そうして始まった修一郎との生活は、期待以上のものだった。

祓い師としての基本から復習し、符術を試行錯誤し磨き上げていく。
聞けば修一郎は符術が専門ではなく、刀と霊力を主に使用する祓術、つまり武力一辺倒が専門であるという。
しかし彼はそれ以外にも占術や呪術も修めているのだ。
数々の功績から証明されていることだが、それほどの力があっても尚、一人で戦うことを選ぶ姿勢から謎多き人物だとされている。

そして人嫌いで一人を好むということが周知の事実であるはずの彼が、雛子に術を教え友好的に接するのか。
それもまた最大の謎である。


「修一郎さん、これはどうでしょうか。いまいち発動が遅いような気がしまして」

「そうだな、君の霊力の流れを考えると、ここはこの印に変えてみるのはどうだろうか。こちらの方が効率が良いはずだ」

護符をいくつか作って、改善点を聞いてみればすぐに答えてくれる。

「結界を強化したいのなら、無理に強度をあげるよりも耐久を重視した方がいい。いくら固くても、崩れる時は一瞬では元も子もないからな」

修一郎は雛子の背後から腕を伸ばして、さっと印を書き換えた。

(距離が、近い・・・・・・!)

本人は全く無自覚でやっている行動なのだろうが、すぐ背後に修一郎の体があって、声が耳元で直接響く。
完成した護符は以前よりも良い調合でできたが、こうして教えてもらうのはちょっと心臓に悪いかもしれない。
頬が赤くなってないといいなぁ、と雛子は思いつつ、また護符を作っていく。


またあるの日のこと、散らばった書類を片付けていたらひょっこり出てきた本に度肝を抜かされた。

「これ、すっごく貴重な資料じゃないんですか!?」

古びたそれは、書名からして確実に今は手に入らないものだった。
中を見ると、符術について詳しく書かれている。
霊力を高めるための符術や身体強化の術であったり、かなり難しいものが独自の手法で編み出されていたりして驚くことこの上ない。

「まあな。似たようなものなら他にも眠っているから、好きに使うといい」

どうしてそんな貴重なものを書類の下敷きにしてしまうのかと怒りたくなるぐらいに、あっけらかんとして修一郎はそう言った。

「・・・・・・修一郎さん、もしかして掃除は苦手ですか」

「人には誰しもできないことがあるものさ」

なんて言って笑っているが、その隣の椅子には乱雑に外套が放り投げられている。
なんとなく彼が掃除や片付けが苦手なのは、ここへ来た時から察していた。
まあ、掃除好きの雛子としては構わないが、完璧な超人のような人にも欠点があるというのはなんだか安心する。

(そういえば兄さんも掃除はなかなかしない人だったなぁ・・・・・・)

今は古都にいる兄を思い出し、くすりと笑う。
天才的な祓い師は、もしかすると揃いも揃って掃除が下手なのかもしれない。
そう思うと、なんだか修一郎のこともかわいく思えてきた。

「ん・・・・・・?今、俺に対してなんか失礼なこと思っただろ」

「えぇ、思ってませんよ」

そう否定しつつも、雛子の口元は弧を描いている。
鬼神と称されるような人にこんな態度が許されるのは、もしかすると機関の中では雛子ぐらいなのかもしれない。
そう思うと、ますますおかしくなった。

こうして日常を共にしていると、修一郎は頼れる兄のようでありながらとどこか抜けたところがあって親しみやすく、とても周囲で言われている鬼神のようだとはとても思えない。
書庫へ配属されると言われた時は納得いかない気持ちでいっぱいだったが、いざ来てみれば優しい上司だった上に符術を教えて貰えるなんて。
こんなに充実した毎日だと、幸せすぎて少し心配になるぐらい。

(あとは、夢がなんとかなればいいんだけれど・・・・・・)

奇妙な夢は未だに見る。
別に眠れないわけではなく特にこれといった害はないが、やはり気味が悪いのと。

(あの人が修一郎さんに似てるのは、さすがにちょっと・・・・・・)

夢の中に出てくる謎の人物が、どことなく修一郎に似ている気がするのだ。
顔は見えないが、声と、雛子に触れようと伸ばされる手が、似ていると感じてしまう。
そうなると、修一郎と顔を合わせる際に意識してしまって恥ずかしくなり困るのだ。
何せあの人物は雛子に愛を囁いてくる。
それはつまり、修一郎が雛子に愛していると言っているようにも見えてしまうということで。

「どうかしたか?」

「なんでもありませんよ。ちょっと考え事です」

急に困り顔で遠くを見つめる雛子に、修一郎は首を傾げる。
本人を前にしてこんなことを考えていたなんて、修一郎には知られたくなかった。