一切あやかしに襲われることも無く一時間ほど山を下っただろうか、ちょうど屋敷の裏口に出てくることが出来た。
これから起きる仕置きに震えそうになりつつも、鈴は勝手口の戸を開けた。

ちょうど食事を作るときだったようで、多くの者がせわしくなく動いている。
そんな中の女の使用人が気づいて慌てたように鈴に駆け寄ってきた

「こちらは正門ではございません。
どうぞお連れいたしますので」

ぺこぺこと頭を下げる使用人の態度に困惑した。
この使用人は私を知っている。
何度もここで手伝いをし、食事もともにしたことがある。
なのに知らないふりをするというのはもうこの家の者ではないという意味だろうか。

俯く鈴に、ほかの者も集まって声をかける。

「あなた様のような方がこちらを使ったなど当主が許しません。
どうかこちらに」

必死にみな頭を下げて丁重に扱おうとするその態度は鈴をより困惑させた。
もしかして森を歩いていて自分の顔が汚れてわからないのだろうか。

「私は鈴です。お父様はどこに」

鈴の近くにいた者たちの表情が固まり、そしてそれは恐怖へと変わる。

きゃー!という叫び声が周囲から上がり、皿の割れる音、鍋の落ちる音が炊事場に広がった。呆然と立ち尽くす鈴の視線の先に、家の中から見覚えのある者たちが走って現れた。
彼らを見て鈴は違和感を覚える。
その違和感の理由を鈴はすぐに気づけなかった。