菊臣さんはすぐに察したようで、夕餉のとき、密かに視線を交わした。

 ある日、藍一郎さんの床離れする気配を感じ、体を起こすと「寝ていろ」と冷えた低音が響いた。

 食事のほか、廁と風呂にいく以外には一切部屋を出なくなった。

 ある日、ふと私の人間でない証しとなり得るものがあるのに気づいて、藍一郎さんに胸の痕を見せた。彼の絶望を詰め込んだような双眸があまりにはっきりとこびりついている。ああそうか、とでもいうように、彼は乾いた声をこぼした。

 「ああ、美しい」と彼は掠れた声を落とした。

 「俺はできたんだ。藍色の菊だ、咲かせたんだ」

 いやに優しい手つきで肩を撫でられ、「三輪も咲いた」と声がして、そちらには花弁と同じような菊花が三つ咲いているのを知った。

 「藍よ、ほら見てみろ。俺たちの菊だよ」

 背中に冷たいものが触れた。それは抵抗なく斜めに動き、痛みを残した。それが少し強くなった頃、なにか熱っぽいものが伝うのを感じた。

 「俺たちはこの化け物より強い。俺たちの紲は、この厭わしい掛け軸に写し出されたんだ。俺たちの合作だよ。俺たちの部屋に飾るほかないだろう」

 二度、三度と背につんとした痛みが刻まれる。

 「藍、哀しむことはないさ。これは母上の仇の同胞だ。どうにかせねば、この家は滅んでしまう。いや、確かに結構なんだがね、でもだめだ。父上も母上も、俺も菊臣も人間なんだよ。人間の家を、どうして化け物が支配する。生家を化け物に支配されるも滅ぼされるも御免だ」

 柄の部分か、なにかかたいもので肩を殴られた。思わず転がった身に帯が投げられた。

 服を着直しながら「紛い物め」といわれた。

 「人間のふりなぞしやがって。なんだ、初めからここを潰すつもりだったのか」

 「……そういうことになるかと」

 「なぜ父上は然様な莫迦げたことを認めたんだ」と彼は独り言のように呟いた。

 「手前はなにが目的なのだ」

 「両親を見つけることです」

 ふっと嘲笑が静寂に溶けた。

 「もう五年になるんだろう」

 「……そうですね」

 「もう生きていないさ。それらは、半分は人間なんだろう。人間と化け物の間に生まれた悍ましい異形だ。だがきっと、人間の儚さが勝つ」

 そうかもしれない、とも思う。一助は無事だろうといったが、それももはや三年前のことだ。それでも、私は彼のあやかしへの詛いを解かねばならない。そうして、梶澤佐助と一助を通じて聞いた久菊さまの望みを叶える手伝いもしたい。