着替えてから寮を出て、再び書庫へ向かう。
「今日は休んでいいと言ったはずだが」
出迎えてくれた修一郎が、驚いたようにそう言う。
今日はもう戻ってこないと思っていたのだろう。
だがそう言われても、雛子としては悠長にしていられないのだ。
「心配しなくても、俺が全部片付けるから君が無理をする必要は・・・・・・」
「いいんです。自分のことですから、自分でなんとかしたいんです」
「そうか。君らしいと言えば君らしいが、あまり気を張りすぎるなよ」
修一郎はふっと優しく笑うと、雛子の頭を撫でる。
以前なら子供のような扱いをされたとしか思わなかったが、彼の本心を知ったあとではなんだか浮かれるような不思議な心地になりそうだった。
「それで、結局見当はついたのか?」
「い、いえ・・・・・・それが、全然でして」
何度考えても、真相はつかめそうもない。
「私が受けた呪詛について、何か手がかりになりそうな本はありませんか?参考になると思ったのですけれど・・・・・・」
「わざわざそんなことしなくても、君は既に答えを得ているはずだ。よく思い出せ」
答えを得ている、とはどういうことだろうか。
雛子は首を傾げる。
「状況を整理しよう。あの夜、こんな風に結界の貼られたこの部屋で君は眠っていた。おそらく術で眠らされていて、外からは確認できなくなっていた」
修一郎が簡易的な結界を貼る。
あの夜を再現するつもりなのだ。
雛子も自分が倒れていた位置に移動する。
「はい。目が覚めたら、見えない糸のようなものに体を縛られて、何か冷たいものが触れる感覚がしました。似たような拘束術を本で読んだ覚えがあります」
雛子がそう言うと、修一郎は感心したように頷いてくれた。
「よく勉強しているな。本格的な呪詛となると、ある程度の実力と知識を必要とする。そうなると、犯人は機関でそれなりの地位がある人物だと考えてもよさそうだな」
「ですが、それなら尚更どうして私がそのような方の恨みをかうのかわかりません。私に何かしたいのなら、クビにしてしまえばいいでしょうに。辞めさせるよりも、もっと酷いことがしたかったということでしょうか」
「そう考えることも出来る。だが、何も呪詛は怒りや恨みだけの感情が込められているわけではない。例えば・・・・・・」
修一郎の顔がすっと近づいてくる。
どうしたのかと身構えようとすると、耳元に唇を寄せて囁かれる。
「苦しいほどに恋焦がれる感情」
「わっ・・・・・・!」
「相手を意のままにしてしまいたいという歪んだ愛情」
「ひゃぁっ・・・・・・!」
「その心を、己だけのものにしてしまいたいという欲望・・・・・・」
「や、やめっ・・・・・・!」
頬が熱い。
雛子を捉えて離さないような視線に、脳に直接響くかのような、恐ろしくも甘やかな責め苦を受けた。
修一郎はすっかり何も言わずに顔を両手で覆う雛子を見て、満足そうに笑っていた。
「すまない、少し苛めすぎたみたいだな」
その実に楽しそうな笑顔は、正しく鬼と言えよう。
「修一郎さんの意地悪・・・・・・。大体、こないだだって、なんで口づけしたんですか」
勢いで言ってしまったが、あれが現実の出来事だったかいまいち確信を持てていないことを思い出して慌てて口を塞ぐ。
だが、修一郎の反応は雛子の予想外のものだった。
「それは・・・・・・君が俺の名前を呼んでくれたのが嬉しくて、つい」
今までの鬼はどこへいってしまったのか、少し頬を染めながら、優しい微笑みでそう言う。
本当に心から喜んでいるその素朴な笑みに、雛子も自分で聞いておきながら恥ずかしくなってきた。
「覚えていたんだな。あまりに何も言わないから、忘れてくれたものだと」
「あ、当たり前ですよ・・・・・・」
まさか二人して同じ勘違いをしていたとは。
あんなの、初心な雛子にとっては簡単に忘れられるわけがない。
「では君は、俺にこういうことをされるのは嫌か?」
淡い雰囲気はどこへやら、修一郎は雛子への追撃をやめなかった。
「や、嫌です」
「本当に?そんな顔で言われても、説得力が無いな」
「ほ、本当ですよ」
もうたじたじになって、雛子はロクな反論すらできない。
このやり取りをどうやって終わらせられるのかと雛子がどうにもならなくなった、その時だった。
「今日は休んでいいと言ったはずだが」
出迎えてくれた修一郎が、驚いたようにそう言う。
今日はもう戻ってこないと思っていたのだろう。
だがそう言われても、雛子としては悠長にしていられないのだ。
「心配しなくても、俺が全部片付けるから君が無理をする必要は・・・・・・」
「いいんです。自分のことですから、自分でなんとかしたいんです」
「そうか。君らしいと言えば君らしいが、あまり気を張りすぎるなよ」
修一郎はふっと優しく笑うと、雛子の頭を撫でる。
以前なら子供のような扱いをされたとしか思わなかったが、彼の本心を知ったあとではなんだか浮かれるような不思議な心地になりそうだった。
「それで、結局見当はついたのか?」
「い、いえ・・・・・・それが、全然でして」
何度考えても、真相はつかめそうもない。
「私が受けた呪詛について、何か手がかりになりそうな本はありませんか?参考になると思ったのですけれど・・・・・・」
「わざわざそんなことしなくても、君は既に答えを得ているはずだ。よく思い出せ」
答えを得ている、とはどういうことだろうか。
雛子は首を傾げる。
「状況を整理しよう。あの夜、こんな風に結界の貼られたこの部屋で君は眠っていた。おそらく術で眠らされていて、外からは確認できなくなっていた」
修一郎が簡易的な結界を貼る。
あの夜を再現するつもりなのだ。
雛子も自分が倒れていた位置に移動する。
「はい。目が覚めたら、見えない糸のようなものに体を縛られて、何か冷たいものが触れる感覚がしました。似たような拘束術を本で読んだ覚えがあります」
雛子がそう言うと、修一郎は感心したように頷いてくれた。
「よく勉強しているな。本格的な呪詛となると、ある程度の実力と知識を必要とする。そうなると、犯人は機関でそれなりの地位がある人物だと考えてもよさそうだな」
「ですが、それなら尚更どうして私がそのような方の恨みをかうのかわかりません。私に何かしたいのなら、クビにしてしまえばいいでしょうに。辞めさせるよりも、もっと酷いことがしたかったということでしょうか」
「そう考えることも出来る。だが、何も呪詛は怒りや恨みだけの感情が込められているわけではない。例えば・・・・・・」
修一郎の顔がすっと近づいてくる。
どうしたのかと身構えようとすると、耳元に唇を寄せて囁かれる。
「苦しいほどに恋焦がれる感情」
「わっ・・・・・・!」
「相手を意のままにしてしまいたいという歪んだ愛情」
「ひゃぁっ・・・・・・!」
「その心を、己だけのものにしてしまいたいという欲望・・・・・・」
「や、やめっ・・・・・・!」
頬が熱い。
雛子を捉えて離さないような視線に、脳に直接響くかのような、恐ろしくも甘やかな責め苦を受けた。
修一郎はすっかり何も言わずに顔を両手で覆う雛子を見て、満足そうに笑っていた。
「すまない、少し苛めすぎたみたいだな」
その実に楽しそうな笑顔は、正しく鬼と言えよう。
「修一郎さんの意地悪・・・・・・。大体、こないだだって、なんで口づけしたんですか」
勢いで言ってしまったが、あれが現実の出来事だったかいまいち確信を持てていないことを思い出して慌てて口を塞ぐ。
だが、修一郎の反応は雛子の予想外のものだった。
「それは・・・・・・君が俺の名前を呼んでくれたのが嬉しくて、つい」
今までの鬼はどこへいってしまったのか、少し頬を染めながら、優しい微笑みでそう言う。
本当に心から喜んでいるその素朴な笑みに、雛子も自分で聞いておきながら恥ずかしくなってきた。
「覚えていたんだな。あまりに何も言わないから、忘れてくれたものだと」
「あ、当たり前ですよ・・・・・・」
まさか二人して同じ勘違いをしていたとは。
あんなの、初心な雛子にとっては簡単に忘れられるわけがない。
「では君は、俺にこういうことをされるのは嫌か?」
淡い雰囲気はどこへやら、修一郎は雛子への追撃をやめなかった。
「や、嫌です」
「本当に?そんな顔で言われても、説得力が無いな」
「ほ、本当ですよ」
もうたじたじになって、雛子はロクな反論すらできない。
このやり取りをどうやって終わらせられるのかと雛子がどうにもならなくなった、その時だった。