大真面目な口調で訳の分からないことを語り出した。妖界から人間界への列車は満月の夜に出ている。人間界から妖界への臨時列車は、年に一度の豊穣祭すなわちハロウィンの夜にだけ出ている。妖達はあまり長居すると西洋で魔女狩りや人狼狩りに遭った歴史があるので二番線の予約制日帰り往復列車を使ってハロウィンの夜にだけ人間界に遊びに来る。そして、その窓口となる駅は普通の人間には見えなくて、希死念慮のある人間にだけ見える。妖の駅員は人間を一番線に案内している。とんだ作り話をいかにも真実というように語った。

「からかってるんですか?」

 私には彼が少し不気味に感じた。ちょうど電車が終点に着いたのでジャケットを突き返して、電車を降りると駅には人がごった返していた。皆コスプレをしているように見えた。空を見上げると、箒に乗った魔女やドラゴンが飛んでいた。月はあり得ないほどの深紅で、まるで血の色のようだった。まさか、彼の言っていることは本当だったのだろうか。

「驚かせてすみません。信じてくださいましたか?」

 彼がジャケットを私の肩にかけながら言った。彼の言っていたことが本当ならば、私は妖に食べられてしまうのだろうか。

「大丈夫です。落ち着いて。貴女は私が守ります。近くに私の家があるので、そこで貴女を匿います。神に誓って、私は貴女を食べませんし、襲いません。家には信頼の置ける侍女がいるので、安心してください」

 私には、このまま電車に飛び乗って帰るという選択肢もあった。でも、あの人が私ではない誰かと生きていく人間界に帰りたくなかった。
あの人への執着心は自分でも異常だと分かっている。元の世界に帰れば私はきっととんでもないことをしでかしてしまう。その矛先が私自身に向くか、あの人に向くかは分からない。いずれにせよ、私は私の執着が怖い。

 そして、なぜか人狼の彼の声はすっと耳に入ってきて、彼を信じたいと思った。

 彼の影に隠れるように、駅を出て歩いて行くと豪邸が見えた。庭には綺麗な紫色の花たちが咲き乱れていた。

 豪邸では多くの使用人が彼を出迎えた。高貴な身分の狼男であることが一目瞭然だった。彼は、私の衣服と部屋を準備するように使用人に命じた。

 準備が出来るのを一階の応接間で彼と二人待った。窓の鍵は開いており、私が怖いと感じたらいつでも逃げて良いと言われた。

「ですが、私は貴女をお守りしたいのです。申し遅れました。私の名はギルバート。名も知らぬ男に、命は預けられないでしょう」

「美砂です」

「ミサ、麗しい名ですね。素敵な貴女にふさわしい名だ」

「そんなことないですよ……私、恋人に捨てられたんです。だから、素敵なんかじゃないです」

「それは信じ難いですね」

「あはは、馬鹿ですよね。そんなことで、死にたくなるなんて馬鹿げてますよね。ごめんなさい、迷惑かけて。次の満月の列車でちゃんと帰りますので」

「愚かなのはその男でしょう。見る目がない男には虫唾が走りますね」

 強い口調で、ギルバートは言った。

「狼の嗅覚は、美しい魂を嗅ぎ分けられるのですよ。貴女は美しい。貴女の魂は美しい花の香りがします」

「そう言っていただけるのは嬉しいんですけど、私は選ばれなかったんですよ。彼は悪くないんです。私が、女の子としては落第点だったんです」

 あの人を思い出して涙がこぼれた。

「いいえ、貴女は魅力的な女性です」

 慰めるように優しく、でもはっきりとした声でギルバートは私の言葉を否定した。

「貴女を一目見た瞬間、恋に落ちたのです。私は貴女をお慕いしております」

 ギルバートは跪くと私の手の甲にキスをした。戸惑っている私に対して、彼はさらに言葉を重ねる。

「申し訳ない。困らせてしまいませしたね。早急な返事は望みません。代わりに、お願いを二つ聞いていただけますか?」

 彼と二つ約束をした。一つは、彼が渡した食べ物以外は口にしないこと。もう一つは、この世界に咲く花に決して触れないこと。