愚かな醜い秘め事の三年目、日暮の皆は久菊さまの買ってきた酒で私の二十回目のその日を祝ってくれた。
藍さんや紫菊をも交え、盃をぶつけて中の菊花の弁を揺らした。賑わう居間には菊臣さんが菊で彩った陶磁器が飾られ、夕餉には煮豆まで出され、かなり豪勢な宴となった。
酒の独特な熱と甘みは人を心地よくさせるものらしく、藍一郎さんが酷く愉しそうだった。よく喋るようになり、なんでもないようなことで声を立てて笑った。
紫菊が菊臣さんと話していると藍一郎さんは「おお、見せつけてくれるじゃないか」と笑って藍さんを呼んだ。「俺たちも負けはせんぞ」と彼女の華奢な肩を抱き、その白い頬を麗しい薄紅に染めさせた。
そして酔いか慈愛かに濡れた眼で藍さんを見詰め、優しく脣を合わせ、無邪気に笑った。「藍一郎さまってば、」と藍さんに決して弱くはなさそうに肩を叩かれても笑っていたくらいだから、随分なことになっていたのだろう。
「俺はね、藍を見てな、すぐに思ったんだよ。ああー、こいつぁ俺とおんなじだって」
藍さんはへらへらと喋る藍一郎さんの胸に身を寄せた。
「今や菊なんてどうでもいいのさ。俺には藍がいるんだよ、それ以外になにがいるってんだ」
藍一郎さんは飽くまで愉快そうに、へへっと肩を揺らした。
「なんだってあれだよ、寒菊が、ああいや、寒菊さまが、な? へへ、うちの詛いを絶ってくれるっていうじゃねえか」
こっそり窺えば、久菊さまはどこか哀しい顔をしていた。その奥に息子への慈愛があるのを、私は感じた。
「でもな寒菊よ、なんもお前さんが危険な目に遭うことぁねえんだ。なんかあったらいえよ、もうね、そんなときにゃ染めてやるさ。へへ、いいやできるね、俺たちならできるんだよ。俺と藍にはできちまうんだ」
ゆらりゆらり揺れながら、藍一郎さんはずっと藍さんの肩を抱いていた。そしていたずらにくちづけをする。
「なあ寒菊よ、藍色の菊なんざ見たことねえだろ、へへ、でもね、俺たちが作っちまうんだ。それでな、あの愚かな醜い化け物共に見せつけてやるんだよ、俺たちの紲を。
菊だろうがな、あの化け物共だろうがな、染めてやるんだ、俺たちの藍色で。莫迦だと思うかい、え? へへ、それが俺なんだよ。でもな、莫迦ってのぁなんっでも遣って退けんだ、おう、そうだよ、藍色の菊を咲かせちまうんだ。へへっ。
ああ……綺麗だろうよ。ほれ、思ってみろよ、この藍の髪のような、深い藍色の菊を」
藍一郎さんは彼女の美しい髪を愛撫した。
「ええ、綺麗だろうよ。そんなに綺麗な花はないさ、国中のどこを探したってよ、ああそうだ、月まで探したってないさ」
「藍一郎さま、」と彼を呼んだのは藍さんだった。「乱れすぎですよ。これでは、私たちの宴のようでございます。今日は寒菊さまの御誕生を祝うのです」
へへ、と藍一郎さんはやはり笑う。そしてまじめな顔をして藍さんを見詰める。彼女の頬を撫で、「なあ、藍や」と不安げな、しかし確実な、熱い意志を持ったざらついた声で呼びかける。
「俺たちが守ってやるんだよ。菊臣も、寒菊も。ああ、できるさ。全部藍に染めてやってな、その暗がりにあいつらを隠してやるんだ。化け物に見えないところにな、隠してやるんだよ。
なあ、藍や。藍色の菊だよ。上の菊も下の菊も、一番そばにいる俺がな、真ん中の俺が守ってやるんだ。なあ藍や、そのときには力を貸しておくれ……」
藍さんは彼の腕に抱かれながら、無邪気に艶めかしく微笑んだ。
「はい、仰せのままに」——。
藍さんや紫菊をも交え、盃をぶつけて中の菊花の弁を揺らした。賑わう居間には菊臣さんが菊で彩った陶磁器が飾られ、夕餉には煮豆まで出され、かなり豪勢な宴となった。
酒の独特な熱と甘みは人を心地よくさせるものらしく、藍一郎さんが酷く愉しそうだった。よく喋るようになり、なんでもないようなことで声を立てて笑った。
紫菊が菊臣さんと話していると藍一郎さんは「おお、見せつけてくれるじゃないか」と笑って藍さんを呼んだ。「俺たちも負けはせんぞ」と彼女の華奢な肩を抱き、その白い頬を麗しい薄紅に染めさせた。
そして酔いか慈愛かに濡れた眼で藍さんを見詰め、優しく脣を合わせ、無邪気に笑った。「藍一郎さまってば、」と藍さんに決して弱くはなさそうに肩を叩かれても笑っていたくらいだから、随分なことになっていたのだろう。
「俺はね、藍を見てな、すぐに思ったんだよ。ああー、こいつぁ俺とおんなじだって」
藍さんはへらへらと喋る藍一郎さんの胸に身を寄せた。
「今や菊なんてどうでもいいのさ。俺には藍がいるんだよ、それ以外になにがいるってんだ」
藍一郎さんは飽くまで愉快そうに、へへっと肩を揺らした。
「なんだってあれだよ、寒菊が、ああいや、寒菊さまが、な? へへ、うちの詛いを絶ってくれるっていうじゃねえか」
こっそり窺えば、久菊さまはどこか哀しい顔をしていた。その奥に息子への慈愛があるのを、私は感じた。
「でもな寒菊よ、なんもお前さんが危険な目に遭うことぁねえんだ。なんかあったらいえよ、もうね、そんなときにゃ染めてやるさ。へへ、いいやできるね、俺たちならできるんだよ。俺と藍にはできちまうんだ」
ゆらりゆらり揺れながら、藍一郎さんはずっと藍さんの肩を抱いていた。そしていたずらにくちづけをする。
「なあ寒菊よ、藍色の菊なんざ見たことねえだろ、へへ、でもね、俺たちが作っちまうんだ。それでな、あの愚かな醜い化け物共に見せつけてやるんだよ、俺たちの紲を。
菊だろうがな、あの化け物共だろうがな、染めてやるんだ、俺たちの藍色で。莫迦だと思うかい、え? へへ、それが俺なんだよ。でもな、莫迦ってのぁなんっでも遣って退けんだ、おう、そうだよ、藍色の菊を咲かせちまうんだ。へへっ。
ああ……綺麗だろうよ。ほれ、思ってみろよ、この藍の髪のような、深い藍色の菊を」
藍一郎さんは彼女の美しい髪を愛撫した。
「ええ、綺麗だろうよ。そんなに綺麗な花はないさ、国中のどこを探したってよ、ああそうだ、月まで探したってないさ」
「藍一郎さま、」と彼を呼んだのは藍さんだった。「乱れすぎですよ。これでは、私たちの宴のようでございます。今日は寒菊さまの御誕生を祝うのです」
へへ、と藍一郎さんはやはり笑う。そしてまじめな顔をして藍さんを見詰める。彼女の頬を撫で、「なあ、藍や」と不安げな、しかし確実な、熱い意志を持ったざらついた声で呼びかける。
「俺たちが守ってやるんだよ。菊臣も、寒菊も。ああ、できるさ。全部藍に染めてやってな、その暗がりにあいつらを隠してやるんだ。化け物に見えないところにな、隠してやるんだよ。
なあ、藍や。藍色の菊だよ。上の菊も下の菊も、一番そばにいる俺がな、真ん中の俺が守ってやるんだ。なあ藍や、そのときには力を貸しておくれ……」
藍さんは彼の腕に抱かれながら、無邪気に艶めかしく微笑んだ。
「はい、仰せのままに」——。