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夜。
鈴はどれくらいかわからないほど久しぶりに本邸の廊下を歩いていた。
ずっと歩いていなかったからか足取りが重い。
それともこの沢山着付けられたせいだろうか。
鈴の着物は派手なもので、アスラが着せていたものとは全く違う。
なんとも落ち着かない気持ちながら鈴はある部屋の前で座ると、中から次郎が入れと声をかけた。

あぁやはりお父様に会えるのだ。
やっとまた話の出来る聞ける機会が。
そう思って障子を開ければ、そこには次郎と見知らぬ男が座っていた。

「鈴、お前はその方の隣へ」

男は現れた娘を見て思わず口を小さく開けた。
なんと美しい。
これは他の者達がほしがるのも無理は無い。

鈴は状況がわからないまま次郎の言うように男の隣に座った。

「名はなんというのだ?」

男が嬉しそうに声をかけるので、

「鈴と申します」

と答えれば、一層男は鼻の下を伸ばす。

「鈴か。
良い名だ」

ふとアスラがそんなことを言ったのを思い出した。
あのときはとても嬉しかったのに、この男に呼ばれるのは何故かぞっとする。

「似合っておるぞ、その着物」

男の言葉に鈴が戸惑っていると、

「その着物はその方が用意されたものだ。
お前がそちらの屋敷で過ごすのに不都合が無いよう用意して下さったのだぞ。
礼を言いなさい」

鈴は父親の言葉の意味がわからない。
言葉は聞き取れたけれど意味がわからないのだ。
そちらの屋敷で過ごす?それは一体。

「では私はこれで。
約束は守って頂きますぞ」

次郎が立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

「わかっている。
今宵楽しんだら残りは明日払おう」
「お父様?!」

鈴が立ち上がろうとしたのを男が腰に手を回して引っ張れば、あっという間に男に抱きしめられた。

「誰も近寄らせるなよ?」

男がそういうと、次郎は頷いて障子を閉めた、一切鈴を見ることも無く。

鈴は自分の状況が飲み込めず、男の腕の中で固まっていた。
まさか自分が売られ、支払いの半分は鈴を抱いてからになっているなどと思いもしないだろう。