人力ですよ、ミサ」

 彼のつぶやきが確かに聞こえた。

 次の瞬間、ギルバートの遠吠えが国中に響き渡った。彼は大きく剣を振るった。とても力強い一振りが、国王の剣に当たる。国王は一歩後ずさった。

「しぶといな、だがしかしこれで終わりだ。殲滅ノ銀晶!」

 国王が雄叫びをあげてもう一度あの奥義を発動する。

「ミサ、愛していますよ」

 ギルバートが私に微笑んだ。世界の時が止まったような気がした。そして、ギルバートは呪文を唱える。

「毒花繚乱」

 ギルバートは私が知らないはずの呪文を唱えた。しかし、私はこの技がどんな技か分かる。

 大地を裂いてギルバートに襲い掛かる銀の刃、そして国王の純銀の刀剣をトリカブトの花が覆う。

 全てがスローモーションに見えた私の脳裏に流れるのはギルバートの声。

「貴女の魂は美しい花の香りがします」

 ギルバートの血をもらってから、ギルバートは花の香りがするようになった。そうか、あれは魂の香りだったんだ。

「貴女は私の運命の人です」

 同じ魂の香りを持つ私たちが惹かれ合うのは必然だったんだ。この世界で唯一の運命の相手。人間か人狼かなんて些細なことだった。

「きっと貴女が隣にいるからですね」

 満月の夜、ギルバートにとってはあまり妖力が使えない日にも関わらず感じた強大な力と一面のトリカブト。ギルバートが妖力を使うたび、私の体に流れ込む感覚。

 私たちの魂は、共鳴している――。

 トリカブトの花が触れたところから、純銀が腐食していく。そして、真っ黒になった銀は瓦解しボロボロと地面に落ちた。

「バカな……!」

 先ほどまでの余裕は嘘みたいに国王が動揺する。
トリカブトの毒による腐食。これがギルバートの最終奥義「毒花繚乱」だ。

 通常であれば、トリカブトの毒は銀を腐食させることはできない。しかし、今日は新月の夜だ。そして、魂の共鳴によって強化された妖力があれば、ギルバートの妖術は科学など軽く凌駕する。

「喰らえ、銀嵐!」

「無駄ですよ、父上」

 ギルバートはもう彼を国王陛下とは呼ばなかった。国王が放った銀嵐に対して、ギルバートはもう一度妖力を発動する。気づけば私も一緒に呟いていた。

「毒花繚乱」

 荒れ狂う銀の槍からトリカブトの花が咲き、みるみるうちに銀の槍は崩壊していく。もはや、国王の妖術は私「たち」には通用しない。

 予想外の反撃に国王はたじろいだ。その隙を突き、ギルバートは足と胸に深い傷を負っているにもかかわらず、狼の動体視力といえども目にも止まらぬ速さで国王に迫り、剣を振るう。形勢は完全に逆転した。

 鬼気迫る猛攻に国王はついに追い詰められた。国王の首筋にほんの少し触れてかすかに血が流れた。国王はついに降参を宣言した。

「ミサ、勝ちましたよ!」

 ギルバートが言い終わるや否や、私は闘技場に降り、駆け寄って抱きついた。今までで一番強い力で、苦しいくらいに抱きしめ返された。

「もう二度と貴女を離しません。一生愛することを誓います。ミサ、私と結婚してください」

「はい」

 もう、迷いはなかった。
 決闘による国王の交代、王族の異種族との婚姻、身分制度の廃止。異例づくしの出来事に神官や政治家はてんやわんやだ。調整ミスなのか過密な日程が組まれ、戴冠式の直後に結婚式というハードスケジュールである。

 私は過去の王を知らない。けれども、新たな国王は歴代の王の中で最も気高く美しい心の持ち主だ。王冠を身につけ、民衆に祝福される彼が誇らしかった。

「ミサ、入ってもいいですか?」

 お世話になった別荘の使用人達は全員王宮に移り住むらしい。特に優しかったメイドさん達に花嫁衣装を着せてもらった。私のドレス姿を見て、私の夫となる人は息を飲んだ。

「綺麗だ……」

 私は、トリカブトのブーケを手にした。花言葉は「騎士道」らしい。彼の統治する国に咲き誇る美しい花。私がこの花に触れることができるのも彼のおかげ。私は彼の血によって生かされている。

「ねえ、ギル」

 親しみとあらん限りの愛をこめて、愛しい彼を呼ぶ。今夜は満月らしいけれども、私は人間界には帰らない。私はここで、ギルの妻として生きていく。生まれた世界が違っても、身分が違っても、それでもこの愛が本物だと自信を持って言える。

「世界で一番大好きだよ」

 ギルとならどんな困難も乗り越えていける。私はギルを愛しているから。



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