裏の田畑に面した一室に連れられた。「私と同じ部屋なのだけれど、いいかしら」と美傘。「問題ない」と答えると「かっこいいわね」と彼女は笑った。

 「でも私、なんのお役にも立てないわ。鳩司の方が、なにかあったときに言伝もできるし、馬にもなってくれる」

 「お前さんのお陰で随分力がついた」と鳩司はため息まじりにいう。伝書鳩は言伝をするものであって人を運ぶものではないといいたいのだろう。

 一拍置いて、私は美傘と声を重ねた。いいよ、といってくれたので、「藍一郎さまは」といってみる。「どのようなお方なんだ」

 「御本人の仰る通りよ」と美傘は顔を顰める。「女の人が大好きなの」と。

 「でも、なんだかおかしいのよね。以前はこれほどではなかったはずなのよ」

 「以前?」

 「ええ、」

 続きをいいかけた彼女を、鳩司が「美傘」と制す。

 「いいじゃない、お綺ちゃんはもう家族よ」

 「では俺とお前さんはなんだ」

 「なによいきなり。家族でしょう」

 「俺はお前さんの過去を知らない」

 鳩司の言葉に、美傘はびくりと体を震わせて黙り込んだ。

 「すまない」と鳩司は小さくいった。

 「家族が、なんでも知っている関係ではないだろう。苦悩するほどでなくていい、こういうときに、ちょっと思い出してほしい」

 鳩司は美傘の頭を撫でると、私に「隣にいる、なにかあったら呼んで」と、ある一面の壁を指で示し、部屋を出ていった。

 「私、捨てられたのよ」と美傘がいった。

「使って戴いているうちに汚れてしまって、一度。そこで拾われて、けれどその先で、薄汚い、気味が悪いといって、二度。もう主などいらないと思っていたのだけれど、久菊さまが拾って、綺麗に張り直して下さったの。それだけのことを、私、どうしてか鳩司にはいえないの」

 「彼のことが好きなのではないか」

 「好き?」と美傘は笑う。「私は傘よ? 鳩司は伝書鳩、動物よ」

 「もののあやかしは同じ、もののあやかしにしか関心を示さないのか」

 「そうじゃなくてね」と彼女はまた少し笑う。「私のような、生き物とは違う存在は、そういった感情を抱かないものなの。作ってくれた人、使ってくれるへの敬愛の念はあるけれど。ほら、生き物と違って、自分の心で生み出されていくものではないから」

 「そうなの」

 美傘は美しく微笑んで、部屋を見渡した。「さあ、部屋の使い方を考えましょう。今までずっと、この部屋の全部を使っていたから、なんだか嬉しいわ。誰かと一緒って」

 「邪魔ではないか」

 「とんでもない。部屋を自分だけで使うなんて私だけだったから、ずっとこの日を待っていたの」