アスラが怒るのも無理は無い。
あれだけ足が治るまでと優しくしてくれたのに、あっけなく元の場所に帰ると言ったのだ。
アスラは無駄だと笑ったのにそれを聞かなかったのは自分。
また会いたいと思っていたのにもう二度と会えないかもしれない。

名前を呼びたい。
だけどその名を呼んでしまえば、何度も鬼の名を吐けと詰め寄られた時必死に抵抗した意味が無くなってしまう。
誰が聞き耳を立てているのかわからない。
せめて心の中で名前を呼ぶことしか出来ないのは苦痛だった。

あの金の髪に触れたい。
子供のように笑う顔が見たい。
また、会いたい。

涙を流してはいけない、それはやってはだめだ。
鈴は部屋の隅で膝を抱え俯いた。


藤谷家に客人がやってきていた。
次郎の前に座り、男は口の端をあげる。
年の頃は次郎とは変わらない。
男は豪族の家の者で、若く美しい娘を妾にするのを趣味にしていた。
それを聞きつけた次郎が、金と交換に鈴の話を持ちかけた。

この頃急にあやかしの現れることが減り、それは陰陽師の仕事を無くし生活を苦しめる要因となっていた。
藤谷家は大きな家。
使用人に陰陽師達、多くの者を養うには金がいる。
そんなときに舞い込んできたこの話は、もうあやかしを釣る餌として意味を無くし陰陽師としても使い物にならない鈴を有益に使えると次郎は判断を下した。

「本当に美しいのであろうな」
「それはもう。
おとぎ話に出てくる姫にも負けはせぬでしょう。
そもそもあの娘の母は美しかったから当然。
あの若さと美しさ、声も鈴が転がるようで聞けば天女かと思うほど。
ここの男達がこぞってあの娘に貢ぎたがるほどです。
まぁそちらが首を縦に振らぬなら他にもあまたの引き取り手がおりますので無理には」

余裕ぶった次郎の言葉を聞き、男は焦ったように、

「わかった。
お前の言った額で取り引きしよう」

今度は次郎がニヤリと笑った。

「では七日後に」