朝餉のあと、食器を片づけるのに爨で二人になれば、藍一郎さんの眼にはまた憎悪の念が宿った。

 「手前、俺の部屋にこい」

 「ここではなりませんか」

 「最愛の実弟と化け物とを一室に閉じ込める愚者がどこにある」

 彼は私の背を壁に押しつけた。

 「菊臣に指の一本でも触れれば殺す。肉体が兄と認めた男のであろうと容赦はしない」

 魂とは曖昧なものだ。これまでと同じままで、激しく變化する。一度は一瞬は、兄弟に限りなく近づいたはずなのに、今や私の魂は、藍一郎さんの忌むべき殺すべき、醜い化け物となっている。

私の肉体も魂も、なにも違いはしないはずなのに。いや、私の胸には藍色の花弁が舞っている。その肉体の變化は、魂にも影響を及ぼすだろうか。

 「手前はこれから、俺の部屋で過ごせ」

 「……畏まりました」

 今後、菊臣さんとはあまり接さない方がいいだろう。藍一郎さんが刀を抜くことがあれば、また怯えさせてしまう。

 私の為すべきことは、藍一郎さんに認めてもらい、ここを継ぐことだ。私がこの家とはまるで無関係であると思い出してしまえばおかしな話だが、菊臣さんはそれを望んでいるし、私としてもここを継ぐことができたなら、両親の捜索もやりやすくなる。

 そして、これは私の願望であろうか、ここを離れることができれば、藍一郎さんのあやかしへの拘りも少しは薄れる。

 藍一郎さんの部屋に入ると、早々に頬を打たれた。「紛い物」と深い憎悪が空気を揺らした。

 下腹を蹴られ頽れれば、彼は私の顔を覗き込んだ。嫌悪に燃えた微笑を貼りつけ、私の頬に指先を滑らせると、ふいに強くつねった。

 「よくできている。まるで人間のようだ。手前はなんの化け物だ。へっ、狐か、狸か?」

 彼は私の髪を掻き乱した。

 「醜い獣の耳もうまく隠していやがる」これで、と彼は眼尻に感情を滲ませる。「これで、……なぜ人間じゃないんだ!」と静かな声を震わせた。

 「尾を出してみろ、耳を出してみろ。……俺を絶望させてくれよ」

 「……私は、藍さんや紫菊のように器用ではありません。自分の姿は操れません」

 「ではなぜ俺の腕を攫んだ! 勝手に踏み外したんだ、放っておけばよかったものを……!」

 静寂に伝う透明は、私の胸中を掻き回した。