決闘の夜、ギルバートは私の手の甲に口づけた。

「勝ったらプロポーズしますので、覚悟していてくださいね」

 闘技場へと向かう力強い背中に、私は何も言うことが出来なかった。

 私は侍女に連れられて、関係者席に案内された。侍女からは海の香りがした。行き交う妖たちは皆、私のことを怪訝な目で見ている。彼らからも様々な匂いがしたが、花の香りの妖はいなかった。

 国王は筋骨隆々の狼男で体躯がギルバートより二回り大きく、牙も爪も怪しく光っていた。幾百幾千もの敵を屠ってきたような禍々しいオーラを感じた。

 決闘には純度100%の銀の刃の刀剣が用いられる。斬られれば即死する。審判の合図で、激しく二人の剣がぶつかり合って、高い金属音が幾度も響いた。ギルバートの血が鋭敏にした聴力によって、音はいっそう恐ろしく聞こえた。体格差もあり、ギルバートは劣勢だ。

 追い詰められたギルバートが呪文を唱える。

「星花繚乱」

 ギルバートが妖力を使うと、私の心臓がトクンと鳴った。

 国王とギルバートの間に無数の花吹雪が舞う。トリカブトの花びらだ。少女が流れ星と表現していたことを思い出した。流星のような花びらたちが国王の動きを止めている。これがギルバートの真の力。美しく力強いその術から私は目が離せなかった。

「これで終わりか?」

 国王が怪しく笑う。そして、術を唱える。

「銀雨」

 おどろおどろしいオーラを放ちながら唱えたその術に背筋がぞくりとした。パキッと金属音がする。そして、ギルバートの頭上から無数の銀の刃が降り注ぐ。

「ギルバート様っ、危ない!」

 私は思わず身を乗り出して叫んだ。警備の人狼が私を制止する。

「星花繚乱!」

 銀の刃の雨を、ギルバートがトリカブトの花吹雪で吹き飛ばした。決闘が振り出しに戻る。

 しかし、国王は私の想像以上に手強い。人狼の弱点である銀を自由自在に操る能力、まさしく人狼を支配するための力だ。歴代最恐の名は伊達ではない。

「久々に楽しめそうだ」

 国王は高らかに笑った。そして、呪文を唱える。

「銀嵐」

 今度は先ほどよりも鋭い銀の槍が暴風に乗ってギルバートを襲った。

「星花繚乱!」

 ギルバートはもう一度妖術を発動して抵抗するが、その声には焦りが見えた。私の額を汗が伝った。防ぎきれない銀の槍を銀の剣で振り払う。しかし、防戦一方だ。

 当たり前のことだが、新月で真の力を解放するのは相手も同じ。純銀の槍が降ろうと、というのは比喩でもなんでもなく、ギルバートはとんでもない化物と戦うことを知っていたのだ。

「殲滅ノ銀晶」

 国王が地面に手をかざすと、大地から轟音が鳴り響いた。地割れが起こり、そこから銀の刃がギルバートを串刺しにせんとばかりに次々とせりあがる。

「騎花繚乱」

 ギルバートは大地に妖術をかけて対抗した。ギルバートが咲かせる花は下級妖術程度であれば無効化が可能だと昨日ギルバートが言っていた。

 しかし、ギルバートが今相手にしているのはこの国で、あるいはこの世界で最強、もはや魔王とも言うべき存在だ。

 トリカブトが咲き乱れる地面を切り裂いて、銀の刃がギルバートを襲った。ギルバートは跳んで回避しようとしたが、刃があまりに大きく空中で足を負傷した。バランスを失ったギルバートは地面に叩きつけられる。

 国王が最後は自らの手でとどめを刺そうと、一歩ずつギルバートのもとへと向かう。地面に咲いたトリカブトが踏みにじられる。

「無様だな。汚らわしい人間になど執着するからだ。しかし、こんな愚か者でも我が息子だ。降参し、あの女を差し出すのなら貴様は牢獄で生かしてやろう」

「お断りします。貴方と刺し違えてでも、私は愛する人を守らねばならないのです。国王陛下には分からないでしょうけど」

 国王の声は、人間界のどんな音よりも恐ろしかった。けれども、ギルバートは全く怯むことなく、愛を知らない国王を煽るように強い口調で言い返した。

「ならば死ね」

 国王はとどめとばかりに剣先をギルバートの心臓をめがけて振り下ろした。嫌だ。死なないで。

 私は、ギルバートが好きだ。

「ギル、勝ってよ!勝って私と結婚してよ!」