「アスラ!」
「早く呼べば良かったものを。相変わらず強情な」
「だって」

だって、呼んだら迷惑をかけてしまうから。
なのにたった一度呼んだだけで来てくれた。

「また泣いているのか、お前は本当に泣き虫だな」

この家に来て何をされようとも絶対に泣くものかと鈴は思っていたのに、アスラを前にすればその決意はあっという間に崩れた。

アスラが手を伸ばし、鈴も手を伸ばす。
アスラは満足したような顔で鈴を引き上げて片腕に担いだ。
鈴は髪を引っ張らないように、そっと肩に手を置く。

「ごめんなさい、お父様とは話が出来なかったの。
もっと陰陽師とあやかしが歩み寄れる方法があるかもって思ったのに」

俯く鈴に、本当にそんな気持ちで元の家に戻ったと確信できてアスラの中にある何か黒いモヤがあっという間に消えてしまった気がした。

「いい。お前の頭がめでたいのは今に始まったわけじゃ無い」

馬鹿にするような言葉なのに、その声はとても優しい。

「会いたかった」

思わず鈴はつぶやいてアスラの髪に頬を寄せる。
相手はあやかし、それも鬼。
陰陽師としては一番相対する相手なのに、どうしてこんなにもこの場所は落ち着くのだろう。
自分の髪へ頬を寄せる鈴に、アスラは手を伸ばしその頬を触る。
鈴は先ほどの男には気持ち悪さしか感じなかったのに、アスラが自分に触れればそれだけでほっとしてしまうのが不思議だ。

「お前が呼ばないからだろうが」
「だって」
「だってではない。
素直に俺を呼べば、もっと早くにこんな場所から出られたのだぞ」

別に鈴が呼んだことで何かが起きたわけでは無い。
しいていえば、アスラが本当に欲しかったものがわかったから。
だからこそ鈴が、心から自分を欲しているという証しが欲しかった。

鬼を統べる自分がこんな人間の娘一人に振り回されるなど。
だがそれが何故かアスラには心地よい。