「そんなに目をこするな」

気がつけばすぐ横に男がいて、そっと柔らかい布で涙を拭う。
男、アスラも自分で何故そうしているかはわからない。
だが最初に出会った時から、この子供は自分の元に持ってこようと決めた。
おそらく一人で必死に抗う姿と、潔く散ろうとした姿に興味を引かれたのだろう。
陰陽師の子供があんな森に一人でいることで大抵の想像はついた。

そんなことをされおどろいている鈴は、目がこぼれんばかりに大きく見開いてアスラを見上げる。

「我が名はアスラ。
お前の名は?」
「藤谷鈴、です」
「鈴、か。
良い名だ」

アスラは歯を見せて笑う。
綺麗な顔なのに年相応にも見える無邪気な表情で、鈴は肩の力が抜けた。

「そんな身体では何も出来ないだろ。
たんと食え」
「ありがとうございます」

アスラの前には真っ白な飯。
早々見られるものではない。
鈴の前には粥が置かれ、随分と胃に食べ物を入れていなかった配慮だ。
ゆっくりと噛みしめるように食べる鈴は、まだ時折泣いている。
それをアスラは満足そうな顔で眺めていた。

「腹は膨れたか」
「はい」
「ならば寝ろ。
寝ていないのだろう」

アスラは鈴の前でしゃがむとそんなことをいうので鈴は困惑する。
私は一体どうしてこんな事になっているのだろうかと。

「もしかしてここは極楽浄土ですか?」

こんな幸せ、私にあるわけが無い。
目の前に居るのは神のように美しい男。
鈴の真面目な表情にアスラは一瞬あっけにとられたが、あははは、と声を上げて笑い出した。