翌朝、部屋を出ると隣の部屋から藍一郎さんも出てくるところだった。「おはよう」という彼はすっかり普段の調子を取り戻している。

 爨へ向かいながら「体は大丈夫ですか」と尋ねると「宵越しの酒は持たないんだ」と返ってきた。よくわからないのでなんともいえない。

 爨へ入ると、彼は野菜を切りながら「昨夜の言葉に偽りはないぞ」といった。まさかあの様子で記憶があろうとは、と私は驚いた。

 「俺は、藍とならばなんだってできるんだ。寒菊を守り、菊臣を守りながら、ここの長にだってなれる。お前たちを危険に晒すような化け物に決して容赦はしない。地獄の果てまでも追いかけるさ。それの悪意も、僅かに残った良心も、一つ残らず斬り、亡骸には火をつけてやる」

 私はなにもいえなくなった。僅かに残った良心が、内側に巣くう悪意を飲み込む。痛くてたまらない。この青年はもしいつか、私が忌むべき化け物の一つであると知ったなら、どれだけ哀しむだろう。どれだけの苦痛を抱くだろう。

 「なあ寒菊、俺は莫迦だがそう弱くはない。もしもお前が、遠い将来、父上からここを継いだとして、寺を潰さなかったとしよう。そのときに、なにかつらいことがあれば、すぐにいってほしい。きっと守ってみせる、力になる。

自分のような生意気な者を喰うような奴はいないとお前はいったが、あれらにそういう分別するような力はないんだ。どんな悪党だろうと善人だろうと、喰いたけりゃ喰うんだ。人の隙に付け入って、体の内も外も蝕むんだ。そして最後には、その人間は死んじまう」

 「……私は、どう、応えられましょうね」

 「あ?」と藍一郎さんは笑った。「なに、生きてりゃいいんだよ」と軽やかに。