「んんっ・・・・・・」

雛子がようやく目を覚ましたのは、日付が変わった朝だった。
まだ寝ぼけ眼で寝返りを打とうとして、ここがいつもの布団ではないことに気づく。
目を開くと、応接室のソファで眠っていたようだった。

「起きたか?」

「修一郎さん、私・・・・・・」

そこで雛子は、口を噤んだ。
思いだすのは修一郎からの口づけだ。
初めて知った接吻の感触が、まだ忘れられない。

「大丈夫か?」

修一郎は心配そうに雛子の顔をのぞく。
内心はめちゃくちゃでどうしていいのか分からないのに、彼があんまりにも変わりなく接してくるのだから、あれが現実だったのか分からなくなってきた。

「まだ少し混乱しているのだろう。ゆっくりでいい。何があったか、教えてくれないか」

落ち着かせるように背中をさすってもらった。

「えっと、書庫の掃除をしていたら気づいたら眠ってしまっていたみたいで・・・・・・起きたらもう、動けなくなっていまして」

「助けに来るのが遅くなってすまなかった。怪我はしていないようだったが、やはり体への負担が大きかったのだろう。今日から一週間、休むといい」

「待ってください、体は大丈夫です。お休みよりも、私に何があったのか、教えていただけませんか」

寮に引きこもっていたって、何かが解決するわけでは無い。
今雛子がすべきことは、真実を明らかにすること、ただ一つ。

なかなか食い下がろうとしない雛子に、諦めたように修一郎は口を開いた。

「・・・・・・単刀直入に言おう。君は呪詛をかけられている。心当たりはないか」

そう聞かれても、心当たりなんて全くない。
雛子に関わりのある人物となると、まず三津島や京のことを思い浮かべたが、彼らは雛子に危害を加えようとするような人物などでは無い。
三津島は雛子のことをいつも見守って応援してくれていたし、京は仲の良い友人だ。
他に術を扱えそうな人物をいくつか考えてみるが、恨まれるようなことをした覚えはない。

「わかりません、心当たりなんて、そんな」

「そうだろうな。だが、残念なことに術をかけた人物は君のことをよく知っているようだぞ。わざわざ俺のいない日を狙ってけしかけてくるんだ、周到に計画していたはずだろう」

その点は修一郎の言う通りだ。
書庫室が雛子以外誰もいなくなる日を待って行動に移したのなら、雛子の予定は把握されているのだろう。
一人になるのなら寮にいる時もだが、他の部屋に人がいるので避けたと考えるのが妥当だ。
騒ぎにでもなれば面倒だから。
雛子をこっそり人知れず消し去ろうというわけだろう。

「もう一度聞くが、君の周辺で、ここ最近様子のおかしい人物はいなかったか。例えば、急に親しげに接近されたり、君と二人きりになりたがったり」

だがそんな人はいない。
三津島は親しく接してくれるが、あれは元々のことだ。
となると、他に雛子の周辺での異変は一つしか思い当たらない。

「私、最近夢を見るんです。男の人が夢に出てきて、私の名前を呼んで、愛してるって囁くんですよ。・・・・・・修一郎さんの姿で」

気を失う前に聞いたあの言葉。
あれは、雛子の夢とまるで変わらなかった。
そして、修一郎の異様な姿。
確かめなければならない。あれは、現実に起きた出来事だ。

「あなたが、書庫室に棲む夜叉ですか」

意を決してそう聞く。
修一郎は、くすりと小さく笑った。