「アスラ」

既に鈴から背を向けてしまったアスラに鈴は声をかける。

「優しくしてくれてありがとう。
私、本当にあやかしともっと話し合えるようにならないかお父様に伺ってみるから」

嘘偽り無い気持ち。
そんな鈴の言葉にアスラは振り向くこともせずに、一瞬でその場から消えた。

「出口まで連れて行く」

いるのは不機嫌そうなシグだけ。

もっとアスラと話したかったのに。
ただここで守られているだけでは駄目だと、お父様と話して何か変えることをしたいと思ったのはいけなかったのかな。

アスラと一緒に居たからこそ芽生えた気持ち。
それが一方的なものであってもやってみたい。
鈴は新たな覚悟を決めてこの屋敷を出ることにした。


屋敷の門を出て後ろを振り返るとすでに建物はなく森の中にいた。
驚く鈴にシグは、

「しばらく真っ直ぐ歩けばお前のいた場所の近くに出る」
「ありがとうございます。
あの、アスラにまた会いに行くからと伝えてもらえますか?」

シグは無言のままその身を翻し消えてしまった。
そろそろ日が落ちる。
約束をしたのだ、あやかしのことで歩み寄れないか父親と話してみることを。
それが鈴だけの勝手な約束であったとしても守らなければ。
きっと証しは持ってこなかったことで叱責されるだろう。
提灯をしっかり持つと、来たときとは違う歩きやすい山道を下っていった。