「お前はそれでも私の血を引いているのか。
あの女は姿だけは良かったがそれすらもお前は受け継いではおらぬ。
もう下女にでもした方が早いか」

鈴は頭を下げたまま、実の父親の言葉を気が遠くなるよな心持ちで聞いていた。
父親のいるこの大きな屋敷に来て半年も経っていない。
そもそもそんな父親と鈴が会うのもこれを含めまだ二、三度ほど。

ここに来る以前、鈴と母は小さな町の隅で貧しくも慎ましやかに生きていたが、母は病で亡くなった。
そこに母親からは昔に亡くなったと聞かされていた父親が突然現れた。
訳のわからない鈴を無理矢理藤谷家に連れて行き、陰陽師として学べと言い部下に鈴を預けたままで同じ屋敷にいるはずの父親と会うことは無かった。
間もなく、藤谷家の娘一人が亡くなりその穴埋めとして鈴が連れてこられたことを鈴は知った。
藤谷家の子供であれば陰陽師として優秀で当然。
鈴は必死に勉強し最低限の術は覚えたはずが、正しく術を使ってもその効力は僅かだけ。
既に家の者達からは藤谷家の子供では無いのでは、数あわせに拾ってきたのではという話も出てきて、次郎としては次期当主である以上自分の顔に泥を塗るような娘が腹立たしくて仕方が無い。

「鈴」

苛立ちを隠そうともしない低い次郎の声に、まだ頭を下げたままの鈴の肩が小さく震え、はい、と答える。

「今すぐ裏山に行き、あやかしを一つ滅してこい。
その証しを持ち帰るまで帰ってくるとは許さぬ」
「かしこまりました」

鈴は昨日の朝からろくに食べ物を口にしていない。
再度深く頭を下げ青白い顔で立ち上がると、嘲笑の中を通って廊下に出る。

「さぁ夕餉の時間だ」

次郎の声に周囲は腹が減ったと騒ぎ立てている。
そんな明るい場所から廊下を進み、使用人の使う勝手口にある自分の古びた草履を履いて外に出た。

大きな屋敷の裏には鬱蒼とした山。
既に外は薄暗い。
鈴は深い地獄へと誘いそうなその森へと入っていった。