「どうかされましたか?」

畳の上で寝ていた主が身体を起こしたことに、腹心であるシグが声をかける。

「面白い物が入ってきたようだぞ」
「低俗なあやかしなら私が」
「いや、人の子だ」

シグは眉間に皺を寄せる。
先ほどから主はつまらないと仕事を投げて寝そべっていたが、こういう反応の後は決まっている。
黄金の長い髪が立ち上がったことで波のように流れた。
切れ長でつり目のその男、アスラは口の端を上げる。

「どうやら女の子供だな。
暇つぶしに良いかもしれん」

そう言うと、あっという間に風が吹き抜けるような早さで屋敷を出て行ってしまった。
この中で主の早さに勝てる者も追いつける者もいない。

「面倒なモノを拾って来なければ良いが」

シグは既に見えない主にため息をついて、主の仕事を片付けることにした。


鈴は呪符を手に持ち、石や木や葉で覆われた森の中を必死に走っていた。

「ひひ、人の子じゃ」
「捨てられたのだろうて」
「ならば食うても構うまい」

至る所から声がし、妖気を感じるものの鈴には見えない。
突然背中に痛みが走り、つんのめるように顔から地面に叩きつけられた。
背中を鞭のような何かで叩かれたせいだった。
もうあやかしはすぐ側だ。
このままでは殺される。
鈴はふらつきそうになりながら立ち上がり、膝に力を入れ再度走り出す。

「もう少し遊ぶか」
「弱ってからでは美味くなかろう」

近くに声がしてすぐに呪符を使う。
術を唱えても、一瞬向こうは怯むだけで時間稼ぎにもならない。