凍えるように体を震わせ、呼吸を乱す藍一郎さんに、菊臣さんは「兄上」と呼びかける。

 「藍、」と震えた声が微かに聞こえた。「藍、藍……」と、それこそなにかに憑かれたように震えた声で繰り返す彼に、菊臣さんは「追いましょう」と声を張る。「兄上」と。

 駆けつけたとき、藍一郎さんの部屋では、「殺して下さい」と泣き叫ぶ声が響いていた。

 「ごめんなさい、ごめんなさい……紫菊、……どうか、紅蘭紫菊、私を殺して下さい、」

 どうして、と紫菊がいったのだろう、「死に損ないだから!」と藍さんの涙声が叫んだ。

 「兄上、」と菊臣さんが促すのと同時に、藍一郎さんは襖を細く開き、その隙間から部屋に入った。菊臣さんがそっと襖を閉めた。

 私たちはもう一度外に出て、庭の端へ雪を寄せた。自分たちの部屋へ戻るのもなんだか苦しかった。

 「藍さん、」と菊臣さんがいった。「大丈夫でしょうか。……いなくなっちゃったり、しないですよね」

 「そんなことは紫菊がしないでしょう」と私は答えた。「藍一郎さんだって、認めないでしょうし」

 「あんなに藍さんが大切なら、ほかのあやかしたちにもあんなふうに愛を持って接すればいいんですよ」と彼は弱々しく苦笑する。

 「藍一郎さんは、藍さんがいなければ生きていけないのでしょうね」

 「そんなものさえ感じましたね。……しかし、紲ですか、藍一郎兄さんがそんな、眼に見えないものに執心するようには思っていなかったのですが、」

 「紲、その三つの音は、藍一郎さんにとって生きがいになり得る偉大なものなのですよ」

 藍さんとの紲は、藍一郎さんにとってはこの家との、乃ち世界との紲なのだと、私は見てとった。

“藍”という詛い、不幸を持って生まれたのは自分だけではない、そう感じられた彼女との出会いの瞬間、藍一郎さんはどんなにか救われたことだろう。これまでの日々に、自らの命に意味を見出したといっても大げさではなかっただろう。

 「兄上は、僕よりもずっと藍一郎兄さんのことを知っていますね」と、菊臣さんはちょっと淋しげに笑った。

 「私は藍一郎さんを見てきたわけではありません。共に生きてきたわけではないのです。そんな私に、なにがわかりましょう」

 菊臣さんはふっと笑った。「魂というのは、どうにも遠回りするものですね」と。

 「血を分けた兄弟であっても通じず、誰かの耳を魂を通してやっと触れ合えたりするのです」

 「時に苦しいものですね」と私は頷く。「ええ、あの小高いところから見下ろすくらいがちょうど、愉快に感じられます」