寒菊を菊臣の傍に置いておくわけにはいかなかった。死に損ないの化け物は、傍に生者がいればその醜い慾望のままに喰らう。菊臣をその贄にするわけにはいかない。

 早々に伐つつもりだった。しかし、それはあまりに寒菊だった。今までとなにも違わなかった。

 しかしそれは確かに人間ではなかった。俺の刺したところは、白抜きの藍色の花が咲いていた。藍色の菊花が、咲いていた。この花では、寒菊のことも守ってやるはずだったのにと思うと切なかった。

 しかし、これは人間ではない。いつ獰猛な獣となるか知れたものではない。それならば、この花でこの化け物を支配してやろう。これは、俺と藍とで刻み込んだこの化け物への詛いだ。じわりじわり、蝕んでやる。

 藍を見張りにつけて寒菊を自分の部屋に置き、俺は菊臣に交渉した。やはりあれに継がせるわけにはいかない、お前を危険に曝したくもない、やはり俺が継ごうと。しかし菊臣は頑なだった。寒菊兄さんがふさわしいといって聞かなかった。

 俺を手懐けたように菊臣までそうしていたのだと思うと、憎くてたまらなくなった。部屋に戻ってから、それをぶつけた。

化け物だからと、妙な力を使えるからと調子に乗るな。手前にはなにがあろうとこの家は渡さぬ。どれだけ詛っても自分の生まれた家だ。化け物の溜まり場にするくらいなら、俺が仕切る。

 そうしながら過ごすうち、綺という美しい女が現れた。人間だった。宿の方で働くのだという。俺はその女を強く欲した。彼女が家督というその立場の化身であるかのように思われた。

 初めはうまくいっていた。好かれているかはわからないが嫌われてはいなかったように思う。しかしあるときから、綺は俺を避けるようになった。まるで、俺の醜さを知ったように。

 綺を求め寒菊を詛っているうちに、季節が變わった。庭に、忌まわしい寒菊が、冬菊が咲いた。そして、父が動かなくなった。まるで、これからは寒菊の時代だとでもいうように。

 そうはさせない。父を送ったあとには、これまで使っていた部屋を簡易的な座敷牢にした。部屋の奥に枠を設け、壁との間に寒菊を封じた。

 あとは、菊臣の体調が回復してからどうするか、だ。

 純情な弟を、どう説得するか。