次の日からもギルバートは毎日私に愛を囁き続けた。強引に迫ったりはしないけれど、私の心は少しずつ揺れてきた。しかし、どうしてもブレーキが掛かってしまう。

「ギルバート様は高貴な方なのでしょう?私のような余所者と恋をすることは許されるのですか?」

 元恋人は何度も私に愛していると言ったが、最後は「住む世界が違う」と私を捨てた。結局私はその言葉にとらわれている。この傷はきっと生涯消えることはない。

 人間同士の間にすら永遠の愛などなかったのだから、文字通り違う世界の住人である私たちが結ばれる未来などあるわけがないと思った。

「ミサをもう一度抱きしめられるのならば、私は他に何もいりません。たとえ許されなくとも貴女を愛します」

 彼の目は決意に満ちていた。


 ある朝起きると、メイドの一人が部屋を出ないように言った。

「国王陛下がいらしているのですよ」

 国王が直々に彼の家を訪問するとは、ギルバートは想像以上に位の高い騎士なのだろう。その事実に、また驚いた。

 彼女は私に、国王の権威がどれほど強いか教えてくれた。王権神授説に基づく国王の権力は、何人も逆らうことが出来ない。王の命令は絶対であり、法そのものである。妖界の住人は信仰心が強いらしい。

 この国には古来より決闘の文化があり、その結果は絶対である。決闘は神が勝敗を決めるものだとされているかららしい。

 決闘は新月の夜に行うとこの国の法で定められている。前王朝の時代は、満月の夜に行われるのが慣習で、「フルムーン・デュエル」と呼ばれていたらしい。しかし、前王朝の末期にその慣習に逆らい、新月の夜に時の国王に決闘を挑んだ人狼がいた。この出来事は「ダークムーン・デュエル」と呼ばれ、歴史の転換点となる。

 ダークムーン・デュエルにおいて、国王を倒し新たな君主となったのが、現王朝の初代国王だという。以来、決闘は新月の夜に行われるようになり、「ダークムーン・デュエル」は固有名詞となり、現王朝において行われる決闘は「新月決闘」と呼ばれるようになった。

 現王朝は徹底した血統主義であり、国王は世襲制らしい。典型的な中央集権国家で、いわば国王は司法・立法・行政のすべてを司っているのである。
現国王は史上最も力強い狼男だという。代々なかなかの暴君ばかりだが、現国王はその中でも特に好戦的らしい。

 そして、彼女は衝撃の言葉を口にする。

「ギルバート様が国王になられたら、この国はもっと良くなるでしょうね」

 ギルバートは王子様だったのだ。一周するだけで一日かかりそうなこの豪邸でさえ、彼の別荘に過ぎない。あの日見た巨大な城が、彼が本当にいるべき場所だった。選民思想の塊である国王と博愛主義者のギルバートは折り合いが悪く、城は彼にとって居心地が悪いらしい。洗練された所作も、この国を変えたいという願いも、全て正真正銘の王族たるゆえんだった。

「すみません、父は今帰りました」

 何事もなかったかのように、ギルバートは私の部屋を訪れる。

「ギルバート様は、騎士ではなかったのですね」

「ええ、この国の第一王子です」

「なんで、王子様が騎士道なんて……」

 これでは、私は王子を跪かせ誑かすとんでもない悪女ではないか。不敬罪で首をはねられてもおかしくない。

「騎士の上に立つ者が騎士道を理解していなければ示しがつかないでしょう?それに、国王とは神に仕える騎士のようなものですから」

 ノブレス・オブリージュを体現する王子は気高かった。

「王様は、世継ぎが必要でしょう」

 私は声を絞った。私の言わんとしていることが分かったのか、諭すようにギルバートが答える。

「ミサ、私が国王として即位するときは馬鹿げた血統主義を廃止します。誰にも貴女を傷つけさせはしない。人間の王妃に誰にも文句は言わせない」

 私にはなぜ彼がここまで私に執着するのかが分からない。私は人間で、彼は人狼なのに。

「私なんかのどこがいいんですか?私なんかに国をひっくり返すだけの価値があるなんて思えません」

「貴女は私の運命の人です。それでは不十分ですか?」

 ギルバートは真剣な瞳で、私の手を取った。

「確かに今の私には王子といえども、国王に抗う権力はありません。ならば代わりに命を賭します。命に代えてでも、貴女だけはお守りします」

「それは、国家への裏切りにあたらないのですか」

「貴女のためなら神にでも背いてみせましょう」

 真っ直ぐな眼光に嘘偽りはないのだろう。彼の手を素直に握り返せたらどんなに良いかと思った。でも、私にはその勇気が無かった。

「でも、貴女を愛することが罪であるとは到底思えない。神は私たちを祝福してくださると信じています。貴女に出逢って私は運命という言葉の意味を知りました」

 私を安心させるような優しい口調で言うと、私の頬を撫でた。